第4話 元奴隷と一緒に帰宅しよう

「さぁ、これが俺の家だ」

「…………」


 あの後トライ・ミッドを後にし、ロゼはテオと共にテオの住む家──これからは自分の自宅となる場所に向かう。


 奴隷でなくなったことへの安心感からか、それとも今までの疲労からか──定かではないが、ロゼは馬車の中で眠りについていた。


 テオの繰る馬車に揺られて進むこと、約30分。

 

 テオの「着いたぞ」という呼びかけに眠気眼を擦り、まだ微睡から覚めないまま馬車から降りる。


 そして、テオの家を前にした時──ロゼを襲っていた睡魔は一気に吹き飛んだ。


 そこにあったのは、おおよそ個人所有しているとは思えないほどの巨大な家──否、屋敷だった。


「お~いロゼ? お前何固まってんだ?」

「…………」


 数刻前、テオは言った。『多少デカい家に住んでいる』、と。


 たしかにデカい。眼前に聳え立つ屋敷はたしかにデカいとも。


 だが、限度があるだろう。何が多少デカいだ。デカすぎるにもほどがあるだろう。


 この家はテオ一行が魔王を倒した時の褒美の一つだ。


 しかし、今のロゼはテオが勇者だということを知らない。ただの強い冒険者程度の認識だ。


 そのためこの屋敷を見た途端、名のある権力者なのではないか──と考えた。


 その認識はあながち間違っていない。


 魔王を倒したテオは恋人以外のあらゆるものを手に入れ、その中には権力も含まれている。


 表面上は『男爵』の爵位を持つ、貴族の一人だ。もっとも、テオの希望で領地は持たないのだが。


(もしかして、私はとんでもない男のもとに来てしまったのではないか……?)


 そんなことを考えながら、テオに促されるまま中へと足を踏み入れる。


 外見に違わず、家の中も広い。


 広いのだが────。


「何というか……やけに殺風景ではないか?」


 あまりにも室内が寂しく、思わず口に出てしまった。


 そんなロゼの言葉を気にすることなく、テオは先行して歩き続ける。


「とりあえずは……ここだな」

「……ここは?」

「大浴場。この家で一番のアピールポイントと言っていい」

「だい、よくじょう?」


 森の奥で過ごしていたロゼは、大浴場という言葉に聞き馴染みがない。


 そのため、大浴場というのがどのようなことをする場所なのか、いまいち理解ができなかった。


「エルフ風に言えば、身体を清める場所とでもいうか。シャワーはわかるか?」

 

