第35話 魔法の練習
まずはいつも通り着装っと。
そんでもって次が武装ね。はいはい。
「武装」
視界の下の方では、何故か突然気を失って倒れた根本を回収して運ぶ兵士の姿がチラと映る。
そんな些細な事は気にも留めず、俺が武装と言った瞬間、魔甲玉が反応して魔力が吸われる感覚と共に、魔甲機装の右手部分が緑色に光りだす。
そして俺の手から生み出されていったのは、やはり外装と同じようなほぼ黒に近いような濃い緑色の柄をした鍬だ。
鍬の金具の部分なんか、ほとんど真っ黒だぞこれ。
多分、俺も意識すれば笹井のような特殊武器の発動も出来ると思う。
てか、特殊能力自体は使えたし、その時の感覚からしたら間違いなくいける。
でもそんな風にマンサクで特殊武器を発動させても、どうせ土が良く耕せるだとか、耕した箇所の種が異様に早く成長するだとか、そういった効果になるんだろう。
それなら余計な事をする必要はないな。
とりあえず発現した武器、っつか農具だけど。
それを適当に振り回した後は、脱装して次の番の人に回した。
残りはあと数人しか残っていなかったが、結局このテストで特異な結果を出したのは、特殊武器を発現した笹井だけだった。
調子に乗った笹井は、いつもは無視されてる女たちの方に自分から向かっていって、ガキっぽく自慢している。
まあ実際に高校生らしいから、見た目相応と言えるのかもしれんが、それにしても少し言動が幼い気はするな。
なんか男子小学生みたいな反応に見えるわ。
武装テストが終わると、それからは各々の武器の練習を行う事になった。
しかし剣や槍なんかはまだ分かるんだけど、鍬ってのは元々の用途が違うからなあ。
それでも各自、最初の頃のように一人ずつバラバラに散って、着装状態で己の武器を振り回す。
その中でもひときわ異彩を放つのが、日本刀を振り回す火神のオツァーガガムシャーだ。
他のガムシャーの奴らの剣捌きとは雲泥の差がある。
あいつ、日本刀とか使い慣れてたのか?
そういえば沙織の槍裁きもなかなか様になっているように見える。
武術をやってる奴はやっぱなんか違うのかもしれない。
そんなこんなでその日の訓練は終わり、宿舎へと帰る時間になる。
いつものように、兵士に付き添われて宿舎へと向かってるのだが、今日は兵士がいつもより少ないな。
俺達がここでのんびり訓練してる間に、街の外で何かあったのかな?
なんて思ってたんだが、それから日を追うごとに付き添いの数は減っていき、ついには先日、
「お前達の行き帰りの付き添いは今日までだ。明日からは自分たちで訓練場まで移動しておけ」
と言われてしまった。
本当にどうしたんだろうと思い、訓練が終わった後こっそり貴族街を出て、市民街の方まで顔を出してみたのだが、特にいつもと変わりがない。
どうして違いが分かるのかというと、ちょこちょこと市民街や街の外の様子を見に行ってたからだったりする。
いや、だってこんな所に突然飛ばされたんだし、綺麗なねーちゃんの一人でもいないと潤いが足りないと思わんかね。
ただちょっと残念なのは、この街に暮らしている亜人の少なさだ。
この世界にはエルフやらドワーフなんかもいるようだけど、少なくともこの街では余り見かける事がない。
ちなみに魔法や超能力を駆使しているので、俺が自由行動時間中に本当に自由に行動してる事は、まだ気づかれてはいない。
多分、同胞だけでなく周りの兵士達にも。
それにしても、特に街の人々の顔が暗いという事はないし、軽く情報を探っても、魔族が襲ってきたという話は聞かない。
一体ここ最近の兵士の態度はなんなんだろうなーと思いつつ、宿舎まで戻ってくると、宿舎の裏手側の塀の傍。
俺がこっそり脱出するときによく使う辺りで、笹井が魔法の練習をしている現場に遭遇してしまった。
前はもっと宿舎の横手側でこっそり練習してたのに、今日に限って何でここなんだ! と思いつつ俺はどうしたもんかと笹井の出方を窺う。
「アンタ……、もしかして外に出かけてたの?」
「そーだよ」
「そーだよって、なんでわざわざこんな所から出入りしてんのよ」
笹井はパラりと落ちた前髪を、手で除けながら言う。
