第8話 紫乃の告白
どこか吹っ切れたような、満足そうな双葉を背に、数歩後ろを歩く紫乃は重い足取りだった。
その心に渦巻いているのは、先ほどの双葉の言葉。
――伝えなくちゃ、意味がない。
痛いほど突き刺さった。
そして双葉のどこか寂しげな笑顔も。
「ねぇ、双葉……」
「ん~なに?」
双葉がくるっと振り返る。
可愛げなツインテールがさらりと揺れた。
「えっとさ……何バカなこと聞いてんのって思うかもしれないんだけどさ……」
「なになに?」
「えっとっ……」
興味津々といった風に顔を近づけてくる双葉。
紫乃は、一瞬の沈黙ののち思い切って訊ねてみた。
「双葉の好きな人って……男、それとも……女?」
「ふ、ふえっ⁉」
双葉が驚いたように飛び上がる。
それに合わせるように、ツインテールもビクッと揺れた。
真っ白な頬がすぐに赤く色づく。
「な、何でっ……そ、そんなこと聞くの?」
「い、いや……気になったから」
ふ~ん? というように半眼を向ける双葉から視線をそらす。
双葉は紫乃が訊ねてきた真意を量っているかのようだった。
何てこと聞いたんだ、と内心後悔する。
こんな意味深なことを聞いたら、下手をすれば双葉に自分の気持ちを知られてしまう危険性があるのに。
しかし、双葉が好きになった人物について気になって仕方なかった。
「知りたい?」
「だから……聞いてんじゃん」
悪戯っぽく笑うが、赤面していて双葉も余裕がない。
彼女が好きになった人物。
それが男子なのか、女子なのか。
(もし女だったら、ちょっと……キツい)
いつも双葉とは一番近くで過ごしてきたつもりだ。
彼女とは最も仲がいい――紫乃の中にはそういう自負があった。
だけど、もし女子って言ったら。
自分は双葉を心から応援できるだろうか。
こんな質問をしておきながら、8割がた男子と答えるのは目に見えている。しかし、万が一にでも彼女がそう言った時、自分は――。
双葉がゆっくりと口を開く。
「……女の子。私が好きになったのは、女の子だよ」
二回。
敢えて、女子であることを強調するように告げた。
「そ、そう……なんだ」
それを聞いた紫乃の体から力が抜ける。
聞いておきながら後悔した。
今度の後悔は、聞いた後悔。
こんなこと、聞かなきゃよかった。
双葉に対してずっと我慢してきた。自分の気持ちをジッと押し殺してきた。
なのに双葉が好きになったのは女の子。
何だか遣る瀬無かった。
これまでの我慢の行き場を見つけられなかった。
「……紫乃?」
落胆する紫乃を覗き込む。
「み、見ないで……っ」
だが紫乃は、今の顔を見られないように手を双葉の前でかざした。
自然と涙が零れ落ちる。
雨はもう降っていないのに、アスファルトにシミがポツポツとできていった。
「えっ、どうしたのっ……?」
突然の涙に、双葉は困惑する。
初めて見た紫乃の姿に動揺が隠し切れないようだった。
(ああ……何やってんだろ私)
口に涙が入る。
生暖かくて、しょっぱかった。
胸に溜めていた言葉が、いっぱいになって口から零れ落ちる。
「……ふ、双葉」
「なに…………?」
「私……双葉が好き……大好き」
「―――え、ええっ⁉ き、急に……ど、どうしっ……」
一瞬の沈黙の後、紫乃の告白に双葉が瞠目する。
声も裏返っていた。
「急じゃない……ずっと大好きだった……っ」
真っすぐ、涙に濡れた瞳を双葉に向ける。
ずっと言いたかったその一言――この言葉を言った途端に胸のしこりが取れていく感覚がした。
ストッパーが外れたように、彼女への言葉があふれ出す。
ずっと押し殺していた、双葉への言葉。
だけど紫乃は気づいていた。
双葉には既に好きな人がいる――だから自分がいくら告白した所で意味がないってこと。
整った相貌を涙でクシャクシャにしつつ吐露していく。
これが最後。
……こういう関係性はもうこれで終わりだと。
もしかしたら、一緒に帰るのもこれが最後になってしまうかもしれない。学校でも疎遠になってしまうかもしれない。
そう思うと、よりつらくて涙が止まらなかった。
「だ、だからっ……」
小刻みに震える肩。
涙なんか見せるタイプでもないのに。
泣いたって、何も変わらないのに。
胸が涙で張り裂けそうになりながらも、紫乃は双葉に告白した――。
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