第5話 会長の本心(?)

 ポッキーゲームの作戦は人それぞれだ。

 最初から最後まで全然食べない人もいれば、相手とギリギリと言ったところまで攻める人もいる。どちらが有利、ということは分からないが、精神的には攻めた方が気楽ではあるのだろう。

 因みに琉衣は後者を選んだ。

 環が待つチョコの部分まですぐに食べ終え、今や彼女の顔は目の前にある。

 それに対して、ピクリとも動こうとしない。観察するかのように琉衣を一点に見つめている。


「どうだ、ギブアップしてもいいんだぜ?」


 緊張してるんじゃないのか、と琉衣は軽いジャブをかましてみる。

 しかし彼女の攻撃に対して環は顔色を変えなかった。


「しないよ?それより……琉衣の顔が赤くなってるんじゃないか?」


「そ、そんな訳ないだろっ!」


 逆に煽ってくる環に必死になって言い返してしまう。そして勢い余って思わずポッキーを折りそうになった。


「あ、あぶねぇ……」


「あ~、おしかったな」


 ギリギリで折るのを回避した瑠衣に対し、環はパチンと指を鳴らして悔しがる。

 やはり狙っていたようだ。


「環ぃ~!」

 キッと環を睨みつけるが、彼女は全然懲りてない様子。むしろ琉衣の表情の変化を楽しんでいるように見えた。

 寒風が窓を叩く。

 二人の間は、7~8センチといったところ。互いの息がかかるくらいの距離で一進一退の攻防が続いている。咥えた部分のチョコは既に溶けて、湿ったビスケットだけをお互いに舐めている状態だ。

 無言のまま互いを見つめ合う。

 環は勝負の際、テンションが高いことが多かった。いつもは冷静沈着で感情をあまり表に出さない彼女ではあるが、この時ばかりは人間臭い部分も往々にして出る。

 誤魔化そうとふざけたり、冗談を言って笑ったり……日頃後輩たちと接している時には見せない姿だった。

 そして、勝負には常に鬼のような強さを見せる。

 環と瑠衣がいつもやっている勝負というのは、照れた方が負けというものがほとんどなのだが――いつもは女子を惚れさせている琉衣がキュンとしてしまうようなテクニックを平然と使ってくる。

 琉衣ならともかく、今まで彼氏もいたことがない(と以前本人から聞いたことがあった)環がどこで調べてきたのか、というようなことをこともなげにやってくるのだ。

 ただでさえ彼女に微笑みかけられるだけで怪しいのに、その上落としのテクニックを使ってくるのはチートと言っても過言ではなく。

 事実、琉衣はこれまで一度も環に勝ったことがなかった。

 ジッと彼女を見つめながら、不安な感情が脳裏をよぎる。

 ここ最近、勝負がマンネリ化してきたと琉衣自身感じていた。だがそれは勝負の内容、というより琉衣のモチベーションの方。

 初めの頃は本気で落としてやる、という気概を持って環に勝負を挑んでいた。それがここ最近は、心のどこかで「今回も自分が負けるんだろうな」と考えてしまうようになっていたのだ。

 そういった日々が続く中で、「環を自分だけのモノにしたい」という願望も少しずつ薄れていくのを感じている。淡い夢物語は夢物語のままの方が良い――そう自分に言い聞かせることも増えてきていた。

 だけど。

 まだ頑張りたい。

 まだ、諦めきれない。

 高校生になるまで、環が誰かとの間に色恋話が出るまで気づかなかった自分の想いにもう少し正直でありたかった。

(……何かしないとな)

 僅かばかりの焦りを感じる。

 このままいけば、恐らく環の思うつぼだ。そうならないよう動いていきたいのだが、それはそれで彼女の手中にはまってしまっている気がする。

 こういう勝負をしても琉衣に反して環が動じることは一度もなかった。

 いい案がないか思考を廻らせて。


「そんなこと言って、環だって顔赤いぞ?」


 自分では見ることのできない顔の事を指摘する。

 実際に赤くなってはいないのだが、少しくらいは焦って欲しいという淡い期待からだった。

 すると。


「私は、さっきからずっとドキドキしてるよ」


「……えっ?」


 琉衣の言葉に答えるように、環が続ける。

 冗談くらいのつもりで言ったのだが、まさかの答えに琉衣の方が思考を止めてしまう。環の口から、そのような言葉を聞いたことはなかったから。

 そんな彼女を見た環はフフっと微笑む。


「大丈夫?……キュンとしてしまったかな?」


「だ、大丈夫に決まってるだろ!」


 威勢よく反論するものの。

 琉衣の心臓はうるさいくらい彼女の耳朶に響いていた。

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