第2話 社会のゴミ共を始末しよう その2

「いきなりだけど、派手に行かせてもらうぜ?」


 そう吐き捨てたテオは、剣を抜き、独特な構えを取る。


 それは剣術というには、あまりにも型破りであり、剣術というよりも祭事の際に踊る『奉納の舞』と言った方が近かった。


 ルーヴェ王国然り、他諸国然り──祭事の際には『奉納の舞』といって、祈りを捧げた演舞を行う。


 その型は国によって多種多様。


 猛る炎の如く力強いモノ、風に揺れる草木の如く静かなモノ──と、その国の特色が強く現れる。


 ルーヴェ王国の場合は、名前が『夜明け』を意味しているだけあり、まるで朝の喜びを表現するかのように、その舞は活気に満ち溢れている。


 左右両端に火をつけたトーチ棒を振り回すパフォーマンスは圧巻。祭事にはそのパフォーマンス見たさだけに国外から観光客が集まることも珍しくない。


 閑話休題。


 テオの繰り出す剣術──否、『剣舞』。それは如何ようのものなのか。


 それは遠くでこの光景を見るテオの仲間以外、誰一人とて計り知れないことだ。


「覚悟しろよ社会のゴミ共? お前らには魔王すら屈した、キッツ~イお仕置きをくれてやる!」


 そう宣言したテオは、ゆっくりと息を吐きながら独特な構えを解いてゆき、徐々に剣術の基本的な構えへと変える。


 構えを取るとその状態で停止。閉目し、何度か静かな呼吸を繰り返す。


「……へっ、何をするかと思ったらビビらせやがって! お前ら今がチャンスだ! なにかしでかす前にやっちまえ」

「「「おおおおおおおおお!!」」」


 誰かが突撃の合図Goサインを出し、静止しているテオへと一斉に飛びかかる。


 剣、斧、槍、棍棒。


 見事な連携、そして多種多様な武器による強烈な攻撃がテオを襲う。


 だというのに、未だテオは動く気配を見せず、攻撃を受けていることすらも知らぬ様子で、瞑想するかのように静止したままだ。


「うりゃァァァァァ!!」


 殺った。もう避けようがない。


 ──そう確信した刹那。


 繰り出した攻撃の数々がテオにあたることはなく、空を切る。それだけに留まらず、構成員たちはテオの姿を見失った。


 しかも、それがまた不可解。


 陽炎の如くテオの身体が揺らめき、まるで空気へと溶け込むかのように霧散したのだ。


「野郎どこ行きやがった!?」

「探せ探せ! 近くにいるはずだ!」


 そして、次の瞬間──。


「ぐあぁっ!?」

「ぎゃあっ!?」


 近くにいた構成員たちが血を流しながら次々と倒れていく。


 傷の形状が剣──テオの武器と同等であることや、これまでの状況からテオがやったことは間違いない。


 しかし、テオの姿が見えることはなく、次々と倒れていく。


 この不可解な状況に、構成員たちはただただ困惑するしかなく、一人また一人──と、成す術もなく倒れていくのだった。


   ◇ ◇ ◇


「あ~あ……アイツとうとう奥の手まで出したがったよ」

「街のゴロツキ程度に使う技じゃないでしょうアレ」

「『あの姿マハー・デーヴァ』になったときから薄々勘づいていたが……」

「……ドン引きです」


 トライ・ミッドより少し離れた小高い丘にて。


 姿を消したテオにやられている奴隷商会の姿を、テオの仲間たちは見ていた。


「アナタ、あれをどう思いますか?」

「……やりすぎとしか思えないな。あれじゃどっちが悪者かわからんぞ」


 奴隷商会たちには見えていないが、仲間たちの目にはしっかりと映っている。……狂気的な笑みを浮かべながら剣を振るテオが。


 実際、テオは消えたわけではなく、魔術か何かで姿を消したわけではない。


 でありながら構成員たちが見えていないのは、あまりにも超スピードであるからという単純な理由。


