第2話 雨の日がちょこっと待ち遠しくなる話

第1話 あざとい幼馴染

「てか、今日も雨って萎えるよね」


「そう? 私は結構好きだけど」


 濡れて黒くなったアスファルトの上、二つ傘が並んで歩いている。

 紫乃(しの)は小雨ながら今朝からずっと降り続く雨を眺めながら、恨めしそうに呟いた。しかし一方で、双葉の方はそうでもないと素っ気ない。

 紫乃は湿気でべたついた髪を漉きながら。


「ほら、セットした髪も台無しだしさ」


 やんなっちゃう、とため息を吐いた。

 一方で双葉とはというと。


「紫乃も大変だね~」


 と苦笑する。

 それに合わせるように栗色のツインテールが傘の中で揺れた。

 紫乃とは対照的にあまり髪型の細かいところを気にしていない、簡単な髪形だ。

 パパっと束ねただけなのがすぐに分かる。


「双葉はさ、髪とか気にならないの?」


 自身の艶めいた黒髪をかき上げながら訊ねた。

 双葉はとても可愛らしい顔をしている。

 そのため彼女の雑なツインテールを見るたび、三つ編みにするなど工夫の凝った髪型にすればより一層可愛さが引き立つのにな、と少しもったいない気がしていた。

 双葉は細い顎に手を当て、考える仕草を取る。

 狙っているか分からないが、あざとかった。


「う~ん……私ってさ、そう言うタイプじゃないじゃん」


 だがその仕草とは対照的にあっけらかんと答える。

 あまりそう言うことに無頓着な双葉らしかった。


「いや、タイプじゃないとか、そうじゃなくて……」


 しかしやはり気になるので、更に聞こうとする。

 すると、今度はわざとらしく上目遣いになった。先ほどと違い、明らかに狙ってあざとい仕草を取る。


「……紫乃は、こんな私はいや?」


 猫目がクリッと輝く。


「はぁ? 急に何よ」


「嫌だったらなおそっかな、って」


 だから教えて? と、口もアヒルのように尖らせた。

 うっ……、と紫乃の心臓が跳ねる。

 髪型なんて、どうでもよくなるくらい目の前の少女はキラキラしていた。

 恐らくクラスの男子なら、この顔を見た瞬間に玉砕覚悟で告白をしてしまっていただろう。

 それくらいあざとくて、可愛らしかった。

 小柄な身長が一番際立つよう、前のめりになって紫乃を見上げる。

 アンバーのように妖しく光る瞳。

 その瞳の中には、紫乃だけが大きく写り込んでいた。


(顔良すぎだって……)


 彼女はたまにこういった仕草を見せてくる。

 まるで紫乃を誘っているかのような。

 幼馴染とはいえ、気を抜くと紫乃も落ちてしまいそうだった。

 冷静でいるように努める。

 あくまで自分は彼女の幼馴染なのだ、と。


「……私は、どっちでもいいけどさ」


 双葉の視線から逃れるようにして答える。

 さすがに真っすぐ視線をずっと交わせるほど紫乃も強靭な精神を持ち合わせていなかった。


「えー、はっきりしないなぁ~」


 双葉は少し不満そう。

 正直、紫乃としてはちゃんと最低限くらいなおしゃれをして欲しい。

 それだけいい素材を持っているのだから。

 しかし双葉が告白されたという噂を聞くたびに、これ以上彼女に告白が集中して欲しくもない、と思う自分もいた。

 彼女が人気者なのは嬉しいが、告白はされて欲しくない。

 相反する気持ちであるが、それが紫乃の正直な気持ちだった。


「……私はそのままでも好き……だけどさ」


 ボソッと呟く。

 聞こえるか聞こえないか、くらいで言ったつもりだったが、双葉は目(耳)ざとく彼女の言葉を聞き逃さなかった。

 ニッ、と八重歯を光らせる。


「じゃあ、今のままでいいかなっ♪」


「……なにそれ」


 双葉の答えに、紫乃は愛想なく返す。

 本当は「それ、私のこと好きって言ってるもんじゃん」と言おうとしたのだが、直前になって止めた。冗談と分かっていても、「好き」という言葉に思わず反応してしまったから。

 気だるそうにもう一度髪を掻き上げる。

 だがやはり湿気を含んだ前髪は相変わらず落ちてきた。

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