第45話 心の変容


「入っていいわよ!」



 樹里の声を聞いて、俺は早速部屋の中へと入る。

 部屋の内装は……俺の部屋とそう変わらんな。

 片付けると言ってた割には、特に荷物が散らかってた様子は見られない。


「別にそんな散らかってはいねーな」


「レディーの部屋をジロジロ見ないでよ!」


「レディーってお前……」


 思わず俺は樹里を凝視する。

 身長は女子にしても少し小柄ではあるが、一部分だけは逆に大柄だ。大柄のマスクメロンだ。

 いや、言い過ぎた。マスクメロンほどじゃないな。少し大きな桃程度だ。

 体の方が小さいから、つい錯覚して大きく見えちゃうんだな。


「ちょっと……どこ見てんの!?」


「少し大きな桃」


「え、大きな腿? そ、そんなに足太くなってた!? 最近走り込みでお腹のとこがスリムになったと思ったのに、逆に足が太くなっちゃうなんて!」


 何やら勘違いをしているようだが、ここは正さずにおこう。


「それよりも、例のスイーツとやらはどれだ?」


「ああ、ちょっと待ってて。今取ってくる」


 そう言って樹里は部屋の隣の部屋へと向かう。

 俺達の暮らす宿舎は、一階に大きな食堂があるせいか、個人の部屋には台所スペースはついていない。

 ただ魔道コンロなどを自腹で購入して、自炊するのは自由だ。



「はい、持って来たわよ」


 樹里がおみやげでもらったというスイーツは、木箱に収められているようだ。

 箱を開けてみると、敷き紙などもなしにそのままスイーツとやらが入っている。

 確かに見た目は蒸しパンっぽいクリーム色をしていて、手に取ってみるとふわふわと柔らかな触感がする。


「そんな凄い美味しいって訳じゃなかったけど、素朴な味で悪くなかったわよ」


「ほおう。どれどれ……」


 俺は軽く一撮みした蒸しパンもどきを、口に頬張ってみる。


「あ、ねえ! それ毒が入ってるかもしんないんでしょ?」


「モグモグモグ……」


「ねえっったら!」


 俺は口に入れた蒸しパンについての、詳細な解析を始める。

 まあ、いつも通り触れずに"鑑定"でもよかったのだが、食えるもんなら自分で食ってみた方が、判別が楽だ。

 俺の肉体はそんじょそこらの毒なんか屁でもないからな。


 で、じっくり味わってみたんだが……、どうやらこいつは黒だったようだな。

 恐らく、蒸しパン自体は普通のお店か何かで買ったものなんだろう。

 それに、毒となる何かを振りかけてある。


 そして毒の成分も判明した。

 樹里の話もなるほどと納得だ。

 この毒はまず即効性ではなく、徐々に体に浸透していくタイプだ。

 だから、樹里もその場では何も起こらなかったんだろう。


 そして……。

 性質が悪いのは、この毒が魔力に過敏に反応するものだという事だ。

 つまり、魔力をほとんど持たない大森と、もう一人の女には効果がほとんどなく、樹里にだけ強く効果が発揮される。


 日本人たちは、みんな樹里が魔法を使う事を知っている。

 こちらの世界の人間も、一部ではもう知っている奴もいるかもしれないが、彼らにとっては魔法使いの樹里は有益なはず。

 なので、彼らに魔法使いを毒殺する理由はないし、教官連中以外に樹里と接する現地人もいないので、恨みなど抱きようもない。


 ……というか、真っ先に疑われるのは大森、だな。




「もうっ! 黙りこくってどうしたのよ!」


「樹里……。少し良くないニュースと、大分良くないニュースがあるんだが、どっちから聞きたい?」


「え、えええぇ!? そんな、どっちってゆったって、結局どっちも聞かないと眠れなくなるじゃない」


「じゃあ、少し良くないニュースから伝えよう。こいつには毒が仕込まれている」


「……マジなの?」


「マジもマジ。大マジだ」


「それじゃあもっと良くないニュースってのは?」


「この蒸しパンに仕込まれていた毒は、遅効性ですぐに効果が出ない。そして、魔法を使えない者にはほとんど無毒だが、魔法を使えるものには大きなダメージを与える事が出来る毒だ」


