第40話 魔法練習の成果


 さて、武装テストからの一連の流れで、今は戦闘訓練や体力訓練を受けるようになった俺達だが、俺は特にこれといった指導を受けてはいない。

 女教官からは、「お前はもう十分武器を扱えている。後は自主訓練をしておくように」と言われてしまったのだ。


 ちゃんと訓練をしてきた彼女には悪いが、俺の体は大分イカレタ事になってるんでね。

 一度相手の手本を見れば、動きをすぐに再現出来たりするんだよ。

 ただ気になっていた事がひとつあったので、女教官に尋ねてみた。



「体力測定で先頭を走っていた教官? ああ、彼はプラーナ使いだからな。アレくらいは造作もない」


 例の気功教官について話を聞いてみたら、このような答えが返ってきた。

 どうやら俺が気と呼んでいたものは、この世界ではプラーナと呼ばれているらしい。


 女教官にプラーナの事について色々聞いてみた所、肝心な部分の「どうすれば使用できるか」については、曖昧な回答しか得られなかった。

 彼女がたまたま知らなかったのではなく、一般的なコレといった正しいやりかたというものがないそうだ。


 流派によっては絶食をしてみたり、とにかく体を動かしまくってみたり、他のプラーナ使いから直接プラーナを流し込まれてみたり……。

 ……とまあ、色々あるようだ。


 ちなみに最後の方法はかなり危険らしく、よほど慣れた人にやってもらわないと、体のあちこちの血管が破れたりとかすることもあるらしい。

 こわっ!


 女教官も以前は練習してみた事があったようだけど、プラーナを会得出来なかったらしい。

 なんでも、体内にある気門という箇所を開門する事が出来れば、プラーナ使いとしての一歩を踏み出せるそうだ。





 とまあそういった訳で、俺は戦闘訓練中に毎日のように気門を開けられないものかとあれこれと試していた。

 そして、正式に市民街にも出入りできるようになったので、訓練の終わった後や休息日などによく街の様子を窺いに行ったりもしている。


 そこでプラーナの事についての情報も集めてみたけど、いまいちこれといって、今の俺のつまづきをどうにか出来るようなものはなかった。

 仕方ない、一歩一歩進めていくしかないな。


 そして町から帰った後は、得にその必要もないんだけど近道だからと利用している宿舎の裏手から帰還する。

 最近はここで笹井と出会う事が多く、少し前に最初に会話を交わして以来、たびたび話をする間柄になっていた。



「アンタって、正門から入って来た回数より、こっちから入ってきた方が多いんじゃないの?」


「ま、近いからな。それよりお前、体力測定の時に魔法を使っていたな?」


「な、な、何の事かしら?」


「バレバレなんだよ。沙織から聞いた話だと、途中で一気に失速したようじゃないか。途中で魔法が切れたんだろ?」


「フンッ、別にバレなきゃいいのよ。大体魔法だって私の大事な力の一部なのよ! それをどう使おうがあたしの勝手じゃない」


「それにしちゃあ、危うく二番目の集団にも置いてかれそうになってたけどな」


「あ、アレはっ……。魔法による身体強化は、元の能力から何割増しにするだけなのよ!」


「だからこうして人目の無い所で、ランニングなんかをしてた訳か」


 俺が今日ここに来た時は、笹井の姿は見えなかった。

 なのでそのまま宿舎へと向かおうと移動したのだが、丁度向かいから走ってくる笹井と遭遇したのだ。

 どうやらこの宿舎の裏手で走り込みをしているらしい。


「そ、そーよ。魔法師も本来はある程度体を鍛えておく事が、じゅーよーだって言われてるのよ」


「体を動かすのは悪い事じゃねーからな。ま、がんばれよ」


「え、ちょ、ちょっと。もう行くの?」


 俺が立ち去ろうとすると、寂しさを隠しきれていない口調で笹井が問いかけてくる。


 むむむっ!


 清楚で大和撫子な沙織もいいが、普段は気の強い女が見せる弱気な一面ってのもいいな!


「なんだ? 何か用事でもあるのか?」


「えっ? それは、その……」


 手をモジモジとさせて、分かりやすい態度の笹井。

 これは別に、俺が笹井に惚れられてるとかそういったモンじゃなくて、単に人との接触に慣れてないだけだろう。


「あー、そうだ。お前の世界の魔法について教えてくれよ」


「え、あっ……。魔法ね、魔法! いいわ、じっくり教えてあげる!」


 仕方ないのでこちらから助け舟を出してやると、あっさりとその舟につかまってきた。

 笹井は人との接触に飢えていたのか、俺が聞いてもいない事をあれこれと話し続ける。


 俺も時折気になったことを聞いたりして、まあそれなりに有意義な時間を過ごせた。

 俺の魔法はオリジナル色が強すぎて、魔法が一般的な世界ではどういう扱いなのか、気になっていたんだよな。


 それからは、時折こうして宿舎裏で笹井と会話をすることも増えてきた。

 訓練の方は相変わらずで、体力測定から二週間近く経ったけど、未だに戦闘訓練の方には五人しか参加していない。


 ちなみにマンサク以外の他の組でも、未だに失格組の特別体力訓練は終っていないようだ。

 こないだ帰り道の途中にまんまる眼鏡がいたんだが、なんだか亡霊のようにフラフラと歩いてたぞ。あれ大丈夫なんか?



