第48話 見られていた逢瀬
「……おい、そんなとこで何してんだ?」
「うっ! えっと、その……散歩?」
「そうか。散歩の邪魔をしちゃ悪いな。じゃーな」
「え、待ってよ! 散歩中に出会ってたまたま話をするって事くらいよくあるでしょ!」
「つまり俺と話がしたいと」
「そーゆーアレな感じかもしれないこともないわよ」
ダメだ、なんか日本語が怪しくなっている。
こいつは全く……。
「で、どうだ? 少しは気持ちの整理もついたか?」
「うん……」
肯定はしつつも、まだ完全には晴れていないようだ。
いつもの元気な様子とは一味違う。
「そんな顔しちゃあ、『わたくし気にしてるんです!』って言ってるようなもんだぞ」
「なっ、そんな事ないわよ! アンタにもちょっと話した事あったでしょ。こんな感じで疎まれるのは日本にいた頃にもよくあったのよ」
それは魔法について樹里に色々話を聞いていた時の話だ。
なんでもこっちにくる前は、日本有数の魔法師の家の生まれだったようで、幼いころから周囲の期待と羨望に包まれて生活していたらしい。
生まれつき魔力を多く持って生まれ、本人も陰に隠れて努力するなど魔法に対して前向きであり、容姿も整っている。
そうした条件が重なり、同性からは陰湿ないじめなども受けてきたらしい。
本人が言うところでは、そういった連中は魔法などを使って蹴散らしてきたようだが。
「ただ、流石に毒を盛られるなんて初めてだったのよ。……身近にいる人があたしを殺そうとしてる。そう考えると……」
先日俺が大森の精神にダイブして調べた結果では、殺意まではあったかどうかは不明だった。
それよりも、単純に毒で苦しめばいいという気持ちが強かったようだ。
まあだからといって制裁を緩めるつもりはないけど。
「なあに。お前には魔法があるんだろ? 毒を仕込むとかいった、絡め手にさえ注意していれば、そうそう後れを取る事もないと思うぜ」
実際には何かあっても、樹里に仕込んだナノマシンがある程度なんとかしてくれるだろうし、大森に仕込んだ通信アレイが何かあったら知らせてくれるので、心配はいらない。
けどその辺の事を知らない樹里としては、どうしても不安がぬぐい切れないみたいだ。
……仕方ないな。
俺は樹里の不安を和らげるように、樹里の頭を軽くポンポンと叩く。
「もしまた何かあっても、この間みたいに助けてやるからよ。あんま心配すんな」
「アンタがあたしを……?」
不安気な眼差しの中に一筋の希望の光を覗かせ、樹里が上目遣いで俺を見てくる。
……別にこれ狙ってやってるんじゃないよな?
「ああ。だからもう悩むな。もし直接的に何かしてきたんなら、得意の魔法で黒焦げにしてやれ」
「…………うん、そうね! そん時はあたしの極大火炎魔法をお見舞いしてやるわ!」
ふう、ようやく樹里の表情も晴れてきたな。
やっぱこいつは馬鹿みたいに笑ってる方が似合ってる。
その後は、元気を取り戻した樹里の体力訓練と魔法の特訓に少し付き合ってから、宿舎裏を後にした。
その時だった。
俺は一瞬にして背筋も凍るような気持ちにさせられる。
なんだ!? 敵かッ!?
いや、敵ってこの場所でどんな敵が出るっていうんだ。魔物がこんな所まで入って来るなんてありえないはずだし……。
敵の正体の予測も出来ていないが、一瞬感じた恐ろしい気配の位置だけは特定できている。
俺は油を差し忘れたブリキのロボットのように、ギシギシとした動きでそっちの方へと振り返る。
と、そこには……
「大地さん。最近私と
言葉の所々に妙に力の入った言い方をする、沙織の姿があった。
彼女の今立っている位置からは、俺が樹里と話をしていた場所がよおく見える。
それでいて俺達のいた位置からすると沙織の事が発見しづらいという、絶妙な覗きポイントであった。
これで沙織が家政婦の恰好をしていたら完璧だった。
「い、いやあ? べ、別にそんなに話をする機会が減ったとも思えないんだけど?」
「……確かに訓練中とその前後ではお話もしてますが、最近はそれ以外の時間でほとんどお話をする事がなくなってます」
「それはまあ、市民街への立ち入り許可とかも出たからね? 色々すれ違って会う事もなかったんだよ」
「その
うっ!!
