第42話 プレゼント


「え……。これをあたしに?」


 俺が例のペンダントを渡すと、笹井の奴は鳩がマメ鉄砲を食らったような顔をしてそう言った。


「そうだ」


「で、で、でも何で急に」


「お前には色々話を聞かせてもらったからな。そのお礼だ」


 今んとこ笹井にも俺が魔法を使える事は隠しているので、本当の理由を伝える訳にはいかない。


「そんな……あれはあたしが話したいから話してただけなのに」


「別にいらんというなら、返してくれ」


「い、いやよ!」


 俺の渡したペンダントを、大事そうに両手で持ちながら、胸に抱える笹井。

 最近俺と話してる時は、ちょこちょこ普段の強気な所じゃなくて、素の部分が出てくるようになっていた。


「そか。なら大事にしてくれ」


「うん、そうする……」


 お、ここは珍しくデレたな。

 普段からそうしてれば、もっと回りに人が増えると思うんだがなあ。


「えっ? ちょ、これ……」


 俺が渡したペンダントを見ていた笹井が、急に慌て始める。


「この石! これ、何これ!?」


「ああ、それは魔石とかいう奴だ。講習の時に行ってたろ? 魔物を倒した後には魔石が残るんだ」


「えええっっ! だ、だってこの魔石とかゆーの、すっごい魔力を感じるわよ? 前にも話したけど、あたしがいた世界には魔力をため込む性質の宝石があったのよ。でも、そんなのとは比べもんになんないわ!」


 む、妙に魔石に食いつくな。

 その石は俺特製のだから、普通の魔石ではないんだが……。


「あー、そいつはなんか町中で助けた怪しいジジイから買ったんだ。普通の魔石はもっと黒っぽい色をした奴でな。ジジイが言うには、これは凄い魔力の詰まった魔石だが、助けたお礼に格安で売ってくれるというんで買ったんだ」


「へええ、こんなすごい石があるなんて、この世界って思ったよりヤバそーね」


「やばい? まあ、周りを魔族の国に囲まれてるからな」


「そーじゃなくて。こんなすごい魔石を落とす奴がいるなんて、元の魔物は多分とんでもなくヤバイ奴だったと思うのよ」


「ほう、そんなもんか。生憎俺はそれが、本当に魔力があるかも分からなかったからな。石が綺麗だし安かったから買ったんだが、お買い得だった訳だ」


「それはモチのロンよ! あ、返してって言っても、もう返さないからねっ!」


「わーった、わーったよ」


「ふふーん」


 笹井のご機嫌が一気に急上昇だな。

 ギャルゲーの三択プレゼントで、当たりの品をプレゼントしたみたいになってる。

 (バッチリ、良い印象を与えたみたいだぞ)



「ね、ねえ。ところでさ……」


「ん、なんだ?」


「アンタさ、あの改造人間と仲が良いわよね」


「改造人間?」


「あの初日にバカみたいにジャンプしてた女よ!」


「ああ、沙織の事か」


「それよ、それ!」


「沙織がどうかしたのか?」


「あの女のことはいーの! それより、その……呼び方は何なのよ!」


「何なのって言われても困るんだが」


 なんだ?

 さっきまで機嫌が良かったかと思いきや、今度は急にお冠だぞ。

 女心と秋の空ってやつか?


「ううーー、だーかーらー! なんで、親しそうに名前で呼んでるのよ!」


「え、いや、そう呼んでもいいって本人が言ってたから……」


「じゃ、じゃ、じゃ……」


「じゃあーーーーん?」


「違うわよ、バカ! それならあたしの事も、じゅ、樹里って呼びなさい!」


 なんだ、そんな事か。

 やっぱ人間関係が薄い奴は、そういう名前呼びに憧れるもんなんだな。

 こいつ見るからにぼっちっぽいしなあ……。


 いや流石に元の世界にいた時は、友達とかもいたのかな?

 うーん、取り巻きとかそういうのがいそうなイメージはあるんだけど、どうだろう?

