第39話 戦闘訓練開始


「沙織、おつかれさま」


「そんなに疲れてもいないですけどね」


 確かに、もう一人先頭集団についてきていた女性と比べれば、沙織はまだまだピンピンしていた。

 しかし、少しは息が上がっていたので、もしかしたら男子のペースだともう少し息は荒くなっていたのかもしれない。


「いやあ、大したもんだよ。ところで、俺が最初みた時はもう一人先頭集団にいたと思うんだけど」


「……笹井さんですね。無理をしていたんでしょう。彼女は二周目の途中から失速していきましたよ」


 む?

 魔法による身体強化をかけてもそんなもんか。

 というか、気による強化も魔法による強化も、ある程度は地の能力が必要って事なのかな。


「って事は今向こうに見える二番目の集団に…………いないっぽいな」


「ええ。彼女最後は途轍もなく息が乱れてましたから、下手すると失格組になるかもしれません」


「無理して先頭集団についてかなきゃよかったのに」


「私もそう思うのですけどね」


「まあ、笹井の性格からするとこうなったのも…………む?」


「どうしましたか?」


「いや……なんでもない。気のせいだった」


 今遠くで魔法が発動したな。

 この魔力の感じと位置から推定するに、恐らく笹井の魔法だろう。

 魔力のパターンはどうも人それぞれ異なるようなので、注意して感じ取れば個人を特定する事も出来る。


 まあ、本当に微細な違いなので、俺も判別は脳内スパコンに任せている。

 元々が普通の人間だったもんで、どうも強化された頭脳での処理に関しては別物のツールみたいな感じがしちゃうんだよな。

 でも人工衛星の軌道計算なんかを頼んでも、瞬時に結果を出してくれたりするので、非常に便利ではある。




「おっ、あれか」


 見ると最後の直線の大分奥の方に、笹井らしき姿を確認出来た。

 先ほどまでその場で立ち止まっていた笹井は、肩で息をしている状態で明らかに疲労困憊といった様子だ。


 しかし少しずつその様子が変わっていく。

 未だ辛そうではあるのだが、少し呼吸が楽になっている。

 あれがさっき使った魔法の効果か?

