第3話 奴隷のあの娘をたぶらかそう

 戦闘時間、20分17秒。


 近隣国の騎士団を退け、ただの奴隷商会にしてはあまりにも強すぎる組織は、たった一人の男によって壊滅したのだった。


 相手が悪かったのだ。


 相手はあのテオ=フリードリヒ──魔王を倒した世界最強の男だ。勝てるはずがない。


 奴隷商会を壊滅させたテオは『偉大なる破壊の化身マハー・デーヴァ』を解き、元の姿へと戻った。


 それと同時に、背後から気配を感じる。


 振り返るとそこには、近くに待機させておいた仲間たちの姿があった。


「お疲れさん。終わったみたいだな」

「アタシたち、要らなかったよね?」


 帰ってきたテオに真っ先に声を掛けたのは、パーティーの中で最も体格に恵まれた巨漢、アルベール=デュラン。そしてその妻であるカトリーヌ=デュランだ。


 アルベールが見た目からしてパワー系であることは一目瞭然だが、カトリーヌもカトリーヌで、自分の身の丈ほどある得物を担いでおり、夫婦揃ってパワー系であることが伺える。


「いや、きっとテオなりに考えがあるのだろう。テオもバカではあるまい」

「さすがだ。もちろん考えあってのことだ」


 敵を殲滅するだけであれば自分たちはいらないのではないか?


 そんなもっともな意見に対し、腰に細剣を佩いた細身の男──エドワルド=ディナーレは異を唱えた。


 エドワルドは分かっていたのだ。テオがどんな理由で自分たちを呼んだのかを。


 そう言ったエドワルドは、自分の妻である最後のパーティーメンバー──ラヴィニア=ディナーレーを一瞥した。


 当のラヴィニアは首を傾げるばかりで、テオの考えは分かっていない様子だ。


「大方、奴隷たちの保護に我々がいる……といったところか。壊滅させるだけでなく、奴隷たちの保護をするまでが依頼だからな」


 ご名答とでも言わんばかりに、テオが頷く。


「敵をぶっ潰すことなら俺の独壇場だけど、そこから奴隷を保護するのは俺では無理でな。ただでさえ人間信じ切れなくなった奴隷だ。俺が行っても警戒されるだろうな~って思ってさ」

「そこでラヴィーたちということか」

「そういうこと。野郎が行くよりも、お姉さま方が行った方が奴隷たちも安心するだろ。あとアルベールはなんかガキに人気だから、比較的幼い奴隷にはいいんじゃないか、と思って」


 パンッと手を叩いたテオは、仲間たちへと指示を出す。


「それじゃあ、アルベールとカトリーヌ、それとラヴィーは中にいる奴隷を片っ端から解放してきてくれ。多少時間がかかってもいいから、奴隷たちを落ち着かせることを第一にしてくれ」

「テオ、私はどうする?」

「王国にひとっ走りして、馬車を連れてきてくれ。とりあえずはまず10台で。どれくらいかかる?」

「そうだな……片道で1分、といったところか。馬車を引き連れてくるのと合わせれば、20分ぐらいだな」

「オーケー。じゃあ、それで頼む」


 そう言うとエドワルドが魔術を唱え、身体に風を纏う。


 そして次の瞬間、エドワルドの姿がまるで消えたかのように見えなくなった。


「それじゃあ、俺たちも行ってくるぜ」

「おう、頼んだ」


 エドワルドが王国へ向かうと、アルベールたちもトライ・ミッドへと足を踏み入れ、奴隷たちの解放を始めた。


「さて……俺は、と……」


 仲間たちに指示を出した以上、自分が何もせずにサボるわけにもいけない。


 そう思ったテオは、自分が今すべきことを探す。


 商会は全員倒し、滅亡した。


 となれば後は、捕らわれた奴隷たちを全員解放し、王国へ無事に送り届け、各々の元々住んでいた場所に帰すことだ。


 奴隷たちの解放……アルベールたちが今やっている。


 王国へ送り届けるための馬車の準備……今エドワルドが向かっており、20分後には到着する予定だ。


 住んでいた場所に帰す……依頼の範囲外。ここからは王国の仕事だ。


 そこで、テオは一つの結論へと至った。


「──あれ、これもう俺いらないよな? 用済みよな?」


 先程のカトリーヌと同じような結論を導き出したテオは……。


「……ちょっと疲れたし、寝よ」


 手ごろな岩に背を預けると、そのまま目を瞑る。


 魔力を消費して疲れたのか、多少なりともテオは疲労感を感じており、目を閉じてから1分も経つとすうすうと寝息を立て始めた。


 ……数十分後、たくさんの奴隷を引き連れてきたアルベールたちに怒られたのま言うまでもない。



   ◇ ◇ ◇



 夜空というキャンパスに、無数の星屑が散りばめられる。


 実に美しい光景だ。


 街頭や照明──このような夜更けでも様々な光で彩られた王国では、美しい空を眺めることはまず珍しい。


 王国の民であれば誰もが目を輝かせる。実に幻想的な光景だ。


 そんな美しい空を、一人のエルフが見上げていた。


 歳は20歳前後。


 ダリオがとしたあの女冒険者を除けば、捕らえられていた女の奴隷では歳が上の方だ。


 基本的にダリオの率いた奴隷商会で扱う奴隷は、戦闘用の奴隷か性奴隷だ。


 その中でも女の奴隷は性奴隷が大半を占め、あの女冒険者みたいな戦闘用奴隷は珍しい。まぁ、恐らく性奴隷の目的でも使われるのだが。


 このエルフも性奴隷として商会に拉致されたのだが、この商会の性奴隷はどうにも平均年齢が低い。


 中には10歳にも満たないのではないかと思われる奴隷もおり、顧客の性癖が窺えた。


 ──もう壊滅した商会の話はさておき、だ。


 そんな彼女の瞳には光はない。まるでこの空のように──否、この空よりも暗く染まっていた。


 顔からは生気がまるで感じられず、無表情でひたすら眺めているその姿は人形を彷彿とさせた。


「よ、綺麗な空だな」


 半ば物言わぬ傀儡と化したエルフへと、一人の男が声をかける。


 その名は、テオ=フリードリヒ。

 

