第4話 思惑含みのポッキーゲーム

「やっと終わったぜ~!」


 書類を環の机に置き、肩をグルグル回す。

 一仕事終えた彼女に環は目を細めた。


「お疲れ様。ありがとう」


 そう言ってすぐに琉衣が置いた書類をパラパラと捲りながらチェックしていく。


(こいつ、本当にタフだよな……)


 チラッと目を向けると、琉衣の視線に気づいた環がニコッと微笑んだ。

 サッと視線を外す。

 環は自分が来る前から書類をまとめたりチェックしていたはずだ。それに渡してきた書類も自身がやっていた分よりも少なかった。それなのにこうもピンピンとしてるし、自分がやった書類の確認もしてくれているし。

 彼女のこういう姿を見ていると、一生勝てないような気がする。


「なぁ、さっきの話だけどさ」


「ん、どの話?」


「あ~……えっと、俺と環が付き合ってるって話」


「ああ、うん。それがどうかした?」


「えっ、ああ…………いや、なんでもない」


「そう。「俺の虜になってたら、彼女だって言えたのにな」って言うかと思ったんだけど」


「そんな訳ないだろっ‼」


 グルルルル……と小型犬のような迫力で吠える。

 全く怖くないとばかりに目尻を下げる環。


「やめろ、弟を見るような目は!」


「仕方ないじゃないか。誰だって今の琉衣を見るとそうなる」


 そう言うと環はギャーギャー言っている彼女を放っておく。


 書類のチェックを終えた環は「んぅ~~!」と可愛い声を漏らして伸びをした。


「で、今日の勝負はなんだい?」


「……相変わらず余裕だな」


「そりゃあ、負けたことがないからね」


「……っ!今日こそは勝ってやるから、覚悟しろ!」


 そう言って琉衣は鞄の中から取り出したお菓子を環の前に突き出した。

 誰でも見たことがある、棒状のビスケットにチョコを付けた――ポッキーだった。


「?」


 案の定、環は首を傾げる。

 今から琉衣が何をしようとしているのか、全く見当がついていないようだった。

そんな様子の彼女に対して不敵な笑みを浮かべた琉衣は、今日の勝負を堂々と宣言する。


「今日は、ポッキーゲームで勝負だ!」


「……ほう」


 若干、環の返事にタイムラグが生じる。

 それもそうだ。

 なぜなら、これまで勝負していたのは手を繋いだり見つめ合ったりしたくらい。これほど攻めの勝負はしたことがなかった。

 今回はその盲点をついた戦法だった。


「どうだ、いつもよりも緊張度が違うだろ?」


「確かに。これくらいが面白そうだ」


 そう言うと環の眼の色が変わった。

 いつもの聡明な瞳とは異なる、勝負師のようなギラギラとした瞳だ。

 そんな彼女に少し気圧されつつも。


「ルールは簡単。ポッキーを折ったり、目線を逸らしたら負けだ」


 袋を開けつつ説明する。

 すると興味深そうに手元を覗き込む環が口を開いた。


「勝つためには?」


 環の瞳が怪しく光る。

 ポッキーゲームの勝ち――それはただ一つしかない。


「……食べきったら勝ちだ」


「分かった」


 それを聞いた環は「ふぅ~」と軽く息を吐く。

 気合を入れているようにも見えるその様子に少し身構えてしまう琉衣であるが、冷静に考える。そして、環が勝ちに来る可能性を否定した。

 なぜなら食べきったら=キスしたら、ということになる。

 そんなことは、今までの経験上彼女がするようには思えなかった。

 そして、なんだかんだ言ってこういう直接的なことは苦手なのではないか、とも思っていた。


「それじゃあ、ほらよ」


 プスッと彼女の口にポッキーを突き刺す。

 そして自分ももう一方を咥えた。

 塩気のある味が口の中に広がる。


「それじゃあ、スタートだ‼」


 琉衣は好戦的な瞳を向けると、勢いよくポッキーを食べ進め始めた。

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