第2話 クマブタ


 ……あれからどれくらいの時間が経ったんだろうか。


 ふと俺が目を覚ますと、目に映ったのは綺麗な蝶を追いかけて入った、小さな横道の道路だった。


 思わず空を見上げてみる。

 あの時は空から照らされた光が眩しかったんだが、今はそのような光はどこにもない。

 あるのは太陽の光・・・・だけだ。


 ……ん? 待てよ。

 なんで太陽が真上に見える・・・んだ?


 俺は慌てて携帯を取り出し時間を確認する。

 そこには十二時十四分と表示されていた。


「げっ! もう昼かよ!」


 こりゃあ完全に今日の大学の講義に間に合わねーな。

 午後の講義には間に合うかもしんねーけど、それだけ受けてもなあ……。

 いや、待てよ。

 あんな所で無防備に寝てたんだ。なんか盗られたもんとかは…………ないようだな。


 狭い小道だし、案外誰も気づかなかったのかもしれん。


 まあいいや。とりあえずこの道から出て……、あとはどーっすっかな。

 なんて事を考えながら、小道を抜けて何とはなしに歩いていると、なんだか妙な感覚に気づく。


(……なんだ? 色々違和感を感じるんだが、違和感がありすぎて何がおかしいのかさっぱり分からん)


 しかし少し歩いていると、気になる点が幾つか特定出来てきた。

 まずは、体が異様に軽く感じる事に気づく。

 感覚としてなんだが、まるで重力を置き忘れたかのように、自由に体を動かしているような感じだ。


 それから、よく晴れた日のこんな時間帯ともなれば、日光がまぶしく感じるはずなのに、それもない。

 てか、空を見上げると直に太陽が見れる。サングラスなんかなくても、直にクッキリと。



 え? これどういう事?



 …………いやね。分かってるんだよ。

 つまりあの火星人は夢なんかじゃなかったんだってね。


 ハアアァーーー。マジかぁぁ、俺マジで改造されちゃったのかあああ。

 試しに人が見ていない瞬間を見計らって、軽く・・走ってみたんだけど、なんか……その、風を感じてしまったよ。


 ワーイ、これで俺もオリンピックで金メダル取れるね! メダルかじっちゃおーっと。

 って、そんな事したら学者連中のいい研究材料にされちまうわ!


 んーむ、いかん。

 余りの事態にどうも情緒が不安定になっているようだ。

 こんな時は、そう。

 この長く細い円柱形の白いものを使って落ち……落ち着いて…………って、これ何やねん!


 俺は思わず手にとったものを投げ捨てそうになる。

 それはステッキのような何かだった。

 そう、俺はタバコなんて吸いやしない。


 テンションが少しおかしくなって歩いている所に、ふと道端にこのステッキが落ちていたのを見て、何故かつい拾ってしまっていたのだ。



 ……でも、なんだろう。

 よく見ると意外としっかりとした作りをしている。


 最初は子供用向けおもちゃの、魔法のステッキか何かだと思っていた。

 なんか持ち手の少し上の部分に、これ見よがしなボタンっぽいのがついてるんだよね。

 キャラクターのシールが貼られていたり、ファンシーな着色がされている訳ではないんだけど、形状としてはソレっぽいんだ。


 ポチッ。


 だから、な。

 つい、押しちゃったんだよ。

 何の気なしにそのボタンをさ。


 ステッキの先が伸びたり、どこかが光ったり。

 そういうギミックを期待していたんだが、俺の予想に反してそうした安っぽい動作は見られない。


 だけど、、ステッキの先の星形の形になっている辺りから、急に白い光が発せられた。

 あれ? 確かに光りはしたけど光り方が不自然だぞ?


 そう思った次の瞬間、そこにはクマとブタを足して二で割ったような、珍妙な生物? が空中に浮かんでいた。


【やあ! 君がボクを助けてくれたんだね! 君のその芳醇な魔力で、ボクはこうして復活する事が出来たよ!】


 は、はあ。魔力ですか……。

 んー。アレかな? ガリオトなんちゃらによって産み出されたのかな?


【お礼に君を魔法少女にしてあげる】


 は、はあ。魔法少女ですか……。

 確かにさっきのステッキってそれっぽいよなあ。

 ……って、ちょっと待て!


「お、おい。魔法少女っていったいなん――」


【プルプルブーブー♪ 魔法少女になあれ♪】


 俺の言葉に耳を貸さず、クマブタがフゴフゴとした声で謎の呪文を唱えると、ステッキから光が溢れでてきて、俺の周囲をまあるく包み込む。


 ……普通ならこの状態では視界が奪われているんだろうけど、俺の改造された火星人アイは、これしきの明るさなら自動的に調整をして視認できるようにしてくれる。

 なので、俺は光に包まれた自分を確認することが出来ているんだが……。



 ぶっちゃけ、光輝くだけでなんも変化が起こらない。



 ん、いや?

 なんか体の中のほわほわとした何かが、反応しているような気がするな?

 そしてそれが全身に行き渡ると、まるで体内の血を全部入れ替えたかのような、妙な感覚を覚えた。


 やがて光は収まり、俺は目の前に浮かんでいるクマブタを見る。

 周囲には他に歩いている人もいるというのに、何故かこの珍妙な光景に反応を示さず歩き去っていく。

 まるであの光もこのクマブタも、誰の目にも入っていないかのようだ。


【よし。これで君も魔法少女に…………なっていないね?】


 む、この口ぶりだと、見た目でそれとわかるような魔法少女に変身させられそうになっていたのか?


