第44話 お茶会
「ちょっとお! いきなり膝を引くなんて酷いじゃない!」
「それだけ元気なら、もう大丈夫そうだな」
「もうっ! そんな事……って、そーいえばそうね。まだちょっと体がフラフラする感じだけど、大分良くなってるわ」
膝を引いたことについてとやかく言われそうだったので、俺はすかさず話題をスライドさせる。
樹里も最初はまだ文句の続きを言おうとしていたが、改めて自分の体の状態を認識したようだ。
「ねえ。これアンタが何かしたんでしょ? 何をしたのよ」
「何って……覚えてないのか? 俺はお前の首筋に歯を立ててちゅーちゅーと……」
「わあああっ! それは勿論覚えてるわよ! そんなんじゃなくて、多分あたしの体の中、ちょっとヤバイ状態だったハズなのよ。それなのに今ではこうしてはしゃげる位に元気になってる……」
「うむ、良いことじゃな」
「……教えるつもりはないって事ね」
「実は俺は吸血鬼なんだ。だから血を吸った相手のケガを治したりできるんだ」
「吸血鬼ってアンタ……。ううぅー、でもありえなくもないのが判断に困るわ。こんな世界があったり、超能力だかのある世界もあるんだしね」
「そうそう。そういう事にしておけ」
「んもうっ!」
ふてくされている樹里も、それはそれでなかなかグッド。
だがそろそろ本題を突き付ける事にしようか。
「ところで何であんな状態になってたんだ? 心当たりはないのか?」
「心当たり……」
樹里があーだこーだと考えているが、特に何も思い浮かばないらしい。
なので、俺は思い出すためのきっかけになればと、幾つか質問をぶつけてみる。
「例えば、今日は朝からいつもと体調が違ったとか」
「今日も朝から元気一杯だったわよ」
「俺が渡した魔石のペンダントをうっかり呑み込んでしまったとか」
「なっ、なっ……!」
「え……。まさか本当に呑み込んだのか?」
「そんな訳ないでしょ! チェーン部分もあるんだから、口から呑み込むのはキツイわよ!」
「そうか……。でも口からといえば食事というのも大事な要素だ。樹里……、なんか腐ったもんでも食べなかったか?」
「アンタ、あたしの事なんだと思ってるのよ……」
「ツンデレ魔法少女」
「つんでれ……って何よ? 魔法少女ってのは何となく分かるけど」
これはたまたまその用語を知らないか、魔法の存在する樹里のいた日本では、その言葉が生まれていないかのどっちかかもな。
「何でもない、気にするな。ううん、それなら他にいつもと変わった事が起こらなかったか?」
「そー言われてもねえ」
ここまで色々言っても思い当たる節がないとすれば、原因を突き止めるのも難しいな。
俺が樹里の魔力異常を治した際も、結局何が原因でああなったのかは突き止められなかった。
これがたまたま何らかの条件が重なって、自然に起こったようならまだいい。
すでに樹里の体内にはナノマシンも入れてあるので、同じことが起こっても今後は大事には至らない。
しかしこれが人為的なものであった場合、手を変え品を変え、同様の事件が起こるかもしれない。
残念ながら、樹里は周りの人間からは疎ましく思われているようだからなあ……。
「あっ……」
「どうした? 何か思い浮かんだのか?」
「あ、うん。関係ないとは思うんだけどね、昨日あの女におみやげをもらったのよ」
「あの女?」
「ほら、いつも男を従えて歩いてるいけすけない女よ」
「っつうと、大森智子の事か?」
「えっあっ、確かそんな名前だったよーな?」
こりゃあなんだかきな臭くなってきたな。
大森智子といえば、裏で樹里の事をボロクソに叩いてる大元じゃねえか。
「そのおみやげってのは何だったんだ?」
「スイーツよ。最近は市民街にも行けるようになって、あっちでいいお店を見つけたらしいわ」
「お前はそれを疑いもなくもらって食べたのか?」
「何よ。くれるっていうんだからもらってやっただけよ。それに、『これまでは余りお話してこなかったけど、これからは街の方にも一緒にいかない?』なんて言われたら、無下に扱うのはカワイソーじゃない」
「樹里……。お前、いくらぼっちだったからって、そんなにホイホイと人を信じてどうする」
「ぼ、ぼっちなんかじゃないわよ! 今まではあたしが自分で一人でいただけなの!」
「そういうのはいいから……。そのスイーツはまだ残ってるのか?」
「え……、うん。まだあたしの部屋に残ってるはずだけど……」
「よし、いくぞ」
「え? ちょっと待ってよ!」
俺はいつもとは逆方向の、女性用宿舎へと続く道を歩き始める。
樹里は騒ぎながらも俺のあとを付いてきた。
「ねえ、どういう事よ? まさか、あのスイーツに毒でも入ってたっていうの?」
「可能性はあるだろ」
「ないわよ! 食べたのは昨日だったし……」
「遅効性の毒かもしれないだろ」
「ちょっと、あたしの話を聞いて! まだ言ってなかったけど、実はそのスイーツはあの大森って女も一緒に食べたのよ」
ん?
