第一章 ノスピネル王国編

第10話 三十三人目の男


「アバババアババッッ!」



 ぐぐぐ……。


 どこからか聞こえてくる召喚の呼び声に応える事にした俺、大地 宇宙だいち そらだが、いきなし問題が発生した。


 空間の一点から発せられていた、魔力を帯びた声。

 そこに俺の魔力を絡めるようにして召喚に応えると、即座に俺はよくわからない空間に引きずり込まれた。


 このような謎空間では普通まともに周囲を知覚できないと思われるのだが、火星人の謎技術によってか、俺にはなんとなく周囲の状況が理解できた。


 星が一つの世界だとするのなら、今は星と星との間の宇宙空間を移動しているようなものだろう。

 初めの方こそ謎空間の奇天烈な環境と、次々飛び込んでくる周辺の知覚情報によって妙な叫び声をあげていた俺。

 しかし、今では落ち着いて周囲を観察する余裕も生まれてくる。


 視覚的な情報としては、まるでSF映画の宇宙を航海したり、ワープしたりするシーン。それから電脳世界に入ってしまった時のような映像。

 そういった表現がしっくりとくる、なんともサイケデリックな空間だ。

 もっとも、物理的に眼球を通して光が信号として送られてきた映像ではない。


 なので、俺が"見ている"と思っているのは疑似的な視覚でしかないのだが、それでも分かる事がある。

 明らかに周囲の状況の移り変わりがゆったりとしてきているのだ。


「速度が……さがってる?」


 俺は遥か先の空間から伸びてきているような、魔力の糸に絡めとられている状況だ。

 そして蜘蛛が獲物を巣に運ぶかのように、先の方の空間からグイグイと引き寄せられている所だったのだが、それが弱まっている。



「これ、もしかして召喚に必要な魔力が足りてないんじゃね?」


 

 ……やばい。

 このままだとこの糸そのものが持ちそうにない。

 そうなったら、このサイケデリック空間に閉じ込められてしまう!


「ぐぬぬぬ、そうは……させるかあぁ!」


 俺は自身の魔力を糸に注ぎ、燃料を注入してやる事にした。

 現在、俺の体と魔力の糸は魔力的に繋がっているっぽくて、ちょっと意識するだけで簡単に魔力を送る事が出来た。


「……! お、これは上手くいったっぽいな」


 怖いので少しずつ魔力を送ろうとしたのだが、最初に送った魔力だけでも十分だったようだ。

 引き寄せられる速度が格段に増し、疑似的視覚によって俺が認識している空間が、えらい速度で背後へと流れていく。


「うっ…………」


 やばい……。

 問題は解決したけど、別の問題が急発生。

 しかし勢いを増した俺の疑似視界には、ゴール地点と思しき光の環が見えてきている。


「ぎぼちわ"る"い"…………」


 なんてこったい。

 どうしてこういう時に謎の火星人技術が発揮されてくれないんだ。

 俺は火星人に恨み言を吐きつつも、吐きそうになる衝動を抑えていた。







 ほわあああぁん。



 擬音としてはそのような感じの音を捕らえつつ、俺はこれまでの不安定な空間から脱出したのを感じていた。

 すると、周囲からは慣れ親しんだ視覚情報や聴覚情報が飛び込んでくる。

 感覚としては、普通に日本で暮らしていた時とそう変わらない。



「な、なんだ? 何があった!」


「え……、なに、これ……。夢……?」


「……は?」


「こ、これはまさかっ!」


「う、ううぅ……」


 ちゃんとした意味のある言葉が俺の耳に飛び込んでくる。

 ちなみに最後の声は俺の発したものだ。


「エゥオロロロロロロロロッッ…………」


 そこで俺はついに限界に達し、内なるカオスを吐き出す。



「げっ! こいつゲロ吐いてやがるぞ!」


「ちょ、やめてよね」


「今日からこいつのあだ名はゲロ男だな。ギャハハハッ!」



 俺が口の中に広がる酸味と共に生みの苦しみを味わっている中、周囲にいた奴らの声が聞こえてくる。


 くっ、こいつら、許さんッ! 特に最後の奴! お前だ、お前!


