第32話 敗北


 今度は先ほどの魔甲機装での時とは打って変わって、火神は積極的に攻め寄せて来た。

 体を半身にしてジリジリと距離を詰めてくる様子からして、やはり何らかの武術の経験者の動きを思わせる。


 足技が届く範囲まで近づくと、まず強烈なローキックが飛んでくる。

 それを交わすと、繰り出した右足を地面に着けず、そのまま片足立ちのままミドルキックを放ってくる。


 最初からローを当てる気が無かったように見えるほど、流れるような下段から中段の変化ではあるが、あのローキックをまともに食らっていても、普通は悶絶している所だろう。

 下手すれば、どこか骨が折れるかもしれない。それほどの威力はあった。


 俺が最初の蹴りを躱したことで、火神も徐々にギアを上げていく。

 攻撃は速さと鋭さを増していき、ただ単に攻撃を仕掛けてくるだけではなく、俺の動きを誘導しようとしたり、微細なフェイントを混ぜてきたりし始める。


 こいつ、こんなゴツイ癖に随分と繊細な技術も使ってきやがるな。

 とはいえ、俺は奴の表面的な体の動きだけでなく、筋肉の動きや目線。それから、奴が何を狙っているかの推察などを交えながら、総合的に行動を見切っているので、今のところまともに被弾した攻撃はない。


 しばらくそうした攻撃が続いたかと思うと、火神は一旦俺から距離を取った。

 あれだけ動き回っていたというのに、息がほとんど乱れていない。



「……随分と目が良いようだな」


「これでも視力6.0はあるんでな」


「フンッ……」


 まあ実際は6.0程度じゃ済まないレベルだったりする。

 天文台レベルの望遠鏡や、宇宙に打ち上げてある望遠鏡より、精細に天体を視ることが出来たからな。

 ちなみに動体視力も同程度には化け物クラスだ。

 最早俺の視力は視力というよりも、神の視点と呼べるほどおかしな事になっている。


 さて、次はどう出てくるかなと思っていると、火神は体勢を低く、まるで地を這うかのような態勢に移行したかと思うと、一瞬目の前から消えたのではないかと思うような速さで、タックルをしかけてきた。