「それって……」


「十中八九、仕込んだのは大森だ」


「……っ! そんなっ…………」


 俺の言葉に予想した以上に落ち込む樹里。

 それだけ、大森が言った言葉を信じてたって事か。


「ハッキリ言って、こいつは殺人未遂だ。こっちの世界でどう扱われるかは分からんが、このままだとまた同じような事をしてくるかもしれん」


「…………」



 すっかり悄気返ってしまっている樹里。

 ……ああ、チクショウ。そんな顔をすんなよ。

 親とはぐれて独りぼっちの子供みてーなツラしやがって。



「んな、顔をすんな。そのペンダントを貸してみろ」


「……これを?」


「いいから早く」


 俺は樹里の手からひったくるようにペンダントを受け取ると、手のひらに乗せる。

 そして魔法……だと樹里にばれるので、超能力のパイロキネシスで小さな炎を生み出し、魔石部分を軽く炙る。


「えっ……、今のなに!?」


「今のは我が家に代々伝わる『守りの炎』の能力だ。これで清められたものを身に着けていれば、災いから身を守ってくれると言われている。今回は樹里が言うところの魔力が一杯詰まった石って事だから、効果もすげーよくなんだろ」


「『守りの炎』…………。確かに、魔力マギアは感じなかったし魔法ではないっぽいけど……」


「それがあれば、ある程度はお前を守ってくれるだろう。しかし――」


「うん、わかってる。後はあたしがどうするか決めないとね」


「言っておくが、直接アイツに言ってもしらばっくれるだけだぞ。『遅効性』で対象が『魔法使い限定』と、サスペンスの犯人らしく自分が疑われないような状況まで演出するような奴だからな」


「……あのお茶を持ってきた人も共犯なのかな?」


「そこまでは分からん。前もって大森が手配しただけで、犯行の内容までは知らないのかもしれんし、全く関係がない可能性も十分ある」


「……そう」


「樹里、あのだな……」


「ゴメン。悪いけど一人で考えたいの」


「ッッ……、そうか。あんま思いつめるなよ。なんかあったら俺に相談しろ」


「うん、あんがと」




 他に掛ける声も思いつかず、俺は樹里の部屋を後にする。



 …………。



 ……………………。



 ああああああああああぁぁぁぁっっ!!



 なんか胸がくさくさするぜ。

 こんな事、高校時代に彼女が子供が出来たって言って来た時にも感じなかったのに!


 結局その件は、俺の気を引きたいだけについた嘘だって事が後に判明したんだけど、あん時の俺は冷静に彼女におろすように言っていた。

 俺は……自分以外の人間がどうなろうと、根本的には無関心のはずだ。


 これまでの人生振り返っても、友人と呼べる奴はいたけど、親友と呼べるような奴はいなかった。

 きっと友人だと思ってた奴らも、俺が心の中では一線を引いてるってのを分かってたんだろうな。


 それは俺にとっては非常に居心地がいい関係性でもあったんだが、そういった連中とは、高校を卒業してからは関係が全て切れてしまった。

 そして大学に入ってからは、どこか新たな人間関係を作る事が空虚に思えてしまって、樹里のように……いや、アイツとはまたちょっと違うか。

 とにかく、構内でも人との接触を避けるようになってしまっていた。



 それが、樹里を見てると何故か言いようのないもやっとしたものを感じてしまう。

 最初はそれほどでもなかったのに、よく話をするようになってからは、そうした心の揺らぎを自覚するようになった。


 ……これも、そうか。


 俺は火星人の野郎に、さんざっぱら体を弄られてしまったからな。

 昔のようには行かないと、そういう事か。


 精神……心の領域まで火星人に弄られた認識はないんだが、体が変われば心に影響が及ぼすのもおかしくはない。

 俺の心は以前とは別の物に変容してしまったのかもしれない。


 だから……。


 以前の俺だったら放置を決め込んだであろうこの問題についても、俺直々に動いたっておかしくはないハズだ。


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