第43話 魔力異常


 その日の戦闘訓練では、権助どんだけ生身での訓練が言い渡されていた。

 俺との対戦であまりに力押しばかり仕掛けるので、女教官が見かねて手取り足取り技術的な指導をするようだ。

 おかげで巨大権助どんとは戦わずに済んでいたのだが、代わりに女三人組の魔甲機装と対戦する羽目になった。それもなぜか1対3で。


 ……相手だけチーム組んでるって卑怯じゃね?

 ま、俺が全勝したんだけど。


 でも彼女らはそれにもめげず、その後も熱心に俺に挑んできたので、彼女らの体に自然と闘い方が身に付くように意識しながら、相手しておいた。

 上手くいったかどうかは知らん。




 そうして訓練も終わり、少し町中を見て回ってからいつも通り俺は宿舎の裏手から中へと入る。

 すると、そこには血を吐いて倒れている樹里の姿があった。


「おい! どうした!?」


 俺は慌てて駆け寄りつつも、"鑑定"を使って樹里の状態を調べていく。

 すると、すぐにこの異常の原因が判明した。

 樹里の体内を巡っている魔力に異常が見られるのだ。


「あ……だい……ち……」


 下手に体を動かさないよう近くにしゃがみ込んだ俺に、どうやら樹里は気づいたみたいだ。

 

「樹里、大丈夫か?」


 そんな質問をしつつも、鑑定結果によって樹里の状態がよろしくない事は理解している。

 しかし反射的に俺はそう尋ねてしまった。


「う、うぅぅ……ゴホッ、ゴホッ……」


「あー、悪かった! それ以上話そうとしなくていい!」


 ううむ、しくった。樹里に無理をさせてしまった。

 俺は猛省しつつも、鑑定結果を元に脳内で原因特定のシミュレーションを繰り返していく。


 その結果、どうも樹里の体内の魔力が妙な感じに変質してしまったせいで、体が拒否反応を示してるような状態だという事が判明した。

 

 通常ならば、異なる性質の魔力など、体内の魔力が外部へと弾いてしまうはずだ。

 俺のような大量の魔力を持つ者が、強引に相手の体内に魔力を送りでもしない限り、このような状態にはならないはず……。


 まあ、それはいい。

 原因は分かったので、俺が適量の魔力を直接樹里の体内へと送り、その魔力で変質してしまった魔力を元に戻そう。

 そうすれば、とりあえず大元の原因は断てる。


「樹里……、もう少し頑張ってくれよ」


 俺が樹里の手を握ると、微かな力で樹里は俺の手を握り返してくる。



「よしっ……やるか!」


 この先やる作業についての脳内シミュレーションは、既に完了している。

 あとはこの握った手から俺の魔力を流し込むだけだ。


 俺は丁寧に自分の魔力を操作して、樹里の体内の魔力異常を正していく。

 初めこそは辛そうな表情を浮かべていた樹里だったが、その表情も次第に楽になっていく。


「これっ……は……」


「樹里、今はまだ喋るな」


 俺がそう言うと、小さくコクッと頷いて黙り込む。

 ……今の感じだと、俺がやってる事について漠然と理解してるっぽいな。

 まあ、仕方ない。樹里の命には代えられん。


 赤の他人が死にそうだったとしても、俺はご愁傷様の一言で済ませてしまうだろうが、何度か会話をしてきた相手が目の前で死にそうだと言うなら、助けるのも吝かではない。


 しばらくして、完全に樹里の体内の魔力異常は平常に戻され、峠は越えることは出来た。

 しかし、最初見たときに吐血していたように、魔力が変質していた間に大分体の方をやられてしまっている。


「樹里……お前、魔法で自分を回復とか出来ないのか?」


「う……んんーー……。ちょっと……無理っぽい……」


「……そうか。じゃあちょっと我慢してもらうぞ」


 俺は回復魔法を使った事はなかったが、街に遊びに行った時にこの世界の魔法使いが使う治癒魔法というのを見た事があった。

 その時俺は、"鑑定"スキルによってリアルタイムで経過を観察していたので、ちょっと試行錯誤すれば俺にもそれっぽい事は出来ると思う。

 ただ、それをすると完全に魔法を使える事がバレてしまう。


 まあ、今更って感じでもあるが、今後の事も考えて俺は別の手段を用いる事にした。

 俺は地面に倒れていた樹里を抱き上げるようにして抱え上げると、顔を樹里の首筋に近づけていく。


「うへぃゃ! え? その、あの……心の準備が……」


 何やら誤解した樹里が妙な事を口走っている。

 この様子を見た限り、後は安静にしてれば大丈夫な気もしてきたが、今後の事も考えて、俺は樹里の首筋へと噛み付いた。


「ったあぁ! ええっ! なになに。そーゆー趣味なの!?」


 俺は構わず噛み付いた樹里の首筋から血を吸う……のではなく、逆にこちらから俺の体内に無数に蠢いているナノマシンを送り込む。


 こいつは常に俺の体内に一定数常駐しており、あらゆる病原体から体を守ってくれたり、肉体の損傷を魔法のように治してくれたり――体内の魔力の状態を維持してくれたりもする。


 といっても、元々俺の体に合わせてカスタマイズされているので、樹里の体内に送る際にはプログラムを書き換えておかないといけない。

 樹里は身体改造も受けていないので、性能は大分制限される事になる。

 設定は……特に身を守る方向性で設定をしておこう。


 本来はこういった事をするなら相手の同意が必要であるのだが、魔法どころか俺の体が超技術の結晶である事も、樹里にはまだ教えていない状態だ。

 という訳で、樹里には悪いがここは黙って受け入れてもらおう。


「よし、これでいいだろう。しばらくはそこで横になっていれば良くなる」


 俺が一定量のナノマシンの注入を終えると、抱えていた肩を地面に下す。

 後は時間をかけて、樹里の体内でナノマシンが増殖していけば、体を健康状態に維持してくれるはずだ。

 樹里の場合は魔力を持っているので、それをナノマシンが活用してくれればなお効率もいいだろう。


「ちょ、ちょっと……。地面に下すのは酷いじゃない!」


「外にいるんだから仕方ないだろ」


「そーじゃなくて……、アンタの膝を貸しなさいよ」


「膝ぁ? 普通こういう場面で膝枕をするのは女の方じゃねーのか?」


「う、うるさいわね! 可愛いあたしがアンタを枕に使ってあげるのよ! 感謝して欲しいくらいよ!」


「なんで頼む側なのにそう上から目線なんだ……」


 俺は大きく息を吐きながらも、樹里の要望に応えてやる。


「ま、まあまあの寝心地ね!」


「さようで」


 そしてしばらく無言のまま時間が経過していく。

 初めはまっすぐ仰向けで俺の膝に頭を載せていた樹里だったが、俺が視線を下に向けた際に、慌てたように体の向きを横向きに変えてしまった。


 静かな時は過ぎていき、ナノマシンを注入してから十分ほどが経過した。

 俺は改めて"鑑定"を樹里に対して使用し、身体組織の治療の方も無事に進んでいる事を確認する。


「さ、もういいだろ」


 そう言うなり、俺は樹里の頭を支えていた膝をスッと引き抜く。


「うきゃぁっ!」


 するとまるで猿のような声を上げて、樹里の側頭部とむき出しの土の地面が運命の出会いを果たす。

 ゴチン、という音と共に。



 俺はその後、ギャーギャーと喚く樹里を適当に相手しつつ、何故突然このような事が起こったのかについて、考えを巡らせていた。


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