 そして、権助どんと女教官の仲はゆっくり着々と進展しつつある。

 権助どんは話を聞いた限りでは四十を超えたオッサンだったんだけど、これまで女性経験もなく、同じく処女っぽい女教官とは妙にウマが合っているようだ。


 ……なんというか、ほほえましい中学生カップルって感じなんだよな。


 他のマンサクタイプの女達も、最初こそ軽い僻みのようなものを抱いてたっぽいけど、今ではすっかり初々しい二人を見守る会を結成してる感じだ。

 こないだ一緒に街へ出かける二人を見ただとか、そういった話で盛り上がっている。



 そんな感じで二人の仲はどんどん進行しているようだが、俺の訓練の方にも進展があった。

 といっても、気門を解放出来たのではなく、魔法の訓練の方だ。

 最近よく話をするようになった笹井に、魔法の事を色々聞いたのが功を奏した。


 中でも空間魔法は、それなりの成果を得る事が出来た。

 ついにアイテムボックスっぽい魔法を構築する事に成功したのだ。

 この成果は本当にでかい!

 一度謎空間に吸い込まれた時はあせったが、あれもなんだかんだでいい知見になった。


 さて、具体的にどうやって魔法を完成させたかというと、俺はまずもう一回あの謎空間に入り込んでみる事にした。

 俺の改造された肉体は、空気も何もない宇宙空間ですら生存可能である。

 今回はそれを活かし、何もないと思われる謎空間へと自ら乗り込んだのだ。


 そこで色々な実験を行った結果、謎空間内に俺の手が入った領域を作り出す事に成功した。

 買ったばかりのハードディスクを初期化フォーマットして、パーティションで分けるみたいな感じだ。


 領域の外縁部には、俺の魔法で作った結界で内部領域を守るようにした。

 この謎空間内に敵性体がいるかは謎だけど、守りがないと不安になるからな。


 そしてこの謎空間内の領域に、現実世界からポイポイとものを投げ込んで保管する、という方式を取る事にした。

 領域内は俺が完全に把握できているし、領域内なら好きな場所に穴をあけて物を出し入れする事も可能だ。


 その辺のどこに何をしまったかについては、俺の頭脳に任せる事にしたが、一応パーティション分けの際に、領域内にいくつも部屋を用意して、入れるものの種類によって分別するようにした。


 それと、この領域内の属性というか特性を操作する事も出来たので、この領域内においては、俺以外の全ての動きを固定する事にした。

 本当は時間を止めておきたかったんだけど、時間魔法に関しては全然研究していないので、まだまだ分からない事が多い。


 ああ、そうそう。

 この何もないように見える謎空間にも時間は流れてるんだよね。

 時間の進み方は大分遅いようではあるけど。


 そんな訳で「時間停止」ではなく「空間内固定」にしたんだが、効果的には時間を止めたのとそう変わらない結果になった。

 例えば食べ物を入れたとして、領域内ではすべてが固定されているので、カビが繁殖する事もない。

 熱エネルギーも固定しているので、温度が変わる事もない。


 ただ時間だけは固定できなかったので、一応時間はゆっくりとだが経過している。

 ……多分だけど、俺以外の生き物がこん中に入ったら、ほとんどの現象が固定されているので肉体的に死ぬ事はないと思う。

 脳細胞も活動を停止しているので、しばらくここに仕舞っておいてから取り出しても、中での記憶はないハズだ。

 老化についても、肉体活動が全て固定されているので起こり様がない。



 先ほどから話に出してる固定というのは、火星人たちが魔力の事を想子と呼んでいるように、俺の中の『固定』というイメージが元になっている。

 つまりは、厳密な意味での『固定』とは食い違いもあるんだろうけど、俺のイメージした『固定』という要素はきちんと魔法で再現されていた。


 こうして収納するための空間を謎空間に設けた後は、穴を作る際に大きすぎるものは吸い込まないような設定と、一定以上の大きさの生命体を通さないようなフィルター設定を仕込めば、なんちゃってアイテムボックスの完成だ。


 他の人が真似しようにも、俺の独自性に頼りまくって強引に作り上げた魔法なので、使えるのが俺しかいないのが難点だ。

 まあいずれ、もっとちゃんとした収納魔法ってのを考えてみるのもいいかもな。


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