 火神の目的は俺の足を取る事にあったようだが、俺はこれと同じ場面を比較的最近にも経験している。

 あの時とはスケールが違うので、動き自体は素早く見えはするのだが、あの時は魔甲機装という枷が俺にはあった。


 そう。


 他の奴にとっては戦闘力が上がる謎テクノロジーの兵装なのかもしれんが、俺にとっては何十トンもの重りを抱えて動かされているようなものだった。

 それに比べ今の生身の状態ならば、俺の改造された身体能力を遺憾なく発揮する事が出来る。


「……っ!!」


 頭から突っ込んでこようとした松本と、こちらの足を取ろうとする火神では、若干動きや姿勢に違いはあったりするのだが、その程度の誤差は俺には関係ない。


 俺は逆に火神側へとダッシュを掛けると、その動きに火神が反応する前にするりと腕を奴の首に回し、最初のダッシュ以上の踏み込みで急ブレーキを掛ける。


 急激な逆方向への急ブレーキで、微かに体に反動が走りはするものの、俺は火神を首から持ち上げて背後に投げるブレーンバスターもどきを決めた。

 しかし、加減を誤ると火神といえどあっさり死んでしまうので、頸部の締め付けは適度にし、背中からの打ち付けの方に衝撃を持っていくように投げる。


「かはぁッッ!」


 肺の中の空気を強制的に吐き出させられた火神は、流石にすぐに身動きが取れない状態になっている。

 そこで俺は、頸部に回していた腕をギュッと絞め、このまま火神を落とす事にした。


「ぐぎぎぎっ!!」


 苦しそうに暴れまわる火神だが、絶妙な絞め技の態勢と力加減によって、まともに抵抗する事も出来ない。

 なお絞める際には、気管への圧迫だけ極力抑えるように加減して、重大な事故に落ちる可能性を出来るだけ抑える努力などもしている。


 いかに"益荒男"というスキルを持ち、心身と技を鍛えようとも、この状態になってしまえばどうする事もできない。

 しかし火神は意外と長時間抵抗を続けていた。

 気迫だけで耐えようとするその姿には、妄執染みたものを感じたが、こいつも生き物には違いない。


 最終的には落とす事は出来たが、念のため俺は失神した火神に重大なダメージが発生していないかを"鑑定"で確かめる。

 そして特に後遺症なども残らない事を確認した俺は、距離を取り奴が目覚めるのを待った。







「…………!?」


 しばらくすると、仰向けに倒れていた火神が意識を取り戻し、慌てたように体を起こす。

 しかし、急激に動いたせいか体がふらつき、慌てて地面に手をついて倒れるのを防ぐ。


「よう、目が覚めたようだな」


「…………」


 火神は俺が声を掛けると、今度は何故か自分の両掌をじっと見つめる。


「……そうか。これが敗北か」


 お、おふっ……。

 なんかすげー中二病的なセリフが飛び出したんだが、この場面で笑うのはまずいよな。


 クソッ。

 あの生真面目で頭の固い、生まれた時代を間違えたような男からそんなセリフが出るとは思ってなかったぜ。

 今日の奴との駆け引きの中では、今のが一番の不意打ちだわ。


「…………」


「参った、完敗だ」


 俺が笑いを堪えて黙っていると、火神は立ち上がって俺の方へと近づいてきた。

 俺は油断せず奴の一挙手一同から注目を外さない。


「そう……警戒するな。お前からすると、俺は融通の利かない人間のように思われてるのかもしれんが、俺は約束を守る男だ」


「それは今後のお前の行動で示してもらおう」


「ああ、そのつもりだ」


「…………」


「…………」



 そこまで話すと、両者共に黙り合ってしまい、二人の間に沈黙が生まれる。


 ううん、まあ無難な所に着地できたか?

 ここで更に暴れられたりでもしたら、強制手段を取るつもりであったが……。



「……結局」


 沈黙を破って火神が口を開く。


「結局お前は打撃技を一切使用せずに、レスリング……のような技一発で俺を倒した。だが、打撃が苦手という訳でもないのだろう?」


「まあな。体格的にはお前の方が有利だろうけど」


「ふん……。体格など、攻撃をまともに当てられないのなら意味はない」


「それは魔甲機装でも同じ事が言えるな」


「違いない」


 敗北を経験した事による効果なのか、最初に話してた時より大分火神から発せられる強圧的な力が薄れているように思える。

 俺はついでに気になっていた事を尋ねることにした。


「ところで、俺もひとつ質問があるんだが……」


「なんだ?」


「お前はこの世界に召喚される時に、何か不思議な体験……あるいは不思議な力を感じたか?」


「……何を聞きたいのかは分からぬが、召喚された事そのもの以外に、不思議な体験などはしておらん」


 ふうむ……。

 つまり、この異世界に呼ばれる際に、スキルを身に着けたという訳ではないようだ。


「そうか……。では、もうひとつ尋ねるが、『益荒男』という言葉に聞き覚えはあるか?」


「『益荒男』? その言葉自体には聞き覚えはあるが…………っ!?」


「どうした? 何か思い当たる事があったか?」


「これ……は……。そうなのかもしれないな」


 お?

 なんか反応アリだな。


「俺は……、幼少の頃より、自分が常人とは違うという事を認識していた」


 ほうほう。

 その辺りの自覚症状はあったのか。


「これは自惚れとかそういった類のものではない。俺の体の内側に、言葉に表現できないような『何か』を感じる事が何度かあったのだ」


「何かとは?」


「分からん……。ただ漠然と、これは俺に力を与えてくれるものだ、と認識していた。だが、先ほどお前の言葉を聞いて、歯車がかみ合ったような気がしたのだ」


 これは、俺の言葉に反応して自分のスキルと結び合わせたという事か。

 俺は、スキルそのものが"鑑定"であったから理解が早く済んだが、普通は指摘でもされないと、明確には気づけないのかもしれない。


「『益荒男』……。これこそ、俺の内側で眠る『何か』の正体だ」


「そうか。よくわからんもんの正体が判明して良かったな。それじゃあ、俺はせっかくだからこれで失礼するぜ!」



 火神のスキルについての情報も得たし、これ以上ここにいるとまた訓練を再開し始めそうだ。

 ちょっと強引だが、大地宇宙はクールに去るのだ。


 俺は華麗にムーンウォークを披露しながら、火神から離れていく。


「待て!」


「待てと言われてだーれが待つかよぉー、とっつぁあん」


「とっつぁんとは俺の事か? いや、それより、お前は『益荒男』について何か知っているのか?」


 俺はムーンウォークでは速度が出せない事に気づき、途中から両手を横に振りながら、コミカルに横走りするスタイルに切り替える。

 奴の問いかけなど当然無視だ!


「逃げます逃げます!」


「な、何を言っている? 待て! 逃げるなっ」


 しかし時はすでに遅い。

 俺の強化された肉体は、時速55キロで火神から離れていくのだった。



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