第1話 社会のゴミ共を始末しよう その1

 ──ルーヴェ王国。


 名に『夜明け』の意味を持ち、世界のほぼ中心に位置する大国──それがルーヴェ王国だ。


 そこから東に約10キロ進んだ地点に、巨大な要塞がある。


 通称、“トライ・ミッド”。


 トライ・ミッドは今から100年程前──ルーヴェ王国の傘下に入っていた、とある軍事国家が所有していた軍事要塞だったのだが、100年前に滅亡した時に放棄されたものだ。


 とは言え、今現在全くもって使われていないかと言えば、答えは『No』。


 某国が滅びてからは周辺の諸国で管理するだけであり、どの国も所有していなかったトライ・ミッドだが、現在は所有者がいる。


 その者の名は、ダリオ=ジェルミーニ。


 かつては某国の近衛騎士団長を務めていた猛者であったが、今ではその栄光も廃れ──現在は『奴隷商会』を率いる外道である。


 奴隷商会の仕事は主に二つ。


 1つ、商品となる奴隷を攫ってくること。2つ、それを売りつけること。


 女、子どもは奴隷としてポピュラーではあるが、時々『屈強な奴隷が欲しい』と要求する客もいる。


 そんな客の要望に応えるべく、奴隷商会の外道には戦闘に長けた者が多い。


 特にダリオは元近衛騎士団長まで務めた男だ。半端な実力では打ち倒すことは困難であり、ダリオが目を付ければまず間違いなく攫われてしまう。


 そして、それは今日も同じ。


 商会設立より懇意にしている顧客の『強くて可愛い奴隷が欲しい』という要望に応えるため、つい先ほど冒険者をしている若い女を攫ってきたところだ。


 女の冒険者としての階位はCクラス……俗に中級冒険者と言われ、顧客の要望にはしっかりと当てはまる。


 Cクラスというからにはそこそこの実力を持っており、そこらのゴロツキ程度であれば難なくあしらうことができる。


 さらには容姿も整っている。


 23歳という若さと、それに見合わぬ童顔。にも拘わらず、出るところはしっかりと出ている。


 昨今、『ロリコン』と呼ばれる顧客が多く、こういった手合いは幼い容姿をしたものが好まれており、この女冒険者は近年稀にみる最高級の商品といえよう。


「フフフ……我ながらいい仕事をしたものだ」


 独房に閉じ込めた女冒険者を舐め回すかのように見据え、下卑た笑みを浮かべる。


「ひっ……や、やめて」

「んん~、いい反応だ。これは事の最中は、さぞかしいい声を出してくれるだろうな」


 ダリオはこれからの行為に胸が高鳴っていた。


 奴隷の売買は明日の予定──それまではこの女の所有権は自分にある。最近だったダリオは、今日は久々に、この女を使ってとしていたのだ。


「嫌ぁ……誰か助けて……!」

「そう怖がることはない。すぐに慣れる」


 独房の鍵を開け、中へ入る。


 息を荒げたダリオが恐怖に怯える女冒険者へと近づき、一思いに押し倒そうとしたその瞬間のことだ。

 

 果たして女冒険者の願いが届いたのか否か……定かではないが、ともかくだ。女冒険者は幸運にも難を逃れた。


 というのも、ダリオの下へ一人の部下が慌てて飛び込んできたのだ。


「ダ、ダリオのお頭! 大変です!」

「何事か? せっかくお楽しみのところだったというのに──」

「し、侵入者が現れました!」

「侵入者だと?」


 部下から突如として届いた、侵入者の報告。それを聞いたダリオは鼻で笑った。


 というのも、前述のように商会には手練れが多い。


 今や商会全体の戦力は一国の騎士団にすら匹敵し、事実かつて攻め込んできた近隣国の騎士団を幾度となく退けた実績がある。


 それ故、安易に攻め込んでくることはなく、商会も今日まで自由に動けたのだ。


 そんな中、侵入者が来たという。


 それがどうした? 相手がどこの国の騎士団は知らぬが、以前みたいに叩き潰してやればいい──そうダリオは考えていた。


 そのため、この部下の焦りに疑問を覚えていた。


「落ち着け。相手はどこの国で、どれくらいの規模だ?」

「ひ、一人です! すでに外にいた者の半分が戦闘不能になりました!」

「な、何だと……ッ!? どこのどいつだ!?」

 

 動揺したダリオは女冒険者から離れ、逆に部下へと詰め寄る。


 そして次の瞬間、部下の口から侵入者の素性を耳にした瞬間。


 ダリオの顔は蒼白とし、先程の女冒険者のように恐怖と絶望を胸に抱くことになあるのだった。



「ヤツです……! 『夜明けの破壊者ルーヴェ・シャルヴ』です!」


 部下の口から告げられた『夜明けの破壊者ルーヴェ・シャルヴ』という名。


 その名が示す者は、ルーヴェ王国……否、今やこの世界の英雄。半年前、前人未到の偉業を成した英雄の名だ。


 ──名を、テオ=フリードリヒ。


 かつてこの世界を混沌に陥れ、魔物を率いて人類を支配しようとした仇敵──『魔王』を討伐した者だ。


   ◇ ◇ ◇


 全ては、ほんのごく短い時間の出来事だった。


 奴隷商会に所属する手練れ……推定2万と5000人。


 それだけの大群を前にたった一人で正面から戦いを挑み、そして数十分程度の僅かな時間で、さらに身体にほんの些細な傷も追わずに制圧したのだ。


 生まれ故郷──ルーヴェ王国にて。


 魔王討伐の旅より懇意にしていた王直々の勅命で、トライ・ミッドに巣食う『奴隷商会の外道』を殲滅するように言われたテオ。


 かつて共に旅をした仲間に連絡を取り、仲間とトライ・ミッドに向かったテオ一向。

 

