第37話 体力測定
教官に付いて移動した先は、いつも俺達が宿舎へ帰るときに利用している、石畳の道の端だった。
訓練場は土の地面丸出しなのだが、幾つかの主要な道にはしっかり石畳が敷かれている。
とはいえ、訓練場の四方の道が全て石畳なのではなく、今いる道と、反対側の辺の道だけが石畳で、その間を繋ぐ道は地面むき出しだ。
「ではこれより体力測定を行う。といっても、時間を計るとかまどろっこしい事はせん。これから俺達教官がこの訓練場の周りを二周走る。お前たちは、俺達の後について走ればいい」
すでにこの時点で走るのが苦手な奴が、嫌そうな顔を浮かべている。
きっと、体育の時間や部活なんかで長距離走らせれた記憶でも甦っているんだろう。
「なお、俺達教官は三人が一緒に走るが、それぞれ速さを調整して走る。お前たちは自分の体力と相談して、一番無理なく付いていけそうな教官の後を付いて走るように! それと……」
その後も教官の説明は続いた。
内容は主に体力測定の結果による、今後の訓練方針の説明だ。
その説明によると、一番先頭を走る教官に付いていけた者は、体力には問題ないと判断され、以降の体力トレーニングは免除される。
ただし、自主練を忘れずに現在の体力を維持する事が求められる。
二番目の教官に付いていけた者は、若干体力に難があるが、一定の基準は満たしていると見做され、基礎的な体力トレーニングを受けるだけで済む。
その他の訓練に関しては縛りはない。
三番目の教官に付いていけた者は、一定の基準すら満たしていないので、基準に達するまでは、魔甲機装の着装禁止を言い渡された。
その間は体力トレーニングに励みつつ、模造武器を使用した戦闘訓練も併用して行われる。
最後に、三番目の教官にすら付いていけなかった者は、魔甲機装の着装禁止の他に、戦闘訓練も一切行われず、ただひたすら体力を強化する事に専念させるそうだ。
教官が詳しく説明していく度に、顔色の悪くなっていく奴が一定数いるな。
教官もその様子に気づいているようで、フォローの言葉を入れていた。
「お前たちは魔甲騎士であるので、一般の騎士や兵士のような体力を求めてはいない! なので、基準は緩めに設定してある!」
ただそのフォローの言葉は、メタボな連中には届いていないようだ。
体力測定は男女別に行われ、訓練場の周りを二周してゴールとなる。
この世界ではストレイダー卿のような、人並外れた身体能力の持ち主がいるようなので、女といえど必ずしも体力が劣っている訳ではない。
しかし一般には地球の人間と同じく、男の方が身体能力に優れているのは同じだ。
なので、男女では教官の走る速度もちゃんと調整するそうだ。
「それでは体力測定を始める。まずは男の方から先に行うので、そこに並ぶように」
教官の指示に従い、所定の場所に移動する途中、沙織に声を掛けられる。
「あの、頑張ってください」
「ま、やれる範囲でやるさ」
俺はなんてことないという風に沙織に答える。
ちなみに根本は沙織に声を掛けられていない。
ザマーミロ。
「では……スタート!」
その合図と共に、一斉にむさくるしい男どもが走り始める。
マラソンとかでは最初はそれほど選手間の差が出ず、徐々に幾つかの集団に分かれていくイメージがあったのだが、この体力測定では違うようだ。
「フンッ、行くぞ」
先頭を走る教官のペースが妙に早いのだ。
その余りの早いペースに、付いて行けているのは俺と火神。それからジャージ男のみだ。
すでに他の連中は、先頭教官の後に付いていくのを諦めていた。
早いペースであるとはいえ、恐らくはマラソン選手よりは少し遅い程度のスピードだ。
その判断もまあ仕方ないだろう。
「……流石に余裕そうだな?」
二つ目の角を曲がった辺りで、少し息が乱れてきた火神が話しかけてきた。
ここまで先頭組の三人は、脱落する事なく教官の後を付いていけている。
「いやあ、付いてくのもやっとなくらいだけど」
「そうは見えんがな」
そこまで言って火神は会話を打ち切った。
別に注意された訳でもないが、近くで教官が走っている事を気にしたんだろうか。
それからジャージ男が少しきつそうにしながらも、どうにか誰も脱落する事なく折り返しのスタート地点まで戻ってくる。
沙織は声こそ掛けてこなかったものの、手を振って応援してくれていた。
俺もそんな沙織に手を振り返す。
二周目の最初の角を曲がると、何人かこちらに向かって歩いてきてる奴がいた。
あれは……一周目で既に脱落判定された奴らか。
三、四……五人もいるな。
全員息も絶え絶えといった感じで、チンタラと歩いてスタート地点へと向かっている。
「ぐっ! クゥッ、ハアァッ、ハァァァッ……」
なんか少し後ろを付いてきてる、ジャージ男の呼吸音がやばそうな感じになってきてるな。
キツいならペースを下げればいいのに、このままだと先にダウンしちゃうんじゃないか?
「おい、お前! ここで無理をする必要はないぞ。ここまで来れたなら、一つ後ろの集団なら完走できるだろう」
教官もただ走ってるだけのように見えて、ちゃんと俺達にも注意を払っていたみたいだ。
「ハアァァッ……ハアァァッ…………」
返事をする余裕もない様子のジャージ男だったが、教官の声は届いていたようで、徐々にペースを落としていく。
振り返ってみると、悔しさと疲労で顔面が崩れていて、かなり酷い有様になっていた。
二周目の二回目の角を曲がる頃には、然しもの火神も呼吸が荒くなってきており、俺はそれを参考に自分の呼吸をそれらしく調整する。
にしても驚きなのは教官で、火神がこれだけ息が荒くなって走っているというのに、まったく息を乱さず走り続けている。
この教官もストレイダー卿のような、なんかこの世界特有の特殊な身体能力を持っているのか?
少し気になった俺は、先頭を走る教官を"鑑定"してみる事にした。
人間に対して使用する"鑑定"も、何度も使用してきたので大分使い慣れた感が出て来た。
今では、基本的なデータのテンプレートみたいなのが出来上がっているので、身長や体重などから始まる基本データは、すぐに把握できるようになっている。
そのテンプレには、細かく分類した身体能力についての項目もあり、それを見る限り教官の状態は明らかにおかしい。
持久力などの結果を見る限り、あんな涼しい顔して走っていられる訳がないのだ。
そこで俺はより詳細に、教官についてを調べていく。
常に"鑑定"スキルを使用し、教官をモニターしていると、一つ気づいたことがあった。
……なんか魔力が少しずつ減っている?
という事は、あのスタミナお化けの理由は、魔法を使っているからなのか?
しかし一見して魔法が発動しているようには見えない。
魔法だとしたら体内で発動している可能性が高いから、もしかしたら俺が感知できていないだけかもしれないが……。
そんな事を考えている内に、いつの間にか三つ目の角までたどり着いていた。
あと残りゴールまでの直線の間に、この秘密を解き明かしたいものだが……。
そうしてリアルタイム"鑑定"をしながら走り続け、ゴールで待つ女達の姿が見えてきた頃、ようやく教官の異様な体力について、とっかかりを見つける事に成功した。
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