第38話 気


 俺が気になったのは、教官の体内を移動する魔力の流れだ。

 魔力が微量に減り続けているという事は、どこかしらでその魔力が消費されているハズである。


 俺は注意深く教官を観察した。

 その結果、体内を流れる魔力は、胸の中央部で減少している事が判明した。


 そこでその部位に集中して"鑑定"を掛けてみると、何らかのエネルギーのようなものが発せられている事に俺は気づく。


 これまで魔力や超能力やスキルなどを"鑑定"で調べてきたので、未知の力について観測する事にも慣れてきたというか、見分けがつくようになっているみたいだ。


 その力は一度それと認識出来れば、後は魔力と同じようにその流れを感知する事が出来た。

 その謎の力は、魔力と同じように全身を巡ってはいるのだが、決して魔力と交わったりはしていない。

 

 唯一の例外が胸の中央部であり、魔力を消費して生み出されたその力は、全身を巡っている。

 それはさながら心臓が血液を全身に送り出すかのようだ。


 しかしその謎の力は、胸の中央部を通じて逆に魔力に再変換される事はない。

 そういった仕組みなのか、或いは出来ない事はないが、身体能力強化中には不可能であるのか。


 俺はこの謎の力の事を気、或いは気功と呼ぶことにした。

 まあ漫画やアニメの影響で、今ではすっかりお馴染みな概念だよな。


 身体強化できるという特性と、全身を巡る魔力とは別のエネルギーという点。

 そして、胸の中央部……三か所あるという丹田の内、中丹田からエネルギーが発生しているという点。

 ちなみに臍の下あたりにある下丹田部分には、中丹田で発生したエネルギーが蓄積されている。


 これらの事を考慮した結果、俺の頭には真っ先に気という言葉が浮かんできたのだ。


 今にして思うと、ストレイダー卿のあの身体能力も、この気の力によるものかもしれんな。

 あの時も俺は魔法の発動を感知する事が出来なかった。

 これは後で要検証だな……。






 って、しまった!


 いつの間にかゴールはすぐそこだ。

 俺は思い出したかのように荒い息を吐き、ゴールに着くなり両ひざに手を当てて、ゼイゼイと苦しそうに息をする……真似をする。


「はぁっ……はぁぁ…………、お前、は……」


 そんな俺を見て、息を乱した火神が何か言いたそうにしている。

 だが火神が二言目を口にする前に、近寄ってきた沙織から言葉をかけられる。


「大地さん、お疲れ様でした」


「うん、ありがと」


 生憎と運動部のマネージャーのように、汗拭き用のタオルも持っていなかったので、沙織から受け取ったのは労いの言葉だけだ。

 それでも何もないよりは断然いい。


「大地さん、凄いんですね。火神さんでもあの有様なのに、大分余裕そうに見えます」


「はは、沙織の前だから強がってるだけだよ」


 そんな言葉を掛ける俺だが、未だに沙織との仲は進展していない。

 別に俺はウブって訳でもない筈なんだけど、どうも沙織との仲が進展しそうになると、妙な感じがするんだよね。

 ううん、一体なんなんだろ……? 