 時刻は夜の11時を回り、数十分で日付の変わる深夜。奇襲を仕掛けるに最適な条件下ロケーションだ。


 しかしテオは奇襲を仕掛けることなく。さらに到着するや否や、奇妙なことを言い出したのだ。


 曰く──合図するまで待機、と。


 相手は2万を超え、幾度となく近隣国の騎士団を退けた存在。そんな場所へ一人で、正面から乗り込むなど正気の沙汰でない。みすみす死にに行くようなものだ。


 しかし、これを言い出したのはテオ=フリードリヒ。となればそれは『無謀』ではなく、考えがあっての『作戦』へと様変わりする。


 ……ともかく、だ。


 テオの言いつけ通り、トライ・ミッド周辺にて待機した仲間の下を離れ、敵の本拠地へと向かう。


 その足取りは、おおよそこれから戦う者の足取りではない。


 あくまで軽く、商店まで買い物に行く主婦のような足取りだ。


「ここ、奴隷商会の本拠地で合ってる?」


 特徴的な四面体の建物の外。そこには約100人の構成員が哨戒していた。


 中へとゆっくり歩いて行ったテオは、まるで八百屋の店主にオススメの野菜を尋ねるかのように、近くにいた構成員の一人へと話しかける。


「なんだァ? テメェ……」

「いやぁ、ここに奴隷商会があるって聞いて。念のため、確認を。ホラ、報連相大事って言うじゃん?」

「嘗めてんのかテメェ! ぶっ殺すぞ!?」


 構成員の一人が腰に佩いたを剣を抜き、テオの喉元へ切先を突きつける。


 普通なら多少なりとも動揺を見せるであろう状況。


 しかしこの程度の脅しがテオに通用するはずもなく、実に涼しい顔をしていた。


「で、結局ここは奴隷商会ってことでオッケーね?」


 そう言うと、テオは突き付けられた剣の刃を親指と人差し指で摘み、力を込める。すると剣が音を立てて崩壊し、武器としての意を失った。


 唖然とする構成員。


 それを余所に傍らをすり抜け、さらに奥深くへと向かっていった。


 道中、剣を壊した構成員のように何度も絡まれる。が、その全てを悉く無視して、ひたすら前へ進み続けた。


 やがて──建物の入り口にさしかかったところで、ピタリと足を止める。


 足を止めたテオは周りを取り囲む構成員たちを余所に、喉元をトントン、と軽く叩いた次の瞬間、


「君たちは~、に完全に包囲されている~。無駄な抵抗はやめて~、大人しく投降しなさ~い。従わぬのならば、全員痛い目に遭ってもら~う」


 何とも気だるそうな、しかし大きな声で、その場にいる全員に聞こえるよう叫んだ。


 テオからの勧告。


 それを聞いた構成員たちはしばらくの間唖然とし、そして数秒の沈黙のあと一斉に笑い出した。


「聞いたかよ!! 4人の大群だってよ!」

「少ねぇにもほどがあるだろ!」

「そんな戦ウチら『奴隷商会』に勝てるわけないだろう!」


 ──ぎゃはははは!!


 構成員たちの下品な笑い声が、闇夜に響き渡る。


 しかし、彼らはまだ知らない。


 目の前の男の言葉は決して戯言ではなく、実現可能に足る実力を秘めていることを。


 そして、優しく言っているうちが華。拒めばその笑いがいつまでも続くことはなく、すぐに恐怖と絶望に塗り替えられることを。


「降伏の意志はなし、ね」

「あ? なん──」


 言葉を最後まで聞くことなく、テオは閉目し、両の拳を合わせた独特な構えを取り瞑想する。


 すると、テオの腹の内より力が徐々に沸き上がり、一気に増幅。燃え盛る炎のような赫いオーラがテオに全身へと纏わりつく。


 やがて──額には通常とは逆方向に開眼した『第三の目』が現れたのを最後に、テオの変化が収まった。


「な、なんだァその姿……!?」

「に、人間じゃねぇ……!」


 変化を終えたテオの姿を認めた構成員たちは、先程までの余裕は何処へ行ったのか、誰一人の例外なく、テオに恐怖していた。


 額に開眼した第三の目、身体に纏わりつく赫いオーラ。


 それなりの手練れである彼らは本能で感じ取ったのだ。──コイツはヤバい、関わっていいものではないと。


 彼らの認識は正しい。


 テオが変貌したその姿──名を『偉大なる破壊の化身マハー・デーヴァ』。


 この姿は人間が──いや、人間を超越した存在であろうとまともに相手をしてよいものではない。


 何しろ、この姿は魔王を討伐した時に変化した、テオの最強戦闘形態。


 普段の飄々とした性格のテオが、全てを破壊する戦闘狂に変貌することと引き換えに万物を破壊する力を手にする。一歩使い方を間違えれば、世界の法則が乱れるほど危険なモノだった。 


「忠告はしたぞ。にも拘わらず、大人しくしないってことは──」




「──ぶっ潰されたいってことだよなァ!? いくぞ社会のゴミ共ォ!!」


 そう言い終えた刹那──テオによる蹂躙が始まった。

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