第54話 ゴブリン


 大森への嫌がらせを止め、直接本人に釘を刺してから数日が経過した。

 連日続いていた悪夢を見なくなったことで、大森の様子は少しずつ良くなっている。

 けど前の大森とは別人のようになっているので、取り巻きの男どもが心配していた。

 だがあいつらにとっても、今の大森の方が良いだろう。以前は単に大森に上手い事利用されてただけだったしな。



 そんなこんなで今日も今日とて訓練があるのだが、何故か今日はいつもの訓練場ではなく、別の場所へと向かっている。

 いつもは宿舎から城の方へ通じている、東の道を歩いて訓練場に向かっていたのだが、今日は逆に西側の道を歩かされている。


 身分証を交付されてから、訓練場への行き帰りに兵士が付かなくなっていたが、今日は道案内も兼ねて兵士が先導している。

 この道をまっすぐ行くと街の外へと通じる門があったはずだが、もしや外で実戦訓練でもするのか?


「一体どこに向かってるんでしょうね」


 ここでの生活に慣れてきたせいか、見知らぬ場所に連れていかれるというのに、余り不安そうな顔をしている奴は少ない。

 根本も少しこの先の事が気になってはいるようだが、相変わらず細い目をした胡散臭い笑顔を浮かべている。


「さーな。この先は門があるから、外に出るんじゃね?」


「という事は、ついに魔族と戦わされるんでしょうか」


「フンッ! 魔族だろーが、貴族だろーが、あたしの前に出る奴は全部ぶっとばしてやるわっ!」


「いや、貴族はぶっとばしたらダメだろう……」


 そんな事を言い合いながら、兵士の案内に従って歩いていく。

 俺が予想した通り兵士は道を真っ直ぐと進み、外へと通じる門の所まで移動すると、門番に一言二言話しかけた。

 すると、「かいもーーーん!!」という声と共に、閉ざされていた門が開かれていく。


 ここの門は普段は閉じられているけどそれなりに作りが大きく、馬車が二台位横並びで進んでも通れそうな幅がある。

 この門の前にある区画が、兵舎などが並ぶ軍事関係の区画なので、出兵する時などに用いられるのかもしれない。


 てか、脇には小さい通用門もあるんだし、俺らだけならそこを通ればいいと思うんだけどな。

 門が大きいせいで、開けるのにも結構時間かかってるぞ、これ。


「なんであの小さい方を使わないんでしょうね?」


 ほら、根本にすら突っ込まれてるぞ!


「これ、帰りの時もいちいち待つのかな?」


「開けたままにしてもらえたら、待つ時間も省けて良さそうですね」


 ズズズズッと鈍い音を立てながら、門が開かれる。

 その大きな門から出た俺達は、そのまま門の外を歩き続ける事になった。

 それから三十分程も歩いていくと、目の前に大きな砦のような建物が見えてくる。




「あれは……要塞ですかね?」


 正面から見た感じだと、目の前の建物は弧を描いて建てられていた。

 石造りの武骨な感じからして、根本の言うように要塞と言われても納得出来る建物だ。


 俺は何度かこっそり街の外に出かけてはいるが、こんな近い所にこんな建物があったのは知らんかったな。

 結局先導する兵士からは何の説明もなく、その建物の中へと通される俺達。


 中へ入ってみると、そこには大きな訓練場というか、なんか天下一な武闘会が開かれそうな舞台があった。

 広さからして、機装状態で戦うというよりも、生身の状態で戦う場所だろう。

 既に舞台の上にはいつもの教官連中が揃っている。

 もしかしてここで、異世界人最強決定戦でも行うんだろうか。


「よーーーく来たぁ! 本日の訓練はこれまでの成果を見るのと、お前たちに心構えをしてもらうために、ここを使わせてもらう事になった!」


 相変わらず威勢のいい教官だな。

 あんた地声が普通にでかいから、この距離なら俺以外の人でも普通に聞き取れると思うんだけど。


「本日使用するのはこれまでの模造武器ではない。実際に戦う為の武器を使ってもらう! そして戦う相手も今回は用意してある!」


 教官が今日の訓練の趣旨について、大声で説明をしているのだが、他の連中は教官の言う事が余り耳に入っていない。

 それもそうだろう。


 少し離れた場所にある扉から、兵士達が連れてきた「戦う相手」とやらが、どんどん近づいてきていたからだ。



「HU(DKAS!!」


「BJHDUEN?」



 うん。

 何言ってるかわかんないね。

 まあ、もう少し言葉を聞いてれば俺の脳が自動的に覚えてくれるだろうけど。


 そいつらは緑色の肌と子供の背丈をした、ファンタジーでは定番とされるゴブリンのような見た目をしていた。

 つか、連れてくる時に兵士がこちらの言葉で「ゴブリン」と言っているのが聞こえたので、まず間違いないだろう。


 これまで魔法というものに余り接する事もなく、逆に機械的な魔甲機装なんてのに関わっていた日本人たち。

 ここに来ていかにもファンタジーといったゴブリンに対し、他の連中は興味津々……な顔をしてる奴はほとんどいなかった。

 これから戦う相手だというのを理解しているからだろう。


「うあ……。あれってやっぱゴブリンですかね?」


「ふーん。なんかそんなつよそーには見えないわね」


「みんなあの背丈という事は、あの身長で大人だという事でしょうか」


 そんな日本人たちの中でも、俺達は例外的に緊張をしている奴はいなかった。

 他にも火神なんかは相変わらず泰然とした様子だし、チャラ男も見た感じだと特にこれといった反応はなく、いつも通りチャライ。



「これからお前達にはこいつらと一対一で戦ってもらう! お前達異世界人には区別がつきにくいだろうが、こいつらは魔物の方のゴブリンではなく、魔族の方のゴブリンとなる。強さ的にはどちらもそう変わらず、町民でも武器を持てば倒せる程度の強さだ」


 教官の言葉を聞いて、幾人かが安堵の息を漏らす。


「誰から戦うのかはお前達で決めるといい。武器はそちらの荷台に用意してあるから、自分のタイプに合った武器を使うといい」


 ゴブリンの方に目がいってる奴が多くて、今気づいたという者もいたようだが、実はゴブリンが兵士に引きつられてくるのと同時に、荷台に乗せた武器も運ばれてきていた。


「とりあえず……行ってみます?」


 根本に誘われるまま、荷台へと向かう俺達。

 他の連中も似たような感じで、各々が荷台から自分の属性と同じ武器を選んでいく。


 ……つか、俺らマンサクの武器ってこうしてみるとほんとただの農具だよな。

 魔甲機装で戦うならまだしも、これだと農民一揆でも起こしそうなスタイルだぜ。




「それで、あの、誰から行きます?」


 どこからか上がった声に、名乗りを上げる者は出てこない。

 すでに全員が武器を受け取っており、舞台の上にはゴブリンが一匹だけ兵士に連れられて待機している。


 ああ、もちろんゴブリンは足枷をされているから、まともには動けない状態だ。

 恐らく戦う直前にあの足枷は外されるんだろう。


 日本人たちの間でざわついた雰囲気が漂う中、新たな訓練は始まった。



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