 ロゼが頷く。


 シャワー程度であればわかる。


 夏であれば近くの泉で身体を清めていたが、冬の寒い季節になればエルフも暖かいシャワーで身体を清めていた。


「この国ではまだあまり浸透していないんだけど、東方の国では『風呂』と呼ばれるあったかい湯に浸かる文化があるんだ。で、この大浴場はその風呂を大勢で楽しめる場所だ」

「私が奴隷でいる間に、そんな文化が……」

「いつできたか、っていうのは知らんけどな。……ちょっと待ってろ、すぐに準備する」


 そんなことを話しているうちに、いつの間にか大浴場の前──大きめの籠がいくつもおかれた脱衣所についていた。


 そこで靴を脱ぎ、大浴場へと入るテオ。


 タイルで敷き詰められた床をペタペタと歩き、巨大な空の浴槽へ入る。


 ちょうど浴槽の真ん中へ到達した頃だろうか。徐にその場へしゃがむと、浴槽に片手をつく。


「──『アクア・ライン』」


 そう唱えると手を中心とした魔法陣が生成される。


 そしてパチンッと指を鳴らした数秒後。魔法陣からゴボゴボ……と音がなり、魔法陣の中心から噴水の如く水が湧き出てきた。


 テオが浴場から出て、ロゼの下へ戻る。


「とりあえずはこんなとこだな。1分もすれば水が溜まるだろ」

「……何をしたんだ?」

「魔術で水を作り出した。それだけの単純な話だ」

「……お前がどんな人間なのか、分からなくなるな」

「まぁ、それはおいおい話すとしよう」


 そんなことを話しているうちに。


 1分すぎるというのは存外に早いらしく、気づけば十分な水が浴槽へとたまっていた。


 あとはこの水を湯へと変えれば風呂の完成というわけだ。


 そして、肝心な湯へと変える──即ち、水を温める方法だが。


 水が溜まっていることを確認したテオは「ヨシ!」と指を指しながら満足気に頷くと、浴槽に両腕を入れる。そして、先程と同じように何かを唱えた。


「『ヘルバーニング・アジャスト』」


 次の瞬間、浴槽内の水がボコボコと音を立て、そこから無数の気泡を生み出した。


 その様子はさながら活火山の火口。噴火寸前となった火山がマグマを煮えたぎらせ、外へ排出する直前のようだった。


 時間にしてわずか10秒。


 テオが腕を抜くとすぐに気泡が収まり、あのマグマの如く煮えたぎっていた湯は、湯けむりが漂うだけのただの暖かそうな湯へと変貌した。


「たぶんこれぐらいでいいと思うが……ロゼ、手を入れて湯加減確認しな」

「そ、それに手を入れるのか?」

「大丈夫だ。見た目ほど熱くない」


 テオの言葉を信じ、恐る恐る手を入れる。


 すると────


「……温かい」

「大丈夫だろ? 湯加減はこれくらいでいいか?」

「あ、あぁ。大丈夫だ」

「よし、だったら今からここで身体を温めろ。そしたら次に案内する」


 そう言ったテオは浴場を後にし、どこかへ立ち去る。


 ロゼは困惑しながらも脱衣所へ戻って服を脱ぎ、初めての大浴場……そして初めての風呂を存分に堪能するのだった。



   ◇ ◇ ◇



 テオはロゼに対して、様々な施しを与えた。


 風呂で身体を清めさせ、温かな食事を与え、柔らかな布団で眠らせた。


 傍から見ればなんて優しきこと。神の如き慈愛を感じる。


 身寄りのない奴隷を引き取り、そしてこのような様々な施しを与えるなど普通にやってのけることなど不可能だ。


 勇者が奴隷を引き取り、共に過ごすことになった。


 この一報は瞬く間に国中へと広がり、誰もがテオを称賛した。中には『聖人勇者』と呼ぶものまでいたほどだ。


 たしかに傍から見ればそう思える。テオの行動は聖人の如き尊いものだ。


 しかし──まだ誰も知らない。


 テオは決して、ロゼのためにこういった行動をしているわけではなく、あくまで自分のために行動をしていることを。


「すぅ……すぅ……」


 ロゼが寝付いていることを確認したテオは、寝室をゆっくりと抜け出し、キッチンから拝借したワインを片手に、バルコニーへと出た。


 そこで怪しげな笑みを浮かべ、こう言った。


 ──いいぞ、この調子だ。もっと俺を信用するといい、と。


 テオの目的、それは。



「このままいけば、ロゼが俺に惚れること間違いなし……だ」



 ──ロゼを自分の恋人にすることだったのだ。


 商会を潰す依頼が来る前、テオは自分を一人の人間として見てくれる恋人が欲しいが、なかなかそんな人間が現れないことを嘆いていた。


 誰もが自分の権力にばかり目がいき、テオ=フリードリヒを見てくれる人間はいないのだ。


 そんな中でのあの依頼。


 依頼を完遂し、闇夜で佇むロゼを見た時、ふと思ったのだ。


 ──この際、解放した奴隷を恋人にすればいいや、と。


 幸い、ロゼは容姿が非常に整っており、テオの好みのタイプのど真ん中だ。


 さらには身寄りのないという境遇。


 ここで自分が手を差し伸べ、献身的に世話をすれば、いずれ自分に惹かれるであろう完璧な計画。……何よりも、金や権力で物事を見ないことが何よりも大きかった。


「さて、次はどんな手を使うか。楽しくなってきたぞ」


 魔王を倒してから半年。


 最初の一か月はまだ楽しみ事があったからよかったが、それ以降は何の楽しみもない鬱屈とした生活を送っていた。


 何もかもが簡単に手に入り、退屈すら感じていたテオだったが、このとき久しく『やりがい』を感じていたのだ。


「そうだな……奴隷生活で娯楽がなかっただろう。よし、明日は娯楽に焦点を当てるか……フフフ、ハハハハハハッ!」


 グラスの中に入ったワインをぐっと飲み干し、怪しげに笑いながらバルコニーを後にした。


 誰もが寝静まった深夜に響く笑い声と、浮かぶ怪しげな笑み。


 まるで魔王が高笑いしているかのようではあるが、それを行っているのが魔王を倒した張本人であるとは誰も思うまい────。



   ◇ ◇ ◇



 それは翌日の朝のこと。


 リビングルームで朝食を取っているとき、テオはロゼにある質問をした。


「ロゼ。お前は好きなことはあるか?」

「好きなこと、だと?」

「あぁ。奴隷になる前の趣味でも何でもいい」


 そうだな……と少し考えたロゼは、


「花を見るのが、好きだったな」


 懐かしむような顔でそう答えた。

 

「花か。故郷には花がよく咲いていたのか?」

「いや、珍しかった。だからこそ、狩りの帰りに花を探すのが一つの楽しみになっていた」

「なるほどねぇ……」


 花を見るのはテオも好きだ。


 金や権力に目が眩んで自分へ求愛してくる女をあしらった後に花を見ると、心が現れるようななんとも不思議な感覚に陥り、時折花鳥園へと足を運ぶほどだ。


 いつかは自分で花を育て、打ってみるのもいいかもしれないな、と思っていたところだ。


 そこで、テオは良き考えを思いついた。


 ──ここで花鳥園へ連れてって、親睦を深めれば一歩前進するのでは?


 そう考えたテオはすぐさま行動へと移した。


「よし、それじゃ飯食いに行ったら花鳥園行こう。いいところがある」

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