 ……なんて事を考えてたら、しびれをきらした笹井がプンプンとしながら言い放つ。


「~~~ッッ! なんですぐ返事しないのよ! いい? アンタはこれからあたしの事を樹里って呼ぶこと! もう決定事項だから!」


「決定事項って……」


 言うなり笹井は背を向けて、肩を怒らせながら宿舎裏から立ち去っていった。


「まだ、返事もしてないんだが……」


 ポツンと俺一人残して。







 そういったイベントがありつつも、同じような日々過ごしていく俺達。

 体力強化組は未だに戦闘訓練に参加していないが、戦闘組は基本的な動きを覚えてきたので、ようやく魔甲機装を使っての実践訓練が始まった。


 タンゾータイプで修理したり、魔甲玉の持つ自然再生機能である程度の損傷は元通りにはなるが、それでも度を超すと不具合が出る事もある。

 だから、ろくに武器の振り方も知らないうちに、武装しての戦闘訓練をするのはマズイらしい。


 同じタイプで戦闘訓練を受けているのは、権助どんのオツァーガクラス。

 そして残りの女三人がそれぞれシンガー、コウガーター、キーガとなっている。

 俺を含めて、マンサクタイプの中でも下のクラスから順に並んだ構成だな。


 より上のクラスのマンサクの奴らは、揃いも揃って体力測定で落ちているので、その間に強くなってやろうと、女三人のやる気はそれなりに高い。

 しばらく三人で行動していたせいか、彼女らの結束も高まっているように見える。


 反対に男の方はというと、権助どんが女教官といい雰囲気なので、俺は……隅っこで空気になるスキルを身につけ始めている。

 ただたまに声を掛けられる事はあった。


「ダイチ! ゴンスケとの摸擬戦を頼む!」


 このように向こうから声を掛けてこない限りは、俺は一人でプラーナの練習をしている事が多い。

 まあそれはそれで有意義に活用させてもらってるけどね。


「教官は……大分お疲れのようですね」


 これは何も女教官と権助どんが、そこらの物陰でハッスルしていたという訳ではない。

 権助どんの巨大なアレ魔甲機装のせいで、ベテラン魔甲騎士の女教官といえど、長時間相手することが出来ないのだ。


「うむ……。ちょっとやそっとの大きさの違いなら遣り様はあるのだが、ゴンスケのは……大きすぎるのだ」


 それはどっちの意味なんですかねえ。


「分かりました。けど俺だって、あんなデカブツと長時間やるのはキツイですよ」


「分かっている。だがお前もここでジッとしてるよりは、少しは動いた方がよかろう」


 別にただジッとしてた訳でもないんだけどな……。

 

「大地さん、よろしくおねげーしますだ」


「こちらこそ」


 と紳士的に答えたはいいものの、巨大な権助どんの魔甲機装は結構厄介だ。

 なんせ、武装して呼び出される権助どんの鍬も、本体のサイズに合わせてどでかいモノが生み出されるのだ。


 それを巨大な権助どんが振るうと、畑作業どころかダム工事が出来そうな位、エライ事になってしまう。

 まあ当たらなければどうという事もない、とは言ったもんで、性能が大きく異なるはずの俺のキガータでも、先読みすればどうにか出来たりはする。


 それに俺も、サイズでは権助どんに及ばないが、硬さには自信がある。

 俺の魔力をふんだんに吸い込んで生み出された鍬は、尋常ではないくらい頑丈で硬くなっているのだ。


 色も緑ではなく殆ど黒に近く、黒光りする柄の部分とテラテラ光る刃先の部分が妙に目立つ。

 この刃先の鋭さもベラボーな威力で、権助どんの振り下ろす鍬に、下から救い上げるようにして上手い事ぶちあてると、なんと権助どんの鍬を真っ二つに切り裂く事も出来る。


 まあこれは半分位は、権助どんが振り下ろしてくる鍬の力を利用してるんだけどな。

 最初の内はこればっかりやってたんだが、その内教官に「それでは練習にならん!」と言われて、武器壊しの手は封印されてしまった。

 これも戦い方としてはアリだと思うんだけどな。


 そんな訳で、今では権助どんの周りをちょこまか動き回って、権助どんの足元を俺の鋭い鍬で削っていくのが主流になっている。

 ただこの方法もなんだか、毎回権助どんが悲壮な覚悟で挑んでくるのを返り討ちにしてるので、女教官からその内ストップの命令が出るかもしれない。



 そういった感じで、俺はまあ割と充実した日々を過ごしていた。

 けど、事件というのは唐突に起こるものだという事を、俺はこのあと実感する事になる。


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