第34話 貴族妻と悩み
「こんにちは、冒険者さん。ヴィーノ伯爵の妻、ケバルネと申します」
依頼主の部屋に入ってすぐ、簡単な自己紹介が始まった。物腰が柔らかい感じの人で、接しやすそうだ。これなら、逃げるハメにはならないかもな。
夫人の隣には、なぜかその娘も同席している。気になりはするが、ひとまず自己紹介を返さないとな。
「こんにちは、依頼を受けて参りました。ヴァリアンと申します」
「最近噂のお掃除屋さん。名前はヴァリアンさんというのですね。本日は来ていただいてありがとうございます」
夫人は、微笑んでそう言った。
「いえいえ、ご指名いただきありがたい限りです。早速ですが、依頼内容の相談というのは一体……?」
世間話が始まってしまいそうな雰囲気だったので、早速話を切り出すことにした。
すると、先ほどまで笑顔だった夫人が突然表情を変えた。とても真剣な表情をしている。
「実は私、昔から悩みがあるんです。」
ほう、昔からの悩みがあるときたか。貴族が長年消え続けるほどの悩みとは、いったいどれほど恐ろしいものなのだろうか。
「……その悩みとは?」
一体、俺に解決できるのかと不安が募る。ひとまず、話の続きを引き出すように相槌を打った。
「……毛深いんです」
「え?」
「だから、毛深いのが悩みなんです! 恥ずかしいから何度も言わせないでくださるかしら!」
ま、まさか長年の悩みが毛深いことだとは。確かに、困ることではある。女性、それも貴族だと特に困るであろうが、正直拍子抜けだ。
「はあ、それは理解しましたが、それと僕に依頼を出したのはどんな関係があるのですか?」
これが1番の疑問である。毛深いのが悩みなのは分かったが、それをどうにかしようとしてクリーニング屋に依頼を出すとは、正直とち狂っているとしか考えられない。
「私、昔スライムに襲われたことがあるんです」
昔、スライムに襲われたことがあると突然語り出した。突っ込みたくなるが、きっと何か関連のある話なのだろう。黙って聞こう。
「それは大変でしたね」
またもや適当に相槌をうっておく。
「ええ、それは大変でした。すぐに近くにいた騎士が助け出してくれたものの、少し皮膚が溶けて、とても痛かったんですから」
だけど、いいこともあったんです。と夫人は続けた。
「いいこと……ですか?」
まさか……。
「はい。皮膚が溶けた部分は、治癒していただいた後も、しばらく毛が全く生えてこなかったんです」
やっぱりそうだった!話を聞いている途中でなんとなく勘づいたが、まさかスライムで皮膚を溶かしてくれなんて言うんじゃないだろうな。
「皮膚が溶けるのはとても痛くて嫌だったんですけれど、毛がなくなるならそれも耐えられる気がしていて、わざとスライムに皮膚を溶かさせようとしたことがあるんです。その策はお父様に叱られてしまい、無くなったんですけれどね。」
真顔でなんてこというんだ。控えめに言って狂っていると思う。なんだか怖い。
「今では流石にわざとスライムに襲われようなんて考えは無くなりましたが、毛深いことへの悩みがなくなるわけではなく……。そこで、あなたの噂を耳にしたんです。スライムを巧みに操り、溶かすことなく身体中を綺麗にするというあなたの噂を」
「……なるほど。スライムの能力で、体に傷をつけることなく毛だけを溶かす。それが、今回の依頼内容ということですね?」
なるほど、最初はなんの話かと思ったが、意外とちゃんと考えて依頼を出したんだな。よかったよ、痛みに耐えるから身体中を溶かしてくれなんて言われなくて。
「はい、その通りです。お願いできますか?」
「もちろん可能です。しかし……スライムによる除毛ですと、数日経てばまた毛が生えてきてしまいますよ?夫人が過去に皮膚を溶かされた部分も、もう普通に毛が生えるようになっているのでは?」
そう、残念ながらスライムによる完全脱毛は不可能なのだ。
「そ、そんな……確かに、もうすっかり立派な毛が生えるようになっていますけど……。」
自信満々に依頼内容を話した時とは打って変わり、軽く絶望したような表情を浮かべている。なせが、娘も一緒に。
それほどにショックだったのだろう。あまり落ち込ませるのも申し訳ないので、解決策を提案しよう。
「しかし夫人、別の方法でなら、永久に毛が生えてこなくすることも可能ですよ」
「ほ、本当ですか!? その方法とは一体なんなのです?」
夫人は思わずと言った感じに立ち上がり、声を張り上げた。希望を見つけたからか、表情がパッと明るくなったな。
娘も同様に表情が変わった。この娘もきっと、毛深くて悩んでいるのだろうな。
「毛抜きのリリィという幽霊の能力を利用します。」
「毛抜きのリリィ……聞いたことがありませんね」
それはそうだろう。こいつは人間界のとある場所に住み着いていた幽霊で、この世に一体しか存在しなかったものなんだからな。
「リリィは生前、貴族の妻だったそうです。しかし、脱毛症という病にかかり、髪の毛が抜け落ち、美しかった容姿は衰え、それが原因で捨てられてしまった。
そのことを強く根に持ったまま亡くなったリリィは、男をハゲにしてしまう呪いを持つ幽霊として世に留まり、たくさんの被害を出したそうです」
攻撃能力などはなく、ただ単に害悪な能力を持った幽霊だった。禿げたくないので、遠くから浄化したのを今でも覚えている。
「つまり、私は呪いを受けるのですね」
「そうなります。しかし、ただ単に毛が抜けるだけの呪いで体に害はありませんし、脱毛したくない部分は浄化能力で保護することができます。早速、お試しになりますか?」
「……え、ええ。もちろん。覚悟は決まっていますわ」
少し緊張した雰囲気を感じる。声も少し震えているし、手をぎゅっと握りしめているのも見て取れる。流石に呪いを受けるのは怖いよな。
「お待ちくださいお母さま!本当に安全かもわからない呪いをお母さまにかけさせることなどできません! まずは、私から呪いを受けます!」
先ほどまでとても静かにしていた娘だったが、いきなりバッと立ち上がると、拳を握りながらそう宣言した。
やけに明るいし、本当は先に体験したいだけじゃ?いや、そんなことを考えては失礼か。
「やはり心配ですよね。魔法契約を結びますか?」
魔法契約。この街に入る際にも結んだものだが、魔法の力で約束を強制的に守らせるというものだ。
「……本当に失礼なのは分かっているのだけれど、お願いしてもいいかしら」
「いえ、当然の心理ですよ。むしろ、しっかりと警戒心を持っていて安心しました」
夫人が執事に指示を出すと、すぐに契約書が用意された。内容を確認してサインを結ぶと、緊張が解けたようだ。すっかり顔色が元に戻ってよかった。
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