第7話 紫陽花の花言葉

「う~ん、楽すぎる~!」


 登りと違い、下りは双葉もスムーズだった。

 せっせと降りていく。

登りの半分もかからずに石段の中腹に差し掛かった。

 ふとそこで双葉が足を止めた。


「あ、紫陽花だ」


 彼女が見つめる方向を見ると、石段から少し外れたところに青々とした紫陽花が咲き誇っている。

 登りの時は、石段を上がるのに必死で気づいていたなかった。


「ほんとだ。紫陽花見るの、久しぶりかも」


 紫乃も立ち止まる。

 一株だけであるが、しっかりとした大きな花がいくつも咲いている。

双葉が不意に口走った。


「ねぇ、知ってる? 紫陽花の花言葉」


「――え?」


 思わず彼女を見ると、双葉はどこか遠くを見ているような瞳をしていた。

 少し寂しそうな、物思いに耽っているような。


「紫陽花の花言葉って、色によって色々あるんだけどね。青は冷淡とか無情って意味なんだって」


「そうなんだ」


「……なんだか、悲しい印象じゃない?」


「まぁ、確かに。あんまりいいイメージじゃないかな」


 ちょっと寂しいね、と苦笑する。

 その言葉を聞いて双葉は息を吸い込んだ。


「だけど、もう一つ意味があって………そのもう一つっていうのが“辛抱強い愛情”なんだって」


 そういうと双葉は微笑を浮かべながら隣に佇む紫乃を見上げた。

 笑っているはずなのに、どこか儚げだった。


「えっと……双葉?」


「いい花言葉だよね、辛抱強い愛情…………まぁ、辛抱強くても伝えられなきゃ意味ないんだけどさっ」


 眉を顰めて苦笑する。

 紫乃はその表情を見て、たまらなく胸が締め付けられた。

 伝えられなきゃ意味がない――。

 先ほどのおみくじを思い出した。

 双葉とは小学生の頃からの付き合い。

 楽しい日々も喧嘩した日々もずっと、彼女の隣で人生を歩んできた。

その間にいつの間にか生まれていた恋心。

 彼女なしでは生きていけない、と気づいたある日。

 それを紫乃ははっきりと認識した。

 だが認識はしたものの、すぐに封印した。

 女子に恋するなんて叶わぬものだったから。

 いや、自分自身が叶わぬものと決めつけたから――。


「それじゃあ、行こっか」


 双葉が再びゆっくりと石段を下り始める。


(伝えられなきゃ……意味ないんだよね)


 その小さな背が遠ざかっていく。

 紫乃はギュッと自分の胸の前で拳を握りしめた。

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