【あれれ~? おかしいな~?】


 何やら驚き戸惑っている様子のクマブタ。

 人の全身をペシペシと触っていく。正直気分がよろしくない。

 なのでクマブタをひょいっと摘み上げる。


「見ての通り、俺は魔法少女なんかになっていない。真実はいつもひとつなんだよ!」


 そう言って投げ捨てようとしたんだが、クマブタは器用に空中で宙返りをすると、空中でピタッと静止する。


【突然何するのさー? んー、でもボクに触れられたという事は、魔法を扱う力は身についたみたいだね】


 なぬ? 魔法とな?

 どれどれ……。



「煉獄に打ち捨てられし、罪人の声を聞け! ダークネスカノン!!」



 …………。



 ……………………。



 かっこよくポーズを取ったままの態勢で固まる俺。

 クマブタも、通行人も「あの人に関わっちゃダメだ」みたいな顔をしてこちらを見ている。


 あれれー? おかしいぞー?  

 魔法なんか使えないじゃないかー?


【え? 今の魔法を使うつもりだったの? そんなので魔法は使えないよ】


 ……どうやら心の中の声がつい口から洩れていたらしい。


「ああん!? じゃあ、どうやって使うってえんだよ!」


【うーんとね。使いたい魔法を頭の中で思い描いたら、魔力を注ぎ込むんだよ】


「魔力を注ぎ込むぅ?」


 試しに「水よ出ろ」と思いながら、体の中のほわんほわんとした何かを移動させてみる。


 ……てか注ぐってどうやんだ?


 しばし体の中を移動させていると、なんとなくこのほわんほわんとした何かの扱い方が掴めてきた。

 すると不思議な事に、体の中……中心部分? に、何か器のようなものがあることに気づく。


 これか? ここに移動させるのか?

 いや、これは違う……な。

 ここに注ぐんじゃなくて、逆にこの器のような部分からほわほわんとした何かが湧き出てるんだな。


 俺はほわんほわんとした何か……ああ、もう面倒くせえな。多分これが魔力なんだろう。その魔力らしきもんを、器から引き出すようにイメージすると、効果は劇的に表れた。



 ザバアァァァ。



 俺の頭上からバケツ何杯分もの水が突然降ってくる。

 するとその水は重力に従い下方へと落ちていく。

 そうなると、俺の頭部から順に水に濡れていく。

 結果的に、俺はずぶ濡れになる。



「……おい、クマブタ」


【え? クマブタってもしかしてボクの事?】


「そうだよ、お前以外に該当するもんがこの場にいるか? てかそれより、冷たいんだが?」


【あー、水の温度を低め設定のまま出しちゃったのかな? そりゃあ寒いよね】


「寒いよね。じゃねーんだよ! 携帯は……生活防水だから大丈夫か? つか、マジこの水冷たいぞ」


【なら魔法で乾かせばいいじゃん】


「む、そんな事も出来んのか?」


【大体のことは魔法でできるよ。そう、魔力さえあればね!】


「魔力、ねえ」


【魔法によって引き起こされる現象は、細かく種別が分かれていてね。瞬間移動するだとか、時間を操作するだとかは、たくさん魔力が必要なんだ。しかもその辺は魔法の中でも扱いが難しくてさ】


「ほおう、おほほほおう」


 なに? 時間操作だと?

 それがあれば時間停止もののアレやコレみたいな事ができるって事か!?


 思わずピンクな妄想が頭の中をよぎったせいか、ステッキを握っていた手の力が緩んでしまい、うっかりステッキを落としてしまった。


【ただ魔力があるだけじゃダメなんだ。特に時間操作や空間操作に関しては、一歩間違うととんでもない事になる】


 ほうほう、なるほどな。

 確かに調子に乗って使った時間魔法が失敗して、時空間の渦にでも囚われたら激やばい。


 え? 時空間の渦って何かって?

 いや、なんか青い奴が時空移動するときにウネウネしたのあるだろ? あんな感じのだよ。多分。


【これに関しては練習方法なんかもあってね。まず時間操作の基礎練習なんだけど――】



 コロコロコロ……。


 何故かその時だけは、その音が妙に大きく聞こえた気がした。

 何かが転がっていくような音。

 その正体は先ほど俺が落としてしまったステッキだった。


 そんな転がりやすい形状をしていた訳でもないのに、ステッキはどんどんと転がっていき、少し進んだところにある大通りまで突き進んでいく。

 まあ、確かにこの道は下り坂にはなってるけど、そんな転がってくもんか?

 とか思ってた矢先。


 ステッキの行方を目で追っていた俺の視界に、トラックが高速で走り抜ける光景が移る。

 そして丁度そのタイミングで、ステッキが大通りの道路部分まで転がっていった。


 ……あまり派手な音はしなかったと思う。

 でもトラックが通った後には、無残にポッキリ折れたステッキの姿があった。

 と同時に、


「ハッ!? クマブタの気配が……消えた……?」


 俺は慌ててポッキリと折れたステッキを回収し、どうにか魔力を注ぎ込んでみたが、うんともすんとも言わない。



 時間……操作……練習方法…………。



 大地宇宙だいち そら、二十一歳。

 人生何度目かの挫折を味わった瞬間だった。



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