第53話 謎の警告


「大森さん、どうしたんでしょうね」


 沙織の部屋に着くなり部屋の主から発せられたのは、さっきの根本の持ってきた話についてだった。


「あたしにした事を悔やんでた……とか」


「そりゃーねえな」


「わかんないでしょ! あたしだったら罪悪感に押しつぶされて、そんな事したとしてもおかしくないわ!」


「樹里の場合だろ? あの女がそんな御大層な考え方するんだったら、ハナっから毒なんて仕込まねーよ」


「それは……ちょっと魔が差したとか」


「そんなんで殺される側の身になってみろよ? 普通に殺意持って殺されるより性質が悪いんじゃねーの?」


「うっ……」


 んーむ、随分大森の事について感傷的になっているな。

 てっきり振り切ったと思ってたんだが、まだどこかで信じたい気持ちみたいなのが残ってるんかね。


「なんにせよ、自分のやった事の結果があーなんだ。外野がどうこう言うもんでもないだろ。忘れろよ」


 まあ、そこまで追い込んだ直接的な原因は俺なんだけど。


「でも……」


「笹井さん。あなたの人を思いやる気持ちは素晴らしいと思いますが、世の中には生まれながらの悪といった人も残念ながらいるんです。大地さんの言う通り、気にするべきではありません」


「…………」


「それより別の話でもしようぜ。こないだ町に行った時の話なんだけどな……」


 それからしばらく三人で話をしたのだが、結局樹里の元気は戻らないままだった。

 前の時もそうだったけど、案外こういった事をひきずるんだよな。

 それどころか、数日後に宿舎前広場で会った時はもっと元気がなくなっていた。

 俺はその元気の無さが気になったが、いつも通りに樹里に話しかける。



「……どうした? いつにも増して静かじゃねーか」


「大地……」


 見捨てられたペットのような目で俺を見る樹里。

 だから、その眼はやめてくれってマジで……。

 その眼を見てると、どうにも心がざわつくんだよ。


「……あのね。きのー、大森が宿舎に戻ってくる所を見ちゃってね」


 根本からの追加情報によると、大森はあの後宿舎の人からの連絡で、国の治癒魔法使いの所に連れていかれたらしい。

 なんでも、体の傷だけじゃなくて心の傷を治す……というか、少し落ち着かせるような魔法があるらしい。


 んで、ひとまずその魔法の効果が出たようで、暴れるのを止めて大人しくなった大森が、宿舎に戻ってきた。

 樹里が見たのはその時の事だろう。


「なんか……別人みたいだった。あんだけギラギラした目をしてたのに、感情がなくなっちゃったような……。何も無い顔をしてたのよ」


 どうやら俺の施した魔法の効果はバッチリなようだ。

 その状態ならもう樹里に手を出すような真似はすまい。


「あたしそれを見て、思わずけ寄ろうとしちゃったんだけど、途中で足が止まっちゃってね」


「それは別に間違っちゃいないだろ」


「うん……。今更あたしが行っても、ね。でも、そんくらい大森の様子がヤバかった」


 自分を殺そうとした相手だというのに、樹里は結局大森を憎み切れず、許す……というか受け止めてしまっている。


 力のある奴……例えば俺のような奴だったら、そういった対処でも問題はない。

 再び命を狙われようと跳ね返せる力があるからだ。


 しかし、樹里はそうではない。

 樹里のそういった所が危ういと思うんだが、俺がどうこう言ってもそう簡単に翻意するものでもないだろう。

 ……どうしたもんかな。


「樹里はどうしたいと思ってるんだ?」


「大地、ごめん。前にもおんなじよーな事言われたけど、あたしから大森に何かしたいとは思ってないの。以前みたいに、離れた所で陰口叩いてたような、そんな大森でもあたしはいいのよ」


「再び命を狙われても……か?」


「そん時は大地が助けてくれるんでしょ?」


「む、ぬ……。そうだな、約束したからな。仕方ないから助けてやるよ」


「ふふ、よかった」


 無理矢理絞り出したかのような樹里の笑顔。

 不思議と目が離せなくなる。


「なに? 顔になんかついてる?」


「……ああ。目と鼻と口がついてるぞ」


「何よそれ! そんなの誰だってついてるでしょ」


「あらあら、お二人とも。仲良くお話し中ですか?」


 とそこへ、沙織が話に加わってくる。

 まあ、いつもの宿舎裏でも樹里の部屋でもなく、訓練前の宿舎前広場だから彼女がやってきても不思議ではない。


 大森の奴は……まだ見かけていないな。

 そろそろ訓練の時間だから、もしかしたら今日は訓練に参加しないのかもしれん。


「ま、そろそろ時間だし行こうか」


「そうね」


 最近では定番となりつつある三人組で、訓練場へと向かう俺達。

 訓練場ではまず最初に教官の話があり、学校の朝礼の時のように話を聞く。

 といっても毎日の事なので、特に話すことがなければ一言二言話してすぐに訓練開始だ。


 その朝礼の途中、大森が遅れて訓練場に来たのに気づいた。

 教官たちも大森の事は話に聞いているのか、遅れてきた彼女に特に何かお小言を言ったりはしない。




 その事以外には特筆する事もなく、その日の対戦訓練は終わった。

 そして一人宿舎へと帰還する途中。

 俺は一人亡霊のように歩いている大森を見かけた。


「…………仕方ない」


 俺は足音を立てずに彼女の背後へと回り込む。

 そして、大森の体内で今も活動している俺の送り込んだナノマシンを使って、後ろを振り向けないように体を制御させる。


「……っ!?」


 大森はすぐに異変に気付いたようで、それまでの無気力な感じとは打って変わって、体を大きく動かそうと力を入れる。

 だが、俺のナノマシンの支配には逆らえず、強制的にそのまま二人して歩き続ける。


「最近の夢見はどうだ?」


 俺が声を変えて問いかけると、大森は再び体を大きく動かそうとする。


「無駄だ。お前は既に俺の制御下にある」


「ッッ!! クッッ……ハァハァ……」


 変に俺の支配から逃れようと力を入れたせいか、息が荒くなっていく大森だったが、体は普通に宿舎への道を歩いており、声も出せないように縛っているので、小さなうめき声位しか出すことが出来ない。


「我々としては、貴重な魔甲機装の使い手を害されるのは非常に困るのだ。これ以上はお前の方が壊れそうなので、夢見の悪さの方は解除してやる」


 大森は下手に逆らう事はやめたようで、息を整えながら大人しく歩いている。


「しかし、再び他の異世界人に手を出そうとしたら、幾らお前がヘイガーの使い手であろうと、始末するか拷問にかけて操り人形のようにして使う事になるだろう。初めに抵抗したあの男のように……な」


 大森が覚えているかが分からんが、結局最初にストレイダー卿に止められた男は、あれから姿を見ていない。

 今大森に告げた内容は俺の予想でしかないが、何かしらの方法で生きたまま利用されていてもおかしくはないだろう。


「我々は常にお前達を監視している。その事を努々忘れぬ事だ」


 最後にそう警告をすると、俺はスゥッと大森の背後から離れ、素知らぬ顔で他の帰宅集団に紛れる。


 俺としては最後まで追い詰めた方がいいと思うんだが、被害者である筈の樹里があの様子ではな。

 これで大森が持ち直してくれれば、少しは樹里の気持ちも安らぐと思うんだが……。


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