第9話 よくあるアレ


 ううん、キャラメイクの時から不具合を感じてたが、肝心の中身までいかれてるみたいだな。

 なんかすっかり辺りも暗くなってきたし、一通り魔物相手に暴れただけでもそこそこ楽しめたし、そろそろログアウトするか。



「ログアウト」


 …………。


 ……………………。



「またこのパターンかよ! 退出。終了。ゲーム終了。ログオフ。サインアウト」


 おいおい、まったく反応がないぞ!?

 どーなってやがる。


「ほかにはええと……なんだ? 接続解除! 脱出! エスケープ!」


 思いついた単語を次々と言っていくが、まるっきり反応がない。

 『ステータス確認』には反応してるから、音声で認識できないハズもないんだが。


 その後も音声認識以外の方法がないか試してみたりしたが、全く成果が得られないまま、時間だけが過ぎさっていく。

 というかそもそもこの時間の感覚も、なんかリアルなんだよな。

 まだ空が明るい時間帯から、陽が暮れるまで魔物を倒しまくってたんだけど、肌で感じる時間の感覚と、この世界の時間の感覚がリンクしているというか……。


 周囲には、その時倒した魔物の死体がそのまま残っている。

 敵を倒したからといって、死体が消えてドロップがでるでもなく、血の臭いもそのままだ。

 その血の匂いのせいで、魔物が次々襲い掛かってきてたんだろうな。


 一応、クマブタからもらった魔法の力で火を起こす事も出来た。

 それで魔物の死体を焼き払う事も出来ただろうが、まだ使い慣れてない力だから下手に炎上して森林火災にでもなったら大変だと思って、そのままにしてたんだよ。

 つか、一通り遊んだらログアウトするつもりだったしな。



 ……でも待てよ?


 あのヒステリー女はHMDヘッドマウントディスプレイの事を、『少し弄って解析用に改造した』と言っていたな。

 という事は、元のVRMMOとしての機能が損なわれているという事か?


 解析といえば、確かにキャラメイクの時になんかそれらしきスキャンは受けた。

 それなら既に俺のデータは収集出来ているはずで、もうとっくにこの世界から解放されていてもおかしくないハズ。


 あ、ても、あの女はやたらと俺の事をキケン扱いしていたし、今頃俺の肉体はいいように封印でもされてるのかもしれん。

 いや、そもそもここって本当にVRMMOの中なのか?


 うーー、どうすりゃいいんだああああ?







 などと、あーでもない、こーでもないと考えを巡らせていた俺は、どこからか人の声が聞こえる事に気づいた。


「ん……? この声はアナウンスの声でもないし、あのヤバイ女の声でもないな。一体誰だ?」


 その声は遠くから聞こえてくるようで、俺の強化されたはずの聴覚でもハッキリ聞き取ることができない。

 しかし声を聞き取ろうと意識を集中した結果、俺はある事に気づいた。


「この謎の声……。魔力の波長が混じっている?」


 その事に気づいた俺は、今度は音ではなく魔力に注目して辺りを探ってみる。

 すでに周辺は夜の暗闇の中だが、俺の目はハッキリと辺りの様子を見る事が出来た。


 ……というか、最初は普通に暗かったのだが、そう思った次の瞬間。

 まるで赤外線スコープでも覗いてるかのように、よく見えるようになったのだ。

 それも緑色に見えるとかそういった事もなく、ちょっと薄暗いなといったレベルで夜の闇を見通すことが出来ている。


 これもまあ宇宙人の肉体改造のせいなんだろうけど、この暗視能力を利用させてもらって、俺は声に混じっている魔力の波長の発生源を探し、とにかく歩き回る。



(偉大なる…………戦士………………我らの……)



 魔力の発生源に近づくにつれ、声が少しずつ聞こえるようになってくる。

 こりゃあ当たりか!? と思いつつ、俺は慎重にその場所へ近づいていく。

 昼間の大暴れの結果、魔物もストックが切れたのか、辺りには魔物らしき気配は感じられない。


「さて、それで音の発生源は一体なんじゃらほい」


 魔力を帯びた声の時点で、普通に近くに人がいて話してるっていう線は薄くなる。

 そもそもこんな魔物がウヨウヨいる森の中で、周囲に聞こえるような声を出したら襲ってくれと言っているようなものだ。


 そんな俺の予想は的中する。


 明らかに魔力の発生源の位置にまでたどり着いたのだが、そこには何もなかったのだ。

 位置的には、地面に近い少し空中からその魔力は発生しているっぽい。


 ここまで近づくと完全にではないが、声の内容も聞き取れるようになってくる。


「というか、この声が話している言語。初めて聞いたような言語なのに、何故か言っていることが理解できる……な?」


 もしかして何らかの魔法の効果なのか?