 傷の治療だけじゃなくて、疲労まで魔法で回復できるのか。

 でもまだ疲れが見て取れるので、劇的な効果はなさそうだ。


 そのまま観察していると、笹井は更にもう一度魔法を使用した。

 ただし2回目に使ったのは、身体強化の魔法のようだ。

 その魔法の効果が表れると、未だ辛そうな状態のまま最後の直線をひた走る。


 その追い上げはなかなかのもので、滴り落ちる汗もなんのそのといった笹井は、なかなかの気迫を感じさせるものだった。


「笹井さん……、どうにか二番目の集団に追いつきそうですね」


「そうだな。すんげー顔になっちゃってるけど」


「もう……。あのようになるのなら、最初から二番目の集団で走れば良かったのに」


「それは沙織から笹井には言わないほうがいいだろうな」


「そう……なのですか?」


 どうも沙織はピンと来ていないみたいだな。

 笹井があれだけ頑張ってたのも、周りの奴らを見返すためなんだろう。

 そしてその中には沙織も含まれているハズだ。


 笹井も最初は魔法を使えば付いていけると思ったんだろうな。

 ゴール直後に精魂が尽き果てた笹井を見てると、隣の沙織も同じように彼女に視線を送っていた。





「ではこれで体力測定は終了だ!」


 男子、女子共に体力測定が終わった。

 三番目の集団にも付いていけなかった者達は、別途兵士に連れられて体力訓練コースを受けさせられるようだ。


 残った者達は魔甲機装のタイプ別に分かれ、それぞれの武器を使用した戦闘訓練を行う事になった。


「それではまた……」


 沙織ともタイプが違うのでここで一旦お別れだ。


「よーし、揃ったね? では今日からしばらくの間、私がマンサクタイプの武器を使った戦闘を指導するよ!」


 マンサクタイプの教官は女の人で、さきほど女子の体力測定の時に走っていた人だ。

 女性ながら身長が180cm近くもあり、体つきも腹筋が割れてそうなほどにムキムキとしている。


「マンサクタイプの武器は変わっていてね。農民の使う道具にも似てるんだが、これでも十分敵を倒すことは可能だ」


 いや、それ本来の用途は農業なんだけど……。


「魔族の奴らを畑だと思って耕してやればいいのさ。さて、最初はとやかく言うよりも、実際に使ってみた方が早い。そこのお前! 武器を持って前へ出ろ!」


「わかっただ」


 教官に指名された権助どんが、言われた通りにする。

 マンサクタイプは全部で八人いるのだが、ここには現在五人しかいない。

 残り三人は体力測定で落ちてしまったのだ。

 男は俺と権助どんだけで、残りの三人は全員女となる。



「それじゃ、好きにかかってきな!」


「むむ、けど、おらおなご相手に武器で殴りにいくなんて出来ないだ」


「なっ……。わ、私を女だと……お前は言うのか!?」


「はぁ……。どっからみてもかわいいおなごにしか見えねえだ」


「そ、そうか……。だ、だが余計な心配はいらん! これでも私はハズレだと揶揄されるマンサクタイプの中でも、戦で戦果を幾つも上げて来たのだ」


「う、ううう、おらどうしたら……」



 なんか唐突に恋愛イベントみたいなのが始まったが、そもそも権助どん。

 着装をしての対戦では、誰が相手でも普通に攻撃してたよな?

 それともやっぱ、生身の体で戦うってのは別なのかな。


 ちなみに、確かに女教官は見た目はムキムキで男顔負けといった感じだが、顔は意外と可愛い系の顔立ちをしている。

 まあ、筋トレのせいか少しごつくはなってるけどな。

 純朴そうな田舎のオッサンといった風情の権助どんとは、それなりにお似合いかもしれない。


 結局権助どんは、その後女教官に諭されて攻撃を仕掛けにいったのだが、彼女が言う通り、権助どんはあっさりと返り討ちにされていた。

 しかもその時、うっかり足を滑らせた権助どんが、女教官相手にラッキースケベを発動してしまっている。


「キャァアァッ!」


 普段の指示を出す声とはまるっきり別人のような声を出した女教官。

 反射的に権助どんを素手で叩き落とすと、権助どんは綺麗に意識を手放した。


「あっ、わああぁぁぁ!? お前、大丈夫か!」


 地面に倒れている権助どんを、ゆすって起こそうとしている女教官。

 しかし権助どんはすぐに目を覚ます事はなかった。

 そこで女教官は仕方ないといった様子で、権助どんを少し離れた所に寝かせた。

 そして、次の相手へと声を掛ける。


 その次の相手も、その次の相手も、女教官に向かい合ってから数分と持たずに降参していく。


「次はお前だな」


 そしてとうとう俺の番が回ってきた。

 これまでの女教官を見ている限り、彼女は気功を使わずに素の状態で戦っていた。

 ……まあ相手が弱すぎて本気を出していないのかもしれないけど。


「もう仕掛けてもいいのか?」


「ああ、いつでも構わん!」


 すでに彼女に"鑑定"は使用済みで、大まかな身体能力のデータはすでに俺の頭の中にある。

 ここから更に気功を使ってくるとなると、話はまた少し変わってしまうのだが、とりあえず様子見する感じで俺は攻撃を仕掛けにいく。


「むっ!?」


 摸擬戦が始まって少しすると、女教官の顔色がすぐに変わってきた。

 どうやらこれまでの相手とは違うと感じたんだろう。


 俺はまずこの鍬を使った戦闘方法を模索する為に、とりあえず適当に思いついた動きを一通り試していく。

 そしてそれに対する教官の動きを見て、急速に剣術ならぬ鍬術とでも言うようなものを会得していく。


「……お前はもういい。というか、動きが素人のものではないが、何か武術でもやってたのか?」


「フッ……。我が家では代々、一子相伝の極大流カラテというものが継承されていてな」


「なんとっ! ニホンにそうした武術が存在するとは知らなかった!」


「それも当然だ。何せ一子相伝の秘術なのだ。その技術は本来門外不出である」


「おお!」


 なんか適当な事を言ったら、妙にウケがいいな。

 これ以上変な事にならんように、俺はさっさと挨拶をして、女教官から離れる事にした。



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