な、なんか沙織からの圧が凄いぞ……。
色々魔改造された俺がこうも押されるなんて、尋常じゃあない。
てか、この感覚には覚えがある。
何度か沙織と関係を深めようと思った事があったんだけど、その度にこれに近い感覚を感じていた。
肩に漬物石でも乗せられたかのような……そんなおもーーい感覚。
その謎の感覚のせいで、俺は沙織との関係を進める事が出来なかったんだよね。
「あ、ああ。樹里とは偶然この場所で会ってな。それ以来何度かああして話をしてたんだ」
「……へぇ。『樹里』さんとお話を。なるほどなるほど…………」
げ、更に地雷を踏んだかもしれん!
肩に置いてあった漬物石が、一気に大岩になったかのような感じがするぞ。
てか正直どーすりゃいいんだ、これ。
最初は軽い気持ちで彼女に声を掛けたり、交友を深めようとしてたけど、それって高校の時に彼女を作った時と同じような感覚だったんだよな。
まだ別に付き合ってもいないのに、こうも重い反応をされるとどう返すべきか……。
というか、沙織の俺に対して抱いてる感情は本当に恋愛的な意味のものなんだろうか。
ギャルゲー気分で沙織を攻略してた俺からすると、割と好感度は稼げてた印象はあるんだけど、これは現実だからなあ。
とりあえずその辺をついてみるか?
「樹里もあれはあれで色々悩みを抱えてたみたいでな。相談なんかに乗ってやったんだよ」
「相談ですか。それは良い事だと思います。それでは私の相談にも乗っていただけないでしょうか?」
「あ、ああ。俺に乗れる範囲でならな」
「それは問題ありません。私の相談とは、浮気男に関する相談になります。その男の人には決められた女性がいるというのに、他の女性に声を掛けるのを止めようとしないのです。それどころかその決められた女性との交友機会も減っているのです。私としましては、そのような状況を改善したいと思うのですが、どのようにしたらいいでしょうか? また、そのような時の男性はどのような気持ちでそのような行動を取っているのでしょうか? 男性である大地さんの立場からの意見を頂きたいと思っております。他の女性に声お掛けている時、決められた女性の事は頭の片隅にでも追いやられてしまうのか。だとしたら、その女性はだい……彼を引き留める為にはどうするべきなのか。是非ともそこ辺をご教授頂きたいのです」
うっ……、長い長い!
それに一本調子で話し続けるから、すげーホラー感がしたぞ。
てか、「決められた女性」って、まさか沙織の中ではそういう立ち位置なのか?
ええええええぇぇぇっ!?
今までそんな会話とか素振りとか見せた事もなかったよな?
なんか昔の風習とかでは、肌を見られたら責任を取って嫁にするとか聞いたことあるけど、そんなラッキースケベな事もこれまでなかった。
俺が無意識のうちに沙織に手を出さなかったのは、沙織のこうした部分をどこか本能的に察知していたからなのか?
そうなると俺の察知能力も侮りがたいんだが、この状況になってしまっては手遅れと言わざるを得ん。
「えっと、その……だなあ。と、とりあえず少し落ち着いた方がいいんじゃ……」
「大地ー! なんか話し声が聞こえてきたけど、誰と話してんのー?」
俺がしどろもどろに時間稼ぎをしようとしたら、少し離れた場所から樹里の声が聞こえてきた。
続いてこちらに掛けてくる足音も。
「あっ……」
「…………どうも」
次回予告! 龍虎相打つっ!!
って、思わずそんな事を考えてしまう俺は、すでに思考を放棄していたに違いない。
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