 などと思いつつも、俺はしばしこの嘔吐感が過ぎ去るまで、ゲロ男の身分を甘んじて受け入れざるを得ない。


 そんな状況の中、俺は突然背中に微かな柔らかい熱を感じた。


「あの……大丈夫ですか?」


 声のした方へ振り向くと、そこには大和撫子がいた。

 艶やかな黒髪をしたその女性は、優しく俺の背中をさすりながら声を掛けている。


 俺の背中を撫でるために少しかがんだ姿勢だが、身長は女性にしては高くみえる。

 下手したら170cmちょいある俺と、同じ位かもしれない。

 心配気な表情で俺を見る彼女の瞳はクッキリとしていて、整った目鼻立ちと合わせると相当な美人さんだ。


 メイクはほとんどしていないか、ナチュラルメイクに留めているのか。

 見た所、身長同様に年齢も俺と同じか、少し上くらいだろうと思われる。

 まるでこの若さなら、余計な化粧などいらないとでも主張してるかのようだ。

 あ、いや、まあこれは俺の勝手な思い込みだけどな。


 彼女はまさに、俺の中にある大和撫子像を具現化したかのような出で立ちだ。

 彼女を見ていると、途端に俺を襲っていた嘔吐感が消え去っていく。


「は、はい……。おかげさんでどうにか……」


 う、いかん。

 別に女と付き合った事がないわけではないが、これほどの美人だと流石に緊張するぜ。


 俺はようやく収まった嘔吐感に安堵しながら、口元を袖で拭う。


「それは何よりです。それにしても、一体何が起こったのでしょうか」


 彼女の発言でようやく状況を再認識した俺は、周囲をキョロキョロと見回してみる。


 しかし、俺と同じように嘔吐している者は誰一人いなかった。

 う、うう。これはゲロ男と呼ばれてもしゃーないかもしれん。




 周囲には、俺と同じ日本人と思われる連中がひいふう…………三十人近くもいる。

 俺も含めてそいつらは全員、床に描かれた光る円陣の内側にいた。

 大抵は何が起こったのか理解できていない様子だが、中には「異世界転移か!?」などと叫んでいる者もいる。


 男女の比率は……まあ同じくらい?

 若干男の方が多いくらいか。


 そして円陣の外側なんだが、どうやら建物の中のようで、体育館のような高さのある広い空間になっているようだ。

 奥には石造りの階段があり、階段を上った先に、この部屋に唯一存在する出口が見える。


 だがその出口への道を阻むかのように、中世の騎士のような装備をした者たちが階段付近に並んでいる。

 人数は十人ほどしかいないが、剣やら槍やらを持っているので、ここにいる日本人全員で襲い掛かっても、悲惨な結末になるだけだろう。

 ま、俺は別だけど。


 その騎士たちの前方、つまり俺たちのいる円陣の少し外側には、いかにもといった風体の男たちもいた。

 まあ、十中八九こいつらが召喚魔法を発動したんだろうな。

 だがその割には足元にそれっぽい魔法陣の文様などもなく、ただ円形に刻まれた床部分が光っているだけだ。


 その魔術師風の男たちの近くでは、騎士団長の男と魔術師長の男が会話を交わしている。

 何で相手の身分まで分かるのかって?

 それはそいつらの話してる言葉が理解できたからだよ。

 召喚時に聞こえてきた、あの謎の言葉と同じ言語だな、これは。



『……の途中で妙に魔術士共が慌てていたようだが?』


『あれは……儂にも原因が掴めぬ。魔力量には問題がなかったはずなのだが、何故か突然魔力不足に陥ってな』


『やはり、一度に三十二人に増やしたのは失敗だったのではないか? 前回と同じ八人か、あるいは数を刻んでいけば問題も……』


『しかしストレイダー卿。我々には余裕が残されていないのだ。陛下からも出来るだけ多くの人数を召喚するようにと、仰せつかっておる』



 三十二人?


 俺は円陣の内側にいる人数を再度数えてみる。

 三十一……三十二……、確かに三十二人いるようだ。

 幾人かうろちょろとしている奴がいたので少し数えにくかったが、俺は記憶力も抜群に強化されているので、顔を一人一人記憶していけば数え間違えはない。


 それにどうも、円陣が発してる光は結界のような働きがあるらしく、幾人かが円陣の外に出ようとして失敗していた。

 まるで見えない壁でもあるかのように、弾かれていたのだ。

 これで円陣の外までうろつき回られたら、少し数えるのが面倒になっていた事だろう。



『ベイジェフ様。先ほどの魔力不足による術式の遅滞と、その後の膨大な魔力の供給の原因は、現時点では理解不能と言わざるを得ません。ただ……一つ気になる事が』


『なんだね?』


『それが……、今回は最大人数である三十二人の同時召喚を行いましたが、何故か三十二人ではなく、三十三人召喚されたようなのです』


『なに?』


 なぬ?


 魔術士長と配下らしき魔術士の会話を聞いていた俺は、思わず顔を捻る。

 俺もさっき人数は確かめたハズなんだが……。



 …………あ。



 そういえば自分を入れるの忘れていたわ。


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