第36話 身分証
「今日は訓練を始める前に、お前らに渡すものとそれについての話がある!」
いつものように、日本人たちはおおよそ同じところに並び、前に出た教官の話を聞いている。
「お前らに渡すものとはこれだ!」
そう言って教官は手に持った何かを上に翳すのだが、ここからだと距離があって他の人は良く見えていないようだ。
俺の視力なら問題なく見えるのだが、教官が手に持っていたのはカード状のもので、表面にはこの国の文字が刻まれている。
えーと、何々。
みぶん、しょう……、身分証か。
隣の職種の欄には魔甲騎士と書かれている。
ただ名前の欄を見る限り日本人名ではなかったので、あれは教官の身分証になるのかな?
身分証とはその名の通り、この国では運転免許証のような働きをするものだ。
職業欄の魔甲騎士というのは、名前に騎士と付くように、通常の騎士と同程度の発言権があり一般兵への命令権をも有している特殊な騎士だ。
この辺の知識は、こっそり市民街に遊びに行ってる時に色々知った情報のひとつだ。
「これがお前たちの『身分証』となる! これまで客分であった前らは、今日からは我が国の国民へと正式に登録された!」
これまでこの国の魔甲騎士とは直にそうした話をしたことがなかったので、これまでの俺達の扱いが正規の奴らとどう違っていたのかは分からない。
けど、これからは訓練も厳しくなるんかねえ。
周囲の反応を見るとこれまた様々でだ。
大まかには不安に思ってる奴と、判断に困っている奴。認められたと喜んでる奴の三つのタイプに分かれている。
俺はといえば、割かしどーでもいいと思っている感じだな。
「この身分証を呈示すれば、これまで行き来を禁止していた、市民街に出入りする事も許可される。ただし、外門を出て街の外に勝手に出ることは認められない。これはお前達だけではなく、魔甲騎士や一般の騎士なども皆同じだ」
まあ国防の要となる魔甲騎士が、勝手にふらついて所在が掴めないではお話にならんだろうからな。
ちゃんと許可を受けていたり、何らかの命令によって外に出ることは問題ないようだし、そんな気にすることでもないな。
「この身分証は失くしても再発行はされるが、出来るだけ紛失しないよう気を付けるように! また我が国では一般市民であっても、身分証というものは発行されている。それを――」
身分証に関する教官の説明は続く。
まとめると、他人の身分証を奪う行為は重罪である事。
身分証を拾ったら、兵士に届け出る事。
などといった説明がしばし続く。
「ではこれより身分証を配布する。ケーイチ・ネモト!」
「は、はいぃ!」
お、最初に呼ばれたのは根本の奴か。
別に呼ばれる順に法則性はなく、単に束ねられた身分証の一番上が根本だったんだろう。
「次はソラ・ダイチ!」
とか思ってたら、次は俺かよ。
教官の元まで出ていって身分証をもらう。
ところで、この国の奴らは名前を先に呼ぶのだが、それだとどうも俺の名前って収まりが悪いんだよな。
ソラ・ダイチより、ダイチ・ソラのがよくね?
まあ俺だけの印象かもしんないけどさ。
次々と名前を呼ばれて身分証を受け取っていく日本人。
書かれている文字はこの国の文字なので、読める奴は少ない。
少ない、というのは俺が読めるから……というだけではなかったりする。
一部の意識高い系というか意欲的な奴らは、この国の言葉についても勉強している。
火神や沙織もそうした中の一人で、他には意外とチャラ男なんかも言葉を習っていた。
まあ奴が習ってるのは会話だけなので、女をナンパするためだけに学んでいるんだろう。
沙織と火神は武術だけでなく、勉学についても優秀なようで、すでに簡単な日常会話程度なら話せるようになっている。
まあ、沙織には俺が個人ティーチャーをしてたってのもでかいかもしれんな!
