第5話 エルフさんとデートへ行こう その1

 朝食を取ったテオとロゼは家を飛び出し、賑やかな街中を歩いていた。


 本日は週に一度のバザーの日。


 いつも営業している店に加えて、個人で出店したの様々な屋台が立ち並んでいた。


 そんな中……テオは屋台には目もくれず、ある一点に向けて歩を進めていた。


「どこに向かっているんだ?」


 奴隷時代のボロ布同然の服ではなく、テオの服を着たロゼが問いかけるが、テオは依然として「すぐに着く」と返す。


 テオとロゼは体格が近いわけでなく、サイズが大きいのか首周りや裾には随分と余裕がある。反して、胸や尻あたりは非常に窮屈にしている。


 だが、仕方ないことなのだ。


 テオが女物の服を持っているわけもないため、自分の服で間に合わせるしかなかったのだ。


「よし、ここだ。着いたぞ」


 だいたい10分ほど歩いた頃だろうか。


「ここは……?」

「俺の行きつけの店だ。まずはお前の格好をどうにかしないとな」


 テオの向かっていた店とは、普段からテオが世話になっている服屋だ。


 さすがにいつまでも自分の服を着せるわけにもいかない。首周りや裾に余裕があり、胸や尻がきつい服は着心地が悪いだろう。


 そう思ったテオは花鳥園へと繰り出す前に、ロゼの服を買うことにしたのだ。


「いらっしゃいませ~!」


 中に入ると、若い女性の声が聞こえてきた。


 声には覇気があり、いかにも「元気イッパイ」ということが分かった。


「おっ? これはテオさんではありませんか~。今日は何をお探しで? 女性をオトすための服ならいいのが──」

「いや、今日は俺じゃない。連れの服を見繕ってくれないか?」

「連れ、ですか~?」


 女店員はテオから視線を外すと、後から恐る恐る入ってきたロゼへと視線を移した。


「何この子の格好エッロ。なんてもん着せてるんですか、テオさん。」

「仕方ねぇだろ。女物の服なんて持ってないからこれ着せるしかなかったんだよ」

 

 ふ~ん……と訝しみつつ、女店員はロゼをじろじろと見ながら辺りをグルグルと回った。


「それにしても、テオさん。この子どうしたんです?」

「昨日、王様からの依頼で奴隷商会ぶっ潰してな。コイツは身寄りのない奴隷で、ウチで引き取ったんだ」

「なるほど、それで昨日あんなに馬車が出ていったんですか」


 グルグルと回りながら話は続き、ふと女店員の動きが止まったと思ったら「162の48。86と57、それに89か……」と呟く。


 この数字の羅列がなにを意味するのか。


 グルグルと周りをまわるあの行為も加えて、これらにはどのような意味を持つのか──。ロゼは全く見当がつかず、どれほど考えようとも答えは出なかった。


 答えを言うと、あれは採寸を行っていたのだ。


 162が身長、48が体重。後の3つはスリーサイズを意味する。


 この後にも肩幅である37であったり、股下の長さである74だったり……ロゼはただの数字の羅列にしか聞こえないが、女店員はテオとの雑談しながら、しっかりと自分の職務をこなしていたのだ。


 そして、今それが終わった。──ということは。


「それじゃ、貴女。こちらにどうぞ」

「わ、私か……?」

「はい! あ、テオさん。少し待っててくださいね。……ぐふふっ」


 テオの返事を待つことなく、女店員は店の奥に消えていった。


 去り際──何やら不気味な笑みを浮かべ、これからロゼの身に何か良からぬことが起こるのではないか。


 そう予見したテオだったが……。


「……ま、大丈夫だろう。アイツは少なくとも無害なやつだしな」

 