 だから声に魔力が混じっているとか。



 ……いや、違うな。


 これは多分、火星人の謎の科学技術の力っぽい。

 体内だか脳内だかに、翻訳アプリのようなものが埋め込まれているんだろう。なんかそんな感覚がするわ。

 この謎の言葉を聞けば聞くほど、この言語に対しての理解が深まっていくのを感じる。


 暗視能力といい、翻訳アプリといい、魔法や超能力に劣らず火星人のテクノロジーもなかなかやるではないか。



 さて、肝心な声の内容なんだが……。


 うん、なんか召喚魔法を唱えてるみたいだな。

 多分だけど、この微かに発せられてる魔力に自分の魔力を通せば、召喚に応じられるような気が……する。


 余り呼びかけに使える余力がないのか、自分たちは困っている。だから救世主求む、といった内容しか聞こえてこない。

 それが繰り返してリピートされている感じだ。

 そんな求人では、よっぽど切羽詰まった奴しか応募しないだろう。


 まったくもって胡散臭い事この上ない召喚メッセージだけど、俺は呼びかけに応えてみる事にした。

 何でかって?




 …………ぐぅ。




 腹が減ってるからだよ。


 ぶっちゃけ強化された俺のストマックなら、今日倒しまくった魔物の肉でも、その辺の木の実や草でも、腹を壊すことなく食えると思う。

 あ、ちなみにキノコは栄養があんまないらしいから、サバイバルな状況で食べるのはお勧めしないとどっかで耳にした。

 ま、俺なら毒も問題なさそうだし、リスクなしで食えそうな気はするけどな。



 そんな事より、俺が召喚に応じるのは空腹の他にも理由があって、どうもこの世界がいまいち信用できないというか……。

 あんだけレベル上げしてもほとんど効果がないって、まるっきりゲームしてる感じしないんだよな。


 どっちかというと、普通にリアルで過ごしてるような感覚に近いんだけど、100%現実かというと、なんかそうでもないような。


 ログアウトが出来ない以上、この不安を煽られるような場所より、もっと地に足ついたしっかりした場所を俺は所望する!


 という訳で、俺は手探りで召喚の声に応じる方法を試し始める。

 それで判明したんだけど、どうもこの召喚術式には召喚と同時にある"機能"が発揮される術式が組まれているようだ。


 魔法に関して素人な俺が、なぜそれに気づいたかというと、この俺の灰色の脳細胞のおかげだ。

 ……っと、「火星人に弄られまくったから、実際に灰色になってるかもしれない」なんて、怖い想像をしてしまった。


 まあそのスパコン並の脳みそが、俺が魔力を操作してあれこれする度に、膨大な思考をして術式を解読していってくれてね。

 俺自身も加速度的に魔力という、謎の力についての理解が深まっていったんだよ、これが。


 そもそも火星人に埋め込まれた知識を視た限りでは、どうも魔法っぽい力や超能力っぽい力について、すでに火星人たちなりの知見があるようなんだよね。

 だからこそ、膨大な魔力を生み出すガルなんちゃら機関を生み出したり出来た訳だ。

 確か火星人たちは、俺が魔力と呼んでいるこの力の事を、『想子』とか呼んでいた。


 で、そういった下地を踏まえてこの召喚術式について調べた結果、ありがちな効果が付与されている事が判明した。

 すなわち、召喚された者は召喚した者に対して逆らう事が出来ないっていう、例のアレね。


 まあ、このようなランダムで召喚するような雑な方法では、何が釣れるかわからんだろうからね。

 こうした術式を組み込むのも致し方ないと言える。

 とはいえ、そのような余計な術式は困るので、少し術式に介入して弄らせてもらおう。





 …………出来た。


 我ながら感心してしまう出来栄えだ。

 40秒もかからずに安全に召喚される準備が出来てしまった。

 これも術式が拙い作りだったせいもあるだろう。



 さて、宇宙人のアブダクションから始まった、波乱の一日の終わり間際。

 次なる世界はどのようなものなのだろうか。


 俺は期待に胸を膨らませつつ、正体不明の召喚魔法に応じ、未知の世界へと足を踏み入れる事になるのだった。



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