ちなみに教える時は勿論、根本はシャットアウトしていたぞ。
しかし、こうして行動の幅が広がってくると、今までは様子見だった奴らも、本格的に言語の勉強を始める奴が出てくるかもしれない。
「これで身分証の配布と説明については完了したが、あともう一つお前たちに伝える事がある」
ん、なんだろ?
「本日よりお前達は正式に我が国の民となり、そして正規の魔甲騎士となったからには、国より俸禄が与えられる事になる」
ほーう、俸禄ねえ。
あ、別に今のはギャグとかではないよ。
「これまで通り宿舎では食事も出るし、住居費などが取られることはない。それらは俸禄の一部から引かれる事になっている。納税に関しても、俸禄から引かれる事になっているので、気にしなくとも良い」
元々の魔甲騎士の給料がどんだけかは知らないけど、普通に暮らしてればそれなりに暮らせそうな感じだな。
最も敵が攻めてきたら戦わないといけないんで、そう悠長な事も言ってられんだろうけど。
「他に何か生活に関する事で分からない事があれば、いつものように宿舎にいる者に尋ねるように! それと、今日からは訓練の方法も変更となる。タイプ別に教官がつくので、彼らについていくように!」
そう言って教官は所定の位置に去っていく。
教官はいつもその見晴らしのいい場所で、俺達の訓練の様子を見守っている。
そして何か問題が発生すると、駆け付けにいくのだ。
「よし。ではお前らついてこい!」
教官の数はタイプ別に一人ずつ。計五人いるようだが、その中の一人がそう言うと訓練場の隅にある建物へと歩き始める。
他の教官も一緒に移動しているので、俺達もその後を続いて建物へと移動する。
生活するためのものではなく、倉庫として利用されているその建物には横開きの大きな扉があった。
簡単な鍵が掛けれているその大扉を、手にしていた鍵で教官が開けると、扉を押し開いた。
扉が開かれた事で、太陽光を浴びた部屋の内部には、武器らしきものがズラーっと並んでいるのが見えるようになった。
ただその半数以上は木製の模造武器のようだ。
「まずはお前たちに、タイプに応じた訓練用の木製武器を渡す。これは宿舎へと持ち帰ってもいいので、大いに自主訓練に励んでくれ」
そう説明を受けると、まずはタイプごとにグループに分かれ、それから教官が自分の担当の相手に武器を手渡していく。
それが一通り終わると、最初にこちらに案内してきた教官が再び口を開く。
「今全員に武器を渡したが、今後は生身での武器の訓練も行う。武器の扱いもまともに出来ん状態で対戦など行えば、魔甲機装が破損する事もありえるからだ」
武装テストから今日までの間、武器を振り回して、基本的な扱いを練習するという事は行われていたが、技術に関しては指導が入っていなかった。
着装時と生身の時とでは色々と違いが……特に俺のような低スペック機装だと問題も出てくるが、沙織や火神を見れば分かるように、生身状態での技術というのは、着装時にも活きてくる。
なのでスペースも取らず、集団に教えられる生身での技術指導は悪くなさそうだ。
「だがその前に! 基本的な体力は身に着けてもらう。我ら魔甲騎士は、実際に着装戦闘時に体力を消耗したりはしないのだが、それでも騎士として、軍人として、最低限の域に達するまでは、体力トレーニングを主とする」
教官のこの言葉に、何人もの日本人が顰め面をしている。
度を越した肥満体系の奴は一人もいないのだが、メタボな奴はちらほら見受けられる。
そういった奴らは、例外なくしかめっ面を浮かべてる方だ。
「ではまずは、現在のお前らの体力を測定する。武器を持ったまま移動しろ」
この世の終わりみたいな顔をしてる奴もいるが、実は前々から折に触れて言われていた事ではあった。
もっとも今の状況のように強制的にやらされでもしない限りは、「常日頃運動はしておくように」と言われても、実行に移さない奴の方が多い。
まあ、今メタボな体型してる奴も、これからの体力トレーニングと、日本にいた時と比べて質素な食事を続けていけば、メタボもその内解消されるんじゃなかろうか。
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