 一人一人が規格外の力を持つテオの仲間たちであれば視認が可能だが、それをただの奴隷商会に属するゴロツキ風情に求めるのは酷というものだろう。


 ──何しろ、この技は魔王ですら苦しめた技なのだ。一介のゴロツキが対応できるものではない。


 技の名を、『偉大なる破壊の夜マハー・シヴァーラートリ』。


 あの姿──『偉大なる破壊の化身マハー・デーヴァ』であることを条件として放たれる、超高速の剣舞である。


 魔王討伐の旅の折に各国を巡り、様々な奉納の舞を見て思いついたとテオは語る。


 超高速の秘訣は脚。


 可能な限りの脱力を行い、とある国の奉納の舞で見た足さばきを自己流にアレンジした結果、まるで陽炎の如く揺らめいて消える──という技巧を可能にした。


 動きは流水の如くしなやかに、しかして攻めは猛火の如く苛烈に──というのが技のコンセプト。


 奉納の舞で使われる祭具を剣に持ち替えたテオの舞を止めること叶わず。


 流水と猛火を彷彿とさせる剣舞を前にした者は、一切の例外なく地に伏すしか選ばれた道はなかった。


「……ふぅ、いい汗かいた。」


 軽く深呼吸をし、額あたりから流れた汗を拭ったテオの顔は明るい。まるで、目覚めのよい朝のようだ。


 しかし、周りを見渡せばそんな爽やかな様子は微塵も感じられない。


 テオの周りには何人もの男が血を流し倒れ、痛みに喘いでいた。


 と、そこへ。


「やはり、『夜明けの破壊者ルーヴェ・シャルヴ』……だったか」


 報告を受けたダリオが、トライ・ミッドの中にいた部下全員を引き連れ、テオの前へと立ちふさがる。


 その数はおよそ1万。外で哨戒していた数の約100倍もの人数だった。


 今しがたダリオが口にした言葉──『夜明けの破壊者ルーヴェ・シャルヴ』。


 それは『勇者』とは別にあるテオの異名だった。


 これは主に魔王側──つまり、魔族から呼ばれていた異名であり、圧倒的な力で魔族を打ち滅ぼしていったテオに畏怖を込めてつけられた名だった。


「お……? 親玉っぽいヤツが来たな」

「ダリオ=ジェルミーニ。ここの首領だ」

「で? その親玉が何の用? 素直につかまってくれるわけではなさそうだけど」

「あぁ。君に、提案……というか取引をしようと思ってだな」

「取引ィ~?」


 ダリオの言葉に、テオは訝しげに首を傾げた。


「この場は私たちを見逃してほしい。その代わり────」

「その代わり?」

「君に世界の半分をやろう!!」


 この時、テオは心の中でこう思った。


 なんて『いかにも悪役が言いそう』な、ベタなセリフなんだ。そんなセリフ、魔王でも吐かなかったぞ。


 ツッコミどころが満載ではあったが、一先ずはダリオの話に耳を傾ける。


「我々の力は徐々に高まりつつあり、このままの調子でいけば世界征服も容易い! そしてその折には世界の半分を君に渡そうというのだ!」


 たしかに、ここの構成員たちは腕利きの者ばかり。


 近隣国の騎士団を退けたというのは伊達ではなく、軍事力が低い小国程度であれば乗っ取ることすら可能だろう。


 しかし、それでも世界を征服できるというのは些か言い過ぎだった。


 正直言って、彼らの世界征服の夢は一瞬で砕け散ることとなろう。


 というのも、仮に世界征服を実行するのならば、足掛かりとしてまずすべきことがある。


 それは、トライ・ミッドにもっとも近い国……ルーヴェ王国の制圧だ。


 ルーヴェ王国が世界征服という蛮行を許すはずもなく、確実にトライ・ミッドを落とそうとするだろう。


 ただでさえ近隣国の騎士団を退けた存在だ。多くの戦力を導入するだろう。


 ルーヴェ王国を抑えつつも、世界征服を着々と進めるなんてことは困難であり、商会としてはもっとも邪魔になる存在──真っ先に攻め落としておきたいはずだ。


 その時点ですでにアウト。


 どういうことか。どう背伸びしたところで、商会がルーヴェ王国に勝てるはずもないのだ。