 テオは考えるのをやめ、店の端にあったベンチに腰を掛け、ロゼが戻るのを待つのだった。


 ……数分後。店の奥から悲鳴にも似たロゼの叫びが聞こえたのは、また別の話だ。




「おぉ……綺麗だビューティフル……」


 時間にして約30分。


 自分の目の前へと戻ってきたロゼを見たテオは、思わず感嘆の声を上げた。


 頬を紅潮させながら自分の前へと立つロゼは、30分とは見違えており、まるで別人でも見ているかのようだった。


 色気もクソもないテオの服から一変。


 少し胸元が開いた純白のワンピースに身を包んでおり、清楚さと色気……両者が入り混じった美人へと変貌したのだ。


「どうです? テーマは『清楚に見えるけどかなりエロい美人 ~なお、本人は自分のエロさに気づかない模様~』です」


 最悪なテーマだった。


「いい仕事をしてくれるじゃないか……で、料金は?」

「そうですね、服本体に加えて靴とかも用意したから──350ソルドってとこですかね」


 手元の計算機をパチパチと操作しながら、女店員はロゼのドレスアップの総額を告げる。


「400払おう。素晴らしいものをありがとう」


 適正価格よりも多く払う。


 その旨の発言を聞いた女店員はいやらしさ満載──俗に言う“ゲスい笑み”を浮かべ、中央に100と記された銀貨を受け取る。


 服は手に入れた。これで街を歩いていてもジロジロと好奇の視線を向けられることもあるまい。


 先程まではすごかった。


 主に通りかかる男性は100%と言っていいほど、ロゼの胸や尻を凝視していた。


 今ロゼが着ている服も、多少なりとも胸を主張している。


 だが、それも常識的な範囲内だ。これくらいならファッションの一環として認識されることだろう。


 目的である『ロゼのドレスアップ』を済ませればもうここには要はないだろう。


 女店員に再度礼を言ったテオは、未だ羞恥で悶えているロゼの手を掴み、服屋を後にするのだった。


   ◇ ◇ ◇


「へ、変じゃないだろうか……?」


 服屋を出て、再度街を歩くテオたちだったが、ロゼはど妙に自分の姿を気にしている様子だった。


 そんなロゼが気になりつつも、テオは変わり果てたロゼを褒める。


「変じゃねぇって。むしろ綺麗さ。こんな美人を連れて歩けることを神に感謝するほどな」

「き、きれ──!?」


 この言葉は決して世辞なんかではない。本心からそう思っているのだ。


 不純な理由──ロゼを恋人にするために引き取ったテオだったが、清楚かつ色気のある美人へと変貌したロゼを見たテオは、一瞬見惚れてしまったのだ。


 端的に言えば非常に魅力的。


 現段階では決してロゼに恋をしているわけではないのだが、思わず一目惚れしてしまいそうなほど……今のロゼが美しく思えたのだ。


 だからこそ気になるのだ。


(どうしてロゼは、こんな周りを気にする……?)


 思えば、服屋に行く時もそうだった。やけに周りを見渡しており、特に通行人に警戒していたのだ。


 5年もの奴隷時代があったのだ。人間を警戒するのも仕方ないだろう。……だとしても警戒しすぎなのではないか、とテオは思った。


 これは元々楽観的な性格であり、奴隷になったことがないテオの考えなのだから、ロゼがどんな思いを持っているか──分かるはずもない。


 幸い、ロゼはテオにある程度の信頼を寄せている。


 だからテオのすべきことは一つ。ロゼが安心して今日のお出掛けデートを楽しめるように先導エスコートすることだった。


「それじゃロゼ、どこか行きたいとこはあるか?」

「わ、私が決めるのか……?」

「久々のシャバだ。気になるものもあるんじゃないか?」

「ない、と言えばウソなのだが……」

「遠慮しないでくれ。俺はどこにだって付き合うぞ?」


 それが後押しとなったのか、「じゃあ……」と言って指を指す。


 ロゼが指を指した方向には多くの子どもと、その保護者らしき大人。そして僅かながらのカップルが集まっていた場所。


 それらの視線の先にあったのは、道化ピエロの格好をした大道芸人だった。


「……あれか。行ってみるか」


 テオの言葉に控えめに頷くと、ゆっくりと大道芸人の下へ歩いて行った。



「「「おおお~!!」」」

「ありがとうございます。では次に、マジックと参りましょう」


 歓声と拍手がの下へ行くと、どうやら次に披露するのはマジックのようだった。


 後ろにある小道具入れと思しき箱へボールやバトンを入れているところを見ると、どうやら先程までジャグリングを披露していたらしい。


「もしかしたら、今始まったばかりかもしれないな」

「……どうしてわかるんだ?」

「いや、あくまで予想だぞ? 俺が見た限りだとこういった催しでは、ジャグリング……たくさんのボールやバトンを自在に操る芸をやっていることが多いんだ。だから始まったばかりじゃないかって思っただけだ」

「本当に色々なことを知っているんだな、お前は……」


 そう言って、目の前のマジックへと意識を向けた。


 まず手始めと言わんばかりに、大道芸人はシルクハットを取り出す。


 これからどんなマジックを行うのか。多少なりとも大道芸に親しんでいる者であれば分かるだろう。


 世界中を旅し、時折滞在した街で同じ催しを何度も見たことのあるテオも同様だった。シルクハットを使ったマジックを何度も見ている。


 対して……5年間の奴隷時代に加え、森の深奥に住まうエルフのロゼは違う。


 どのようなことが起こるか、ということは分からず、そもそもマジックという言葉は聞いたことがあるものの、言葉の意味は知らない。


 そのため、これから何が起こるんだ──と目を輝かせていた。


「──それでは、参ります」


 そう言ってシルクハットを逆さまにした大道芸人は、底を軽くポンッと叩く。


 すると、中から可愛らしい白い鳩が顔を出した後にパタパタパタ……とシルクハットを飛び出し、大道芸人の頭へ止まった。


「おぉ……! 何もないところから鳩が出たぞ……!?」

「スゲェだろ? あれ以外にも色々な芸を持ってるんだぜ?」

「あぁ。素晴らしいな、あの人間は……!」


 それからも大道芸人は止まることなく、様々な芸が披露された。


 鳩の出現をはじめとした様々なマジック。ダイナミックなダンス。水晶玉のハンドリング──。


 それらを見るロゼの瞳はまるで子どものように輝いており、「一つ見逃さない」という意思を感じた。


 昨日、奴隷商会を壊滅した時に見せたもの──光を一切感じない、闇夜の如く暗く染まったあの瞳とは大違いだ。


 そんなロゼを見たテオは小さく笑みを浮かべると、ロゼと同じ方向へ向き直った。


 

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