 それからしばらくは沙織と二人で会話をしながら、他の奴らが帰ってくるのを見守る。

 最初張り切りすぎてやばそうだったジャージ男も、どうにか二番手の集団に残れたようだ。


 意外と、根本も健闘してこのグループにギリギリ入っていた。


「い、いやあ……きついです……ねえ……」


 奴はゴールすると、俺たちの方まで近寄ってきてそんな事を宣ったので、軽く蹴飛ばしてやる。


「ちょ、何を……するん、ですか……」


「ハァハァ言っている男に言い寄られる俺の身にもなってみろ」


「大地さん。今のは少しだけ根本さんが可哀そうなのではないですか?」


「いいや、そんな事はないよ。これが男同士のコミュニケーションの取り方ってもんよ」


「そういうものなのでしょうか……?」


「……『少しだけ』、なんですね……」


 荒い息を隠れるようにして小さく呟く根本。

 だが誰もその言葉に反応する者はいなかった。




 最後にむさくるしい思いをしたが、男子の体力測定はこれで終了した。

 他の面子はというと、権助どんはギリギリ三番手グループに、チャラ男が二番手グループだった。


 最初から本人達にも結果は読めていたようだけど、まんまる眼鏡を含む失格組みの顔色はよろしくない。

 今の体力測定でヘトヘトなのもあるだろうけど、この先の体力訓練の事に思いを馳せているのだろう。


 ごしゅーしょーさまー。




 さて、男子の測定が終わると次は女子だ。

 今度はスタート地点で待機していた二名の教官と、先ほど俺の前を気功で強化して走っていた教官が続投するらしい。


 あれだけの速さであの距離を走っておきながら、教官はほとんど息を乱していない。

 あの力は俺も是非とも習得したい所だな。


「ではこれより女子の測定を開始する! 無理をせず、自分のついていけるペースの教官に続くといい」


 気功教官が改めて注意をしている中、俺は魔法の発動を感知した。

 やはり、ちゃんと魔法が発動されたなら察知は出来るな。

 気は気で別扱いか。


 で、その魔法の発動源なんだが、言わずとしれた笹井からだった。

 周囲の教官たちは気づいていないようだが、俺には丸分かりだ。

 笹井の体内の魔力を"鑑定"で調べれば、それが身体強化系の魔法である事もすぐに分かった。


 はー、やっぱ魔法でも身体強化は出来るんだな。

 気による強化との違いは、最初に使用すれば気のように常時魔力が減っていく事がない点。


 それもうひとつ。

 気と魔法という別種の力のせいか、或いは力量差のせいなのか。

 強化具合は気功教官の方が圧倒的に上だ。


 恐らく気功教官が素の状態でさっきのコースを走ったら、疲労具合は火神と同程度だったんじゃなかろうか。

 それでもあの火神と同程度の基礎体力を持っている辺り、肉体が武器といった世界の騎士だけはある。




 さて体力測定の方は既にスタートしており、俺達男衆が待機している場所からは、先頭集団に沙織と笹井、それとあともう一人の女が付いていっているのが見える。

 先頭の教官はさっきと同じ、気功教官だ。


「ほわああああ、流石に一色さんは早いですね」


「間違いなくお前より早いだろうな」


「そ、それは仕方ないですよ……」


 あの時の沙織のデモ以来、余りその事を意識する機会はなかったのだが、やはりこうした生身での訓練だと身体能力が目立つな。


 っと、それどころじゃなかった。

 根本が引き続きなにやら話しかけてきてるが、全無視だ。

 それより俺は気について理解を深めねばならん。


 幸いにも、常時発動してる状態の気功教官をモニターしていたので、それを真似てみれば俺も同じような事が出来るはずだ。……理論的には。


 ええと、胸の中央の丹田に意識を集中する。

 そして体内の魔力を、変換器官と思しき場所にゆっくりと移動させていく。

 体内を巡る魔力というのは、血管と同じように経路が決まっているようで、そこを外れるように動かすというのはなかなかコツがいるようだ。


 多分、一度自転車に乗れるようになれば後は簡単に使いこなせられるように、気に関しても最初の一歩。とっかかり部分が大事そうだな。



 ふと気づくと、俺がウンウン唸って返事をしてこないせいか、根本は他の男に話しかけていた。

 アイツ、ああして結構マメに他の奴ともコミュニケーションを取ってるんだよな。

 まあその方が俺も集中できるからヨシ。

 だが余りに集中していたせいか、周りの反応に気づくのが遅れてしまった。


「――さん。大地さん! ほら、もう一色さんがゴール間近ですよ!」


 根本の声に俺は最後の直線部分に視線を移す。

 すると、気功教官を先頭に、その後ろを沙織ともう一人の女が付いて走っているのが見えた。


 ここから軽く見ただけでも分かるが、沙織は息をほとんど乱さずにあの教官の後を付いて行っていた。

 男子の時よりはペースを下げてるんだろうが、沙織なら男子ペースでも同じように走れるんじゃないかな。



「大地さん!」



 俺は、まったく疲れた様子も見せずに駆け寄ってきた沙織に、軽く手を上げながら出迎えるのだった。



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