 突如トライ・ミッドに姿を現したと思ったら大暴れし、瞬く間に壊滅に追い込んだ張本人だ。


 エルフはゆっくりとテオへ視線を向け、ここでようやく人らしい反応を見せた。


「王国じゃあんまり見られないんだよな。元々旅をしてたから夜空の綺麗さは知ってるけど、やっぱりいつ見ても綺麗だわ」


 エルフに近づきながら、テオは言う。


「……お前、は?」

「テオ=フリードリヒ。お前を解放した奴らが言ってなかったか? 『奴隷商会は壊滅したから安心だ』って」


 テオの言葉にエルフが頷く。


「それをやったのが俺ってわけ」

「どうして……ここに?」

「王国に元奴隷を連れ帰っているとき、赤い髪をした10歳くらいの子どもが『ロゼお姉ちゃんがいない』って騒いでてな。で、探しに来たってわけ」


 テオの言う『赤い髪をした子ども』。


 エルフ改めてロゼは、その特徴をした奴隷に心当たりがあった。


「その子は、エルゼって名前……か?」

「ああ、たしかそんな名前だったな」


 ロゼは確信した。


 ──間違いない。あの子だ、と。


 エルゼとは、ロゼと一緒の房に閉じ込められた少女のことだ。


 本名はエルゼ=クラウス。


 ルーヴェ王国の近隣にある国の出身で、その国ではそれなりの地位を持った貴族の次女とのことだった。


 今となってはもう昔の話だが、今から1年前──まだ9歳の時に性奴隷として拉致されたエルゼは、商会の者に乱暴されそうになっていた。


 そこを同じ房に入っていたロゼが身代わりとなったことにより、その場においてはエルゼは純潔を失わずに済んだ──という経緯がある。


 そこからエルゼは妙に懐き、恩人であるロゼを実の姉のように慕っているのだ。


「お前がエルゼの言う、『ロゼお姉ちゃん』なんだな?」

「……あぁ。ロゼ=シュトルム、だ」

「それじゃあ、早速で悪いが一つ質問を。……なんでこんなところに残ってるんだ?」

「……帰る場所がないからだ」

「訳アリ……って感じだな。詳しくは聞かない方がいいか?」

「いや、大丈夫だ。もう何年も前のことだ……」


 そう言ったロゼは、『帰る場所』と言った意味、そして自分が奴隷になった経緯を語り始める。


 ロゼは奴隷になったのは、今から5年も前のこと。


 人里から離れた森の深奥。


 そこにロゼの故郷であるエルフの隠れ郷が一つ……『フリィの郷』があった。


 何の争いもない平穏そのものだったフリィの郷は、ある日奴隷商会によって壊滅させられたのだ。


「その生き残りがお前……ってことか」

「そうだ……。わかったか? 私にはもう、帰る場所はないんだ」


 


「じゃあ、ウチ来るか?」


 何とも唐突なタイミング。突拍子もない提案。


 ロゼもこの返答を予想していなかったのか、今まで一切変えることのなかった顔貌かおを驚愕に染めた。


「なっ──はぁ……?」

「だからウチ来るかって聞いてるんだけど」

「いや、そうじゃなくて!!」


 ロゼが強い口調で言い返す。


「どうして、だ? なぜ私を?」

「そうだな……俺って結構デカめの家持ってるんだけど俺一人しか住んでないからさ。手入れも大変だし、何よりこんな美人がいれば家に帰るのも楽しみになるかな~って」

「世辞はいい!! それよりも目的はなんなんだ!?」

「ん~……この理由じゃ気に入らない、か。そうだな……」


 少し考えて、テオは語る。


「お前、帰る場所失ったからって絶望してるけど、そこまで落ち込む必要ないんだと思うんだよな」

「……何故だ?」

「だって、なくなったら作ればいいじゃん。帰る場所っていうのは、自分で作るもんだと俺は思うんだ」

「──ッ!!」

「それをお前に教えてやろうと思って──って理由じゃダメか?」


 5年もの奴隷として生活を送ったという事情があり、基本的にロゼは人間を信用していない。


 かつてエルゼを庇った時もそうだった。一人の人間がロゼにこう言ったのだ。


 ──お前の身を差し出せば、そいつには一切手を出さない、と。


 たしかに、その時はエルゼに手を出さなかった。だがそれから数週間後、エルゼはその身を汚された。


 その時と同様に、テオからの提案も何か裏があるのではないか? そう勘繰ってしまう。


 しかし、だ。

 

 テオからはかつて自分を甘言で惑わして来た人間のような雰囲気は一切感じられない。


 テオを信じていいのか、それとも信じぬべきか。


 一度人間を信じることを辞めたロゼは、差し伸べられた手を握るか払うかの二者択一に頭を悩ませる。

 

 悩むに悩んだ末、ロゼの導き出した結論は──


「……わかった。お前に付いていこう」


 ──目の前の男テオを信じること、だった。


 その瞬間、奴隷だったエルフ──ロゼ=シュトルムが、魔王を倒した勇者──テオ=フリードリヒの庇護下に入ることが決定した。



 ちなみにだが……。


 ロゼの感じた『何か裏があるのではないか?』といった考えは間違いない。


 帰る場所は自分で作れることを教える──無論、それも理由の一つではあるが、本来の目的は別にある。


 その目的が何かは──今は語るまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る