 これでもテオは魔王討伐後、特別指南役として騎士団に赴き、騎士たちの指導を行っていることもあり、ルーヴェ王国騎士団の力は熟知している。


 それと先程の戦闘を踏まえて比較する。商会の人間と騎士団がどちらは上か。


 答えは考えるまでもない。騎士団だ。


 つまり世界征服が叶うことはなく、この誘いに何のメリットもないのだ。乗る必要性がない。


 ……まぁ、元よりどんな素晴らしい交換条件を提示されたところで、誘いに乗る気は微塵もないのだが。


「なるほど。世界の半分、ね。それはさぞかし気分がいいんだろうな」


 しかし、テオは性格が悪い。敢えて誘いに興味が湧いたと思わせる。


「だろう? なんでも自分の思うまま。金、権力、女……この世の全てが手に入る」

「何!? 女もか! そりゃあいい! ちょうど結婚を考えていたところだ!」

「そうだ! 好きな女が好きなだけ手に入るぞ! ……叶えたければ、ここで私たちを見逃すのだ!」


 これは完全に落ちた。逃げ切れる。


 先程の一戦で構成員たちが、テオを殺したと確信した時のように、ダリオは勝ちの確信を得る。


 しかし、テオの答えはダリオが思っていたものとは真逆のもの。死刑宣告にも等しい、無慈悲な言葉だった。


「──いや、やっぱお前ら全員お仕置きだわ」

「なっ!?」

「よく考えてみればお前らが世界征服なんて思えないし、それ以前に世界征服ならたぶん俺でもできるし……メリットがないんだよな?」


 ごもっともだ。


 テオは魔王を倒した勇者。単純な戦闘能力でテオに適うものなどこの世にいるはずもなく、その気になれば世界征服も可能。


 こんなゴロツキに媚び諂って世界の半分をもらうなんてせずとも、自分の力で世界の全てを手に入れることだってできるのだ。


「ということで、お前らくたばれ☆」

「く……こちらが下手に出れば調子に乗りおって……!」


 ダリオが部下の1人から剣を受け取り、高く掲げる。


 すると1万人の部下がテオを周りを取り囲んだ。


「いくら勇者といえども、1万の大群には敵うまい! ……殺せェ!!」


 一斉に飛びかかる1万の大群。


 それを見たテオは「はぁ……」とため息をつきながら剣を鞘に納め、高く跳躍した。


 そして空中で手を掲げると同時に、先程のような狂気的な笑みを浮かべ、地上のダリオたちに向かって言い放った。


「つくづく救えないな、社会のゴミ共! そんなお前らにプレゼントだ!」


 テオの掲げた手にエネルギーが集まり、巨大な光球を形成。その光球は徐々に小さくなり、やがては拳程の大きさへと収まった。


 エネルギーを凝縮しているのだ。小さくなったから威力が弱まったわけではなく、むしろその逆。


 一点集中。


 同じ10の力でも広範囲に拡散させるのと、一点に集中させるのとでは威力が明らかに異なるのだ。


「──『恐怖の殲滅バイ・ラーヴァ』!」


 そう言い放つと共に、光球を投げつける。


 光球は猛スピードでダリオたちの立つ地面へと向かい、そして接触した瞬間──



 ──ドォォォォォン!!


 

 激しい閃光と轟音を鳴り響かせながら大爆発を起こした。


 しかも、ダリオとその部下たちが巻き込まれる程度のもの。奴隷たちが収監されているであろうトライ・ミッドには当たらないギリギリの範囲でだ。


 爆発に巻き込まれたダリオたちは一つの例外なく地面に倒れ伏しており、近くに転がっていたダリオの身体に片脚を乗せ、テオは言い放った。



 

「それくらいで女が手に入るんなら苦労はしねぇ! 本当の意味で女を手に入れるっていうのは、魔王を倒すことよりも難しいんだよォ!」


 テオの心からの言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る