第50話 新たな絆


「あー、ちなみに注意するのは樹里だけじゃなくて、沙織もだからな?」


 俺がそう伝えると、沙織はキョトンとした顔をする。


「私も……ですか?」


「そうだ。自分でも言っていただろう? 些細な嫌がらせをされていたと」


「ええ、ですが些細なものですので、笹井さんがされた事に比べれば大した事ありません」


「いや、それは沙織が強化された身体能力を持っているからそう感じるんであってだな……。宿舎の窓から、下を歩いてた沙織にうっかり花瓶を落とすのも、普通の人なら下手すりゃ死んでたとこだぞ」


「うぇっ……。あの女そんなこともしてんの?」


「ほら、樹里だって引いてるだろ? 沙織なら最悪命中しても無事かもしれないけど、あれはやりすぎだ」


「そう……なんでしょうか」


「間違いなくそうだ。沙織も樹里とは別の理由肉体強化でそうそう手出しは出来ないだろうから、樹里にしてきたような絡め手には注意しておくように」


「ええ、わかりました」


「よし。沙織もこの件では同じ被害者で協力してくれるようだし、後は若い二人に任せてワシは退散させてもらうとするかの」


 俺はふぉっふぉっふぉと爺笑いをしながら、さり気無くその場を離れていく。

 ……しかし、沙織にまわりこまれてしまった!


「大地さん。それはそれとして、私とお話していきませんか?」


 今、スススッとすんげー滑らかな足運びで回り込んできたな。

 某RPGで、逃げるのに失敗した主人公ってこんな気持ちだったのかもしれない。


「そうよ! せっかくさ、三人も揃ってるんだし!」


 樹里の奴は、最初沙織に散々威嚇されておきながら、味方になってくれると知った途端手のひらを返してるな。

 いつもなら「チョロイ奴だなハハハ」で済ませるとこだが、俺としてはこのトライアングルな人間関係はランナウェイしたい所なんだが……。



「……そうですね。三人でお話するのも悪くありませんね。これまで笹井さんとは殆ど親交もなかった事ですし」


「じゃ、じゃあさ! 今度この三人でお茶会するってのはどう?」


「お茶会……。私、茶道は嗜んでおりましたが、それとは違う西洋式の方のですか?」


「そんな難しく考えないでいいの! 三人でお茶とお菓子を手に雑談とかすんのよ」


「成るほど、然様なものなのですか。いいですね、私も是非とも参加したいと思います」


「じゃあ、決まりね! 大地には準備が出来たら日時を伝えるから」


「うっっ! お、俺はお茶会に参加すると謎の蕁麻疹が出る病に侵されてるんだ! 残念だがそのお茶会には参加――」


「はいはい。戯言はもういいわよ。アンタは参加決定なんだからね!」


 ぐぬう。

 樹里だけ相手するならまだしも、沙織まで加わるとなると、これまでみたいに途中で話を無理矢理誤魔化す戦法がやりにくくなるじゃないか。


 それに今は共通の大森を前に休戦状態の二人だけど、根本的にこの二人は水と油って気がするんだよなあ。

 熱したら油がパチパチ跳ねて火傷しそうな臭いがプンプンするぜ。


「……まあ、俺も予定はあるからな。いつでも参加できる訳じゃないぞ」


「分かったわ。その辺は予め予定を聞いとくわよ」


「前もって連絡くれたらいいよ。それじゃ」


「どこへ行こうというのですか?」



 ぐっ!


 またしても逃亡失敗だ!

 さり気無く立ち去ろうとしたのに、手早く俺の服の裾を沙織に握られてしまい、機先を制されてしまった。

 

「アンタも往生際悪いわねえ。さ、そのまま逃げられないようにして、あたしの部屋にでも移動しよ」


「えっ? 殿方を女性用宿舎へとお連れするのですか?」


「別に禁止されてる訳じゃないらしいのよ。こないだもあたしの部屋まで大地は入ってきたしね」


「……それはどういう事でしょうか?」


 沙織が氷のように冷たい声で言う。

 しかし樹里の方はそれに気づいていないのか、いつも通りに会話を続ける。


「ほら? 毒を仕込まれたって言ったでしょ? それを確認する為に、あたしの部屋に置いたままだったスイーツを、大地に調べてもらったのよ」


「……大地さんが毒をお調べになったのですか」


「そうよ。いきなり毒かもしれないもんをパクっといっちゃうから、あたしもびっくりしたのよ」


「えぇっ!? だ、大地さん、お体は大丈夫なのですか?」


「見ての通りだよ。あの毒は魔法を使える奴に強く反応するもんだから、俺には効果はなかったんだ」


「ではどうしてそれが毒だと分かったのですか?」


 うっ!

 樹里だけなら強引に誤魔化せたのに、沙織が混じるとこうなるんだよな。

 どうしたもんかな……と悩んでいると、樹里が援護を出してくれた。


「ほ、ほら……。大地にも色々事情があんのよ。あんま深く聞いちゃ悪いわよ」


「そう……ですか。分かりました、ではこれ以上深くはお聞きしません」


 ふうぅ。

 とりあえず追及は免れたか。

 ……なんか樹里の奴が下手なウィンクを俺に送ってくる辺り、困っていた所を助けてやったって気になってるんだろう。


 まあ上手い援護って訳でもなかったけど、沙織は生真面目で固い所があるからな。

 意外と樹里みたいなのがいいクッションになってくれるかもしれない。


「それより、話するんでしょ? あたしの部屋に行こっ!」


 こうして結局その日は樹里の部屋で、沙織と三人仲良くお話をすることになった。

 改造前の俺だったら、プレッシャーやら何やらで胃が嵐の海のように荒れていた事だろう。

 火星人には色々と思うところはあるが、今回ばかりは助かったぜ。






 それから数日が経ち、胃が荒れ狂いそうになるお茶会というイベントを潜り抜けた頃。

 それまで精力的に自分の取り巻きを作ったり、沙織に嫌がらせをしていた大森の活動が、ピタッと止まっていた。


 どころか、こないだの休息日では部屋に閉じこもってずっと出てこなかったという。

 どうやら俺の仕込んだ悪夢プログラムは、上手く働いてくれてるようだ。

 後で大森に仕込んだナノマシンから、経過情報を受け取っておくかな。


 なんだかんだで、樹里と沙織との間に交友関係が生まれるなどの変化がありはしたが、命に係わるような大森の暗躍については、これで一件落着とみていいだろう。


 戦闘訓練の方では、ようやく体力訓練組が戦闘訓練に復帰し始めているので、その内戦闘訓練も次の段階に移行しそうだ。


 次はどんな訓練なのかなと思いながら、俺は後一歩という所まで手ごたえを感じ始めた、プラーナの特訓を始めるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る