第5話 紫乃の願い事

「今度こそ、やっとついた~!」


 歓喜の声をあげる双葉。



「お疲れ様っ」


 紫乃はポンポンと彼女の肩を叩いた。

 もちろん紫乃も疲れているが、双葉ほどではない。

 今来た道を振り返ると、街を一望できる景色が広がっていた。

 雨が上がったこともあり、ところどころ雲の隙間から光がさしている。霧がかかった箇所があったり、日が照らしている場所があったり、なかなか幻想的な景色を演出していた。

 これが見えただけでも登ってきた価値があった、と紫乃は一人頷く。


「綺麗だね、双葉」


 同意を求めるように、彼女に声を掛ける。

 しかし、双葉がいる筈の方向から声は聞こえなかった。


(……あれ?)


 おかしく思い振り返ると、先ほどまで膝に手を当てていたはずの彼女はそこにはいなかった。

辺りを見回すと、双葉は早速拝殿に向かって歩き出していた。

 よっぽど恋の願いを叶えたいのだろう。

 この景色には目もくれていない。


「もう、急ぎすぎだって……」


 紫乃は苦笑しつつ彼女の後を追った。


     ※


 参拝客は紫乃たち以外には誰もいなかった。

 閑散とした参道を抜け、拝殿の前に立つ。


「じゃ、参拝しよっか」


 そう言って双葉が財布から五円玉を取り出した。


「これって、何拍何礼だっけ?」


「えーっと………二礼二拍手一礼だって」


 スマホを取り出して確認した双葉は、そう言うと手本を見せてくれる。

 なかなかに綺麗な拝礼だった。

 紫乃も双葉に続く。


(……ええと、お願いは――……)


 手を合わせた瞬間、逡巡する。

 自分が今日この神社に来た理由は、双葉に頼まれたから。

 そのため紫乃としては、双葉と好きな人がうまくいくようにお願いするのが筋だ。筋なのだが、双葉が第三者とイチャイチャしている――その姿を想像した途端、紫乃に躊躇いが生まれてしまった。

 双葉が、誰かに甘える瞬間。

 いつも自分に向けてくれる笑顔を他の誰かに向けている双葉。

 それを想像すると、素直にお願いできなかった。

 チラッと隣を見る。

 双葉は紫乃の葛藤など露知らずといった様子で必死そうにお願いしていた。

 それを見て、躊躇ってしまった自分を恥じる。


(……双葉の恋、私が応援しなきゃ)


 一番仲のいい幼馴染の恋を自分が応援しないで誰がするっていうんだ。

 紫乃は「お願いします」と手を合わせ、双葉の恋が上手くいくよう切に祈った。

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