閑話 火神剛三
俺は火神家財閥の跡取りとして、幼き頃より武術と学問を学ばされてきた。
それは一般的な家庭の子供からみたら、まるで地獄のような日々だったかもしれぬ。
しかし俺は、内に秘められた『何か』……。
大地が言っていた『益荒男』の力のせいか、それを辛いとも思わず当然のものとしてこなしてきた。
「剛三、お前は我が火神家の中でも類を見ない逸材じゃ」
武術の師である祖父からは、そう言われて褒められていた。
めったに他人を褒める事などしない祖父が、だ。
実際、俺は日本にいた頃は負け知らずだった。
フルコンタクト空手や、柔道での大会では相手選手が恐れをなして試合を棄権する事もあった程だ。
「惰弱な男め……」
そう切り捨てて、当時の俺はそういった連中を根性無しとして嫌悪していた。
それは今思い返すと、俺の思い上がりだったのかもしれない。
負けを知らない俺は、敗者の気持ちを思いやる事が出来なかったのだ。
その調子で俺は弱者、力の無いものを切り捨て、能力の高い友人を作っていった。
人脈というものの重要さを、父や身の回りの者から学んでいたからだ。
しかし、そうして出来た友人が果たして世間一般でいう友人と同義だったかは疑問だ。
あれは単なる利害の一致した相手であって、そこに友情というものはなかったように思える。
実際、帝都大学卒業後、彼らは俺にとって有益な存在であり続けたが、大きなミスをして失速してしまった連中とは、すぐ縁を切っていた。
俺だけでなく、周りの友人達もだ。
「な、なあ! 力を貸してくれよ!! あの件に関しては確かに失敗だったが、一度のミスで見捨てるなんて……なあ?」
「確かに一度のミスだけなら見捨てる事はなかったかもしれん。だが、それ以降のお前の行動には理解出来ない事が多すぎた。化けの皮が剥がれたという事だろう」
俺は必死に追いすがる奴を、門前で追い返した。
うな垂れる奴の顔は、当時の俺にはみじめな敗北者にしか見えなかった。
……あの時は全く気にする事もなかったのに、何故だ。
あの時の奴の顔と、大地に負けた時の自分がどこか重なって見える。
大地に投げ飛ばされ、意識を取り戻した俺は、あの時の奴と同じような顔をしていたのだろうか……。
俺はその後も奴の事など振り返る事もなく、我が道を進み続ける。
父の下に付き父の……火神家のあり方というものと学び、火神家の跡継ぎというレールの上を疑う事もなく走り続けた。
火神家と同格の家から嫁を貰い、生まれてきた子には俺を躾けた父と同じことをさせていく。
息子は……武志は元気でやっているだろうか?
俺は息子の顔を思い返してみる。
日本にいた頃には、こんな事をした事もなかった。
遠く離れた地に来てしまったからだろうか。
はたまた敗北を味わってしまったせいだろうか。
今は無性に日本での暮らしの事を思い出してしまう。
「ほら、武志。お父様にいってらっしゃいませのご挨拶は?」
「……ち、父上。いってらっしゃい……ませ」
妻と一緒に私を送り出す武志の顔は……。
あれは……今思い返すと歪な笑顔だった……のだな。
あの時の俺は、子供の表情の事など気にした事はなかった。
具合が悪いのなら、妻や家政婦の誰かが対応してくれる。
俺が出張で家に帰れなくても、問題はないようになっていた。
だが本当にそれで良かったんだろうか?
……ダメだ、いかんな。
何故か次々と日本での出来事を思い返してしまう。
それもこれも、俺から一本取って見せたあの男のせいだ。
そうに違いない。
「逃げます逃げます!」
妙な態勢の走り方で、俺から猛スピードで逃げていく
奴は今まで俺が出会った中でも、類を見ない程変わった男だ。
あの男の前には、俺はどう映っているのだろうか。
つい、そんな事を考えてしまう。
……それにしても。
何故あのような走り方で、原動機付き自転車のような速度が出るのだ?
もしかしたら、奴は人間ではないのかもしれない。
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