独り身勇者が奴隷エルフを迎えたら。

涼ノ瀬 亜藍

プロローグ 英雄は恋人が欲しい

「彼女が欲しい。俺を勇者としてでなく、一人の男として見てくれる彼女が」


 広い屋敷の中──自分以外誰もいない空間にて、男は一人呟いた。


 男は嘆いていた。


 男は半年前、誰もが成し遂げることのできなかった偉業を達した。


 この世界にはかつて魔王と呼ばれる人類の仇敵が存在していたのだが、男は長い──とは言っても数年ほどの旅の末、仲間と共に魔王を撃破。


 何百何千と前から終ぞ倒すことのできなかった魔王を倒したのだから、それはもう盛大に担ぎ上げられ、盛大に祝われたものだ。成し遂げた男たちはまさに前人未到の領域に踏み込んだといえよう。


 かくして男と仲間たちからは『英雄』と呼ばれ、特に男に至っては『勇者』と呼ばれるようになった。


 そして、魔王を倒した報奨として様々なものを手に入れた。


 富、権力、名声──。おおよそ、男に手に入らないものはなかった。


 最高級の屋敷に住まい、最高級の食事を行い、最高級の娯楽に興じる──。


 人生の勝ち組とはこのことだろう。

 

 わざわざ命を投げうってまで偉業を達したのだから、これくらいのことをしてもらっても罰は当たらないだろう。


 男はそう思い、しばらくは『富裕層ブルジョワジー』の暮らしを満喫していた。


 ──しかし、1ヶ月も経った頃。


「……飽きた。というか疲れた」


 男はこの裕福な暮らしに、疲れ始めていた。


 そもそも男は元々、平凡な暮らしをしていた平民の出だ。かつて名を轟かせた代将軍だとか、大魔導士の血族などというオチはない。どこにでもある普通の家庭で生まれ育ったのだ。


 魔王討伐の旅に出たのも、使命がどうとかいうものではなく、もっと不純な動機。


 即ち──男はモテたかったのだ。


 これは魔王討伐の旅に出る1年前のこと。


 成人とされる15歳を迎えた男はある悩みを抱えていたのだ。


 それは、なかなか恋人ができないこと。


 自分の近所に住む同年代の者の多くが恋人を抱え、挙句は婚約をしている者すらいた。


 そんな中、男はというと──浮いた話もなければ、その気配すらない。


 これはマズい。男はそんな危機感を抱いた。

 

 危機感を抱いた男の内から湧き上がってきたのは、『とりあえず恋人が欲しい』という、思春期であれば誰もが一度は抱くごく自然の感情。


 今まで同年代が抱き、そしてそれに向かい邁進する中、ひたすら趣味に費やしていた男が抱くことのなかった感情を、ようやく抱いたのだ。


 周りは恋人を作って生活をエンジョイしているにも関わらず、自分だけ独り身であることの疎外感。そんな自分を見て、周りがクスクスと嘲笑するという被害妄想。


 そして何よりも──恋人がいないよりはいた方が楽しいという思考により、男は恋人を作ろうとしたのだ。


 しかし、どうしたものか──そう男は悩んだ。


 悩んで悩んで、悩みぬいた結果……一つの結論に至る。


 それは『何か大きなことを成し遂げる』ということだった。


 大きなことを成し遂げた自分の姿を見て、誰か惹かれる者がいるかもしれない。そんな希望的観測から、大きな目標を立て、それを成し遂げることを目標に据えた。


 どうせなら、まだ誰も達成したことのない偉業の方がいい。ただでさえ自分はスタートダッシュに失敗しているのだ。


 そんな男の定めた『偉業』が魔王討伐だった。


 ……随分とぶっ飛んだ目標である。どうしてそうなったのか。


 しかし、4年後には実際に成し遂げてしまったのだから驚嘆にむせぶしかない。


 ──こうして、かねての悲願を達した男。


 目論見どおり、男の周りにはたくさんの女が集まり、そして男へと求愛した。中には結婚を前提にお付き合いを──と言われたこともあった。


 のだが……男は気付いてしまったのだ。


 彼女らが自分と結婚したいという気持ちは本物だろう。


 しかし、それは自分が好きなのではない。肩書が好きなのだ、ということ。


 つまり、勇者である男が好きなのであって、一人の男として見ていない。金や権力……それらに惹かれて集まってきたということだ。


 そして冒頭へと戻る。


「だけど、結局俺を金と権力でしか見てくれないんだよなぁ……」


 手元に置かれたグラスを一口呷り、嘆きを続ける。


 中身は酒。アルコール度数が限りなく低い酒だった。


 とはいえ、日の高い昼間から酒浸り──そこまでの量ではないのだが──になっていることは事実。精神のすり減り具合が窺えた。


 今日も何人もの女性から求愛された。


 しかしその瞳に自分の姿はなく、自分の後ろにあるもの──金、権力、名声しか映っていない。


 幾人もの女性を見てきた男は、いつの間にか瞳を見るだけでその者の感情が読み取れるようになっていた。恋愛という限局された場面のみで、求愛してくる女性が自分を本当に男として好いてるのか否かのみではあるが。


「はぁ~……俺には無理なのか? せっかく苦労して魔王倒したっていうのに、やっぱり俺に恋人ができるのは無理なのか……?」


 柄にもなく落ち込む男。


 そんな中、男の下に来訪者が来る。


 ドアベルの音が鳴り響くとともに聞こえる声。それは、国王の側近だった。


「勇者さま、いらっしゃいますでしょうか?」

「はいはい、どうしたー?」

「実は、陛下が取り急ぎ相談したいことがあると」


 ……めんどくせぇ。


 側近の言葉を聞いた男は内心でそう呟いた。


 しかし、魔王討伐の時より懇意にしている王の頼みだ。無視したいところではあるが、そうもいかなかった。


「……分かった、すぐに向かおう」

 

 重い腰を上げた男は側近の後に続き、王城へと向かうのだった。





 ──男はまだ知らない。


 この王からの相談が引き金となり、運命的な出会いを果たすことを。

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