当初はもっと全体的に明るい茶色の髪色をしていた笹井だが、時間が経って大分髪の色が元に戻ってきている。
と言っても、元々髪色は黒ではなく、少し濃いめのブラウンだったようで、そう大きく変化した印象はない。
「フッ、こういう所から出入りした方が、校則を破って外に遊びに行ってるようで、スリルあるだろ?」
「アンタ、バッカじゃないの?」
笹井がどこかで聞いたような罵倒のセリフを言ってくるが、小娘がキャンキャン騒いだとて可愛いもんよ。
「そういうお前はこんな所でこっそり魔法の練習か?」
「……っ。そんな事、アンタにはかんけーないでしょ!」
「そりゃあそうだな。じゃ、俺はこれで……」
こんな所から出入りしていた理由を上手く誤魔化した俺は、そう言って宿舎へ戻ろうとする。
「えっ……あっ」
「余計なお世話かもしれんが、もう少し人との接し方を考えた方がいいぞー」
「……ッ!? ほ、本当に、余計なお世話よ!!」
「うわっちょお」
なんか俺がさっさと立ち去ろうとしたら、妙に寂し気な視線を送ってきたように見えたんで、ついおせっかいな事を言ってしまった。
笹井は、生意気であまのじゃくな性格なのかもしれないけど、根は悪い奴ではないと思う。
周りの日本人たちも、もっと心に余裕を持てる環境だったら、笹井の事を気に掛ける奴もいたんだろうが……。
大分この世界に馴染んできた奴もいるけど、現代日本と比べるとまだまだ不便な生活に、イライラが募ってる奴もいるんだよね。
「っと、俺も部屋に戻って魔法の練習でもするか」
実は俺も、一人魔法の練習をする笹井に刺激を受けて、訓練後の夜とかにこっそり魔法の練習をしている。
この世界に来てからはや数か月。
毎日ではないけど、練習を続けてきた甲斐があって、大分魔法に関しての理解も広まった。
広まった結果、俺に魔法を使えるようにしてくれたクマブタの言ってた事を、本当の意味で理解出来た。
時間と空間を操作する魔法が難しいというアレだ。
しかし、俺はただの魔法使いではなく、火星人に改造された魔法使いだ。
時間魔法に関しては未だに手をつけれてはいないが、空間魔法に関しては、大分進展が見られた。
というのも、俺の脳内には火星人のインストールした、ウィキペディアみたいな情報の塊が詰まっている。
それに「空間」とか「転移」だとかで検索をかけると、山ほど情報を引き出すことが出来たのだ。
それらの多くは、魔法で空間を操作する際には直接関係ないものが多かったが、魔法でイメージを膨らます際の参考にはなる。
魔法は魔力を元に発動されるが、火星人たちが魔力の事を「想子」と名付けたように、魔法を使うにはイメージが重要だ。
俺は差し当たって転移ではなく、空間収納、いわゆるアイテムボックスを再現出来ないかと、試行錯誤を重ねている。
転移も出来れば便利だが、アイテムボックスの方が利便性が高いし、転移はもしかしたら超能力でも出来るかもしれないからな。
けど進展があったからといって、まだ実用的な段階ではない。
今のところ、俺が今いる空間と別の空間を繋げる所までは上手くいった……という所だ。。
……いや、最初こそ、繋げた空間に俺ごと吸い込まれてしまい、死を覚悟した事もあった。
そん時に、宇宙空間に投げ出されてもすぐに死ぬことはない、という火星人の言葉を身をもって体験したぜ、チクショー。
空気など何もない、四方に唯々闇が広がるだけの空間ってのはおっとろしいもんだったわ。
唯一、この世界と繋がる小さな穴だけは開いていたから、どうにかして必死にその穴を通って元に戻ってこれたんだけどな。
んで、その時思ったんだけど、穴自体は小さく見えたのに、俺のような大きさでもすんなり出入り出来てしまったんだよ。
このように、何でもどんな大きさでも入るのだとしたら、とんでもない事になりそうだ。
アイテムボックスの魔法を構築する際には、中に入れられるものの大きさに制限を加えておいた方が良さそうだという事を、俺は学んだ。
それから数日後。
結局、付き添いの兵士がなくなった理由は分からないままでいたが、今日の訓練開始時の教官の話で、その謎が解ける事となった。
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