一緒に食べた?
「それは目の前で同じ包みから取り出したものなのか?」
「疑り深いわね。もらったのは蒸しパンみたいな奴だったんだけど、大森とあともう一人の女と一緒に食べたのよ」
「待て待て。もう一人の女とか新しい登場人物が出てきてるんだが」
「もう一人の女は、たまたまあたしと大森が話してるところに通りがかってね。その女が丁度街でお茶を買ってきたっていうから、せっかくだから三人で軽いお茶会みたいなのしたのよ」
お茶会……。
これまで生きてきてそんなのしたことねーな。
一度は茶道ってのも体験してみたかったんだが……。
ありゃあお茶会ってのとはまた違うか。
「そん時に、あたし達三人とも同じ蒸しパンもどきを食べてたのよ。だから、食べ物が原因だとしても、あれは関係ないはずよ」
「……お前、初めてのお茶会に浮かれて、こっそり大森に毒を盛られてた事に気づかなかったって事はないか?」
「失礼しちゃうわね! それは確かにちょっとは誘われて嬉しかったけど、そんなあからさまな事をされたら気づくわよ」
ちょっとは嬉しかったのか。
ほんと、こいつはチョロイ奴だな……。
ギャルゲーだったら、樹里が一番攻略難度が低いキャラになるだろ。
でも逆にそのせいで、他の娘を攻略しようとすると爆弾ひっさげて邪魔してくるんだよな。
「とにかく他に手がかりがないんだから、お前の部屋まで行ってそのスイーツとやらを確認するぞ」
「え、で、でも、女性用の宿舎にアンタを入れるなんて……」
「別に男の出入りが禁止されてる訳でもないだろ。うちの宿舎のチャラ男なんて、どっかしらで引っ掛けた女をよく連れ込んでるぞ」
「え、うそ……。それって日本の人?」
「日本のもいれば、こっちの連中も……ってそんな事は今はどうでもいい。ほら、いくぞ」
「あ、待ってよ」
俺の後を少し遅れてついてくる樹里。
しかし宿舎内に入ってからは、樹里が先導する形で移動していく。
途中何人かこの寮に住んでる連中とすれ違ったが、特に何かこちらにアクションを仕掛けて来る事はなかった。
……その中に、一人だけ戦闘訓練で一緒の女がいたから、次の訓練では何か言ってきそうだけど。
「じゃ、じゃあ、ちょっと片付けてくるから待ってて!」
樹里の部屋の前までたどり着くと、そう言って樹里は一人室内に入っていく。
俺達もそうだが、相部屋などではなく一人一人に部屋が用意されているので、この中は樹里の完全プライベートスペースという事になる。
街へ出かける許可がでてそんなに日も経っていないのに、そんなに片付けるようなもんがあるのか?
そう疑問に思いながらも俺はひとり、女性用宿舎の廊下で樹里の返事を待つ事にした。
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