第3話 双葉の好きな人
「うぅ~、まだ痛い~……」
「それくらいで済んだのをありがたく思いなさい」
双葉はまだ頭を押さえている。
大袈裟に涙目まで作って恨めしそうに紫乃を睨むが、紫乃は相変わらずといったしかめっ面をしている。
(……人の気も知らないでぇ~)
なじるように隣を歩く彼女を見つめた。
悪いのは、間違いなく双葉だ。
そりゃ勝手に紫乃が好きなクラスメイト達からのお願いを言葉巧みに断っていたのだから。
クラスメイトにも紫乃にも悪いことをしたとは思っている。
しかし、その罪悪感以上に双葉は叶えたかった。
彼女と幼馴染を越えた関係になりたかった。
だけど。
あと一歩という一歩を双葉は踏み出せずにいた。
紫乃は恋愛に対してあまり興味がないような素振りをよく見せる。
他の女子と話をしていたら、いつの間にかどこかに行ってしまっているし、彼女の口から好きな男子の名前を聞いたこともない。あからさまに嫌がるという訳ではないけれど、どこか鬱陶しそうな雰囲気を出していた。
あまり彼女と恋バナをしてこなかったのもそのためだった。
ずっと好きでいる、というのも悪くない。
好きでいるだけならフラれるということは絶対ないのだから。
もし、紫乃に好きな人がいた場合でも、勝手に自分が彼女の事をよく思っていただけなのだから、大して傷つかないだろう。
しかし、そうやって過ごす毎日、モヤモヤした。
すごくモヤモヤした。
紫乃に好きって言いたい。
――恋人になって欲しい、って言いたい。
おどけた風にならなんだって言える。
ふざけた感じであれば、紫乃に対してあざとい仕草をしたりカマをかけてみたりすることも恥じらいなくできた。あわよくば自分の気持ちを分かって欲しいと思ってもいたが、一向に気づいてくれる気配は見せてくれない。
むしろ鬱陶しそうに目を背けられてしまう。
なんだが、逆に遠ざかっているようでつらかった。
「そういえば、なんだけどさ……」
「ん、どしたの?」
「双葉って、好きな人とかいないの? ……私ばっかり聞くけどさ」
どうなのよ、という風に傘越しに双葉を見つめてきた。
「えっ、私?」
「そっ。私に聞いてきたんだから、双葉も自分の事答えなくちゃ」
いないの、と楽し気に目を細める。
これは予想外の展開だった。
まさか紫乃から自分の恋愛事情を聴いてくるなんて。
(これ、チャンスかもっ)
双葉はずっと紫乃と行きたい場所があった。
それは最近、一部の女子達の間で話題の噂の神社。
その神社でおみくじを引いて二人とも恋愛運がよければ、二人の恋愛が成就するともっぱらの噂になっているのだ。
それを聞いてから、双葉は紫乃と行くチャンスを狙っていた。
ずっと脳内シミュレーションをしていた成果が現れる時が来たのだ。
噂を本気にしている訳ではないけれど、願掛けをしてカップル気分だけでも味わってみたい。
双葉はもったいぶったように下唇に手を当てた。
「――――実は私、好きな人いるんだ」
鈴のように透き通った声が響く。
そして「知らなかったでしょ」と小悪魔な瞳を紫乃にむけた。
「え……まじで?」
すると案の定、キョトンとした紫乃が声をこぼす。
「あ、あの……玉砕モンスターって言われてる双葉に好きな人なんて……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私そんな風に呼ばれてるの⁉」
初耳すぎる異名に双葉は思わず目を剥いた。
なんかめちゃくちゃダサい。
「だって告白、尽くフッてるじゃん」
「そ、それは……そうだけどさ」
正論なので反論もできない。
(だ、誰のせいで断ってると思ってるのよ……!)
双葉が「玉砕モンスター」と言われるに至った元凶を前に歯噛みする。
だが紫乃は意に介していない様子のままだった。
「で、誰が好きなの? 前の席の山根とか?」
嬉々として双葉が好きそうな面子を予想していく。
(あんたじゃい!)
楽し気に予想していく紫乃をじれったく思う。
素直にこの気持ちを言えたら、どれだけ楽だろう。
「ん~、秘密だよっ♪」
キャピっという擬音が出るようなぶりっ子ウインクをかます。
そして、双葉はその勢いで紫乃にお願いした。
「実はさ、私の家の近くの神社がね、恋愛成就の神社って今話題になってて。……そこで片想いの相手と結ばれるようにお願いすると、恋の願いが叶うっていうんだよね。 それでさ、紫乃も私のために一緒にお願いしてくれない?」
前のめりになって、傘の下から紫乃を覗き込む。
双葉が考え得る限りのあざとさを見せた。
「ん~、でも雨降ってるし」
「もう降ってないよ?」
そう言って双葉がこれ見よがしに傘を畳む。
彼女の言う通り、雨はいつの間にか上がっていた。
「石段、滑るかもしれないし?」
「そこは気を付けながら行けば大丈夫」
「また今度じゃ、ダメ?」
「ダメ。今行きたいんだもん」
紫乃が色々と懸念を口にするが、双葉が速攻で潰していく。
紫乃とこういう話題が出ること自体が珍しいのだ。
だから、行ける時に彼女と行っておきたかった。
「……じゃ、いこっか」
もう渋る理由もなくなったのだろう。
紫乃もやっと頷いた。
「それじゃあ、神社にレッツゴー!」
「お、おー……?」
少し困惑した紫乃に対して。
双葉は心が躍るのを隠そうともせず、雨上がりの空に勢いよく拳を突き上げた。
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