第38話 薄い
結局、エヴィリーナをどう導けばいいかとかは、夕食の時間で結論は出なかった。俺とトーチカが責任を持つべき問題でもないのだし、なるようになっていくのを見守るしかないのかもしれない。
食事を終えたら宿に向かい、そこでタッタたちとも合流。なお、同じ宿を取っていた。
サーシャとエヴィリーナがまた不穏な空気を醸しだし、タッタがおろおろして、ティーノたち四人は半ば傍観者で、俺とトーチカはやれやれと二人の行く末を案じた。
俺とトーチカは二人部屋に入り、荷物を下ろしてからベッドに並んで座る。
トーチカが俺に体を寄せて、肩に頭を乗せてくるのはいつものこと。その頭をそっとなでると、心地良さそうに口元をほころばせる。
「……ちょっと妙なことに巻き込まれたが、俺たちは敵が来たときに応戦するだけ。あとのことはご勝手にっていうところだけど、タッタたち三人、大丈夫かなぁ?」
「どうでしょうね。三人とも子供ではないので、なんだかんだ上手くすり合わせていくとは思いますよ」
「ならいいけど。……余計な口出しは必要ない、よな」
「余計な口出しを必要とするほど、不仲でもないと思います。正面から喧嘩できるのは、お互いを対等と認めているからです。お互いに取るに足りない相手だと思っていたら、そもそも喧嘩にもなりませんよ」
「そか。心配にはなるけど、やっぱり、今は喧嘩するべきときなんだろうな」
あれだけ仲の悪かった俺とトーチカが、今ではこうして恋人関係にもなっている。あの不仲の期間がなければ、きっと俺たちはこうなっていない。
今は信じて待つのみ、か。
「……そういや、トーチカの言葉通りなら、出会った頃のトーチカも俺のことを対等と認めていたのかな? 単純に見下されていた気がするけど?」
「……昔のことは忘れてほしいのですが?」
「いやぁ、色々と強烈だったから、忘れようにも忘れられないなぁ」
「意地悪ですね。……昔の話をするなら、単純にわたしの性格が悪かったというのが大きいですよ。対等な相手と喧嘩しているというより、自分の中にある淀んだ感情を吐き出したり、自分より劣った相手を嘲ったりして楽しんでいただけです」
「……性格悪いなぁ」
「さっきそう言ったじゃないですか。もう思い出したくもないくらい、わたしは最低でしたよ」
「人間、変われば変わるもんだなぁ」
あの頃を考えると、隣で俺にべったりなトーチカが幻覚じゃないかと思えてしまう。
「……レイリスだって変わりましたよ。ただ……そうですね。当時のレイリスのことを言うなら、向上心、根性、気迫、敵愾心……そういったものについては、並の人間にないものは感じていました」
「そうか? ただの身の程知らずで向こう見ずじゃなかった?」
「そんな軽薄ではありませんでした。わたしに何度泣かされても、諦めずに立ち向かってきたじゃないですか」
「……まぁ、こんな幼女に負けてられるか、と思っていたが」
「大抵の人は、すぐに諦めるんです。こいつは持って生まれた才能が違うだとか、こんな化け物は相手にするだけ時間の無駄だとか、どれだけ強くても性格最悪だから人として終わってるとか、何かしらの理由をつけて。
魔法も使えなくて、剣術もまだまだ未熟で、文字もわからない猿のような子供が、目の光は決して失いませんでした。今はわたしに勝てなくても、いずれ必ず勝ってやるという気概でいました。憎い敵というより、越えるべきライバルとして認識していました。
そのことについては、当時からわたしは驚いていました。負け続けても淀まないし濁らない心の強さには、感心していましたよ」
「……そっか。当時の俺は、なんとしてでもトーチカに勝ってやるって、それだけしか考えてなかったな。単純に剣術だけじゃ勝てなくても、何かしらの魔剣とか魔法具を駆使すれば勝てるはずだって。
本当にバカだったから、それ以外のことを考える余裕もなかったよ」
「バカではあっても、愚かではなかった、ですよ」
「違いがわからんぞ?」
「わからないなら、わからなくてもいいです。とりあえず、キスでもしませんか?」
「変なとりあえずだなぁ」
とは思うものの、反対する理由もない。
トーチカと向き合って唇を重ねる。柔らかな唇の感触が心地よく、至近距離のトーチカから漂う香りも安らぎを与えてくれる。
毎日してるけれど、飽きないねぇ。
「ん……あ……っ」
ほんの僅かに漏れてきた艶っぽい声に、キスを中断。至近距離で、お互いを見つめ合う。
それから、声の発生源である隣の部屋の方へ、揃って視線を移す。
話している間は気づかなかったが、ギシギシとベッドが軋む音もほんのりとこちらに届いている。
そういえば、隣の部屋にはタッタとサーシャがいるんだよなぁ……。
「……壁、薄いんだな」
「安い宿ですからね。というか、耳を澄ませて盗み聞きなどしないでください。
僅かに聞こえていた音が聞こえなくなった。うん、この方が精神衛生上宜しい。別に惜しくなんてないぞ。本当だぞ。
「……レイリスが聞いていいのは、わたしの『声』だけです」
トーチカが気恥ずかしげにぽつりと呟く。思わず色々と想像して、心臓が跳ねてしまう。
「いや……まぁ……うん」
「聞きたくないですか?」
「……聞きたいとは思ってるよ。そりゃ、ね」
「今からでも、いいですよ?」
「いや……うん……まぁ……ね?」
「ね? じゃないです。まぁ、いいです。レイリスが本気でその気にならないなら、しても意味ないですから」
「……すまぬ」
「惚れた弱みです。待ちますよ」
トーチカがさらりと笑って立ち上がる。それからすぐに服を脱ぎ始めるものだから、俺は視線を逸らす。
「いきなり脱ぐなっ」
「見ててもいいんですよ? 寝衣に着替えるだけですから」
「もう少し恥じらいというものを……」
「恋人に対して、今更何を恥じらえっていうんでしょうかね?」
普段、トーチカが着替えている間、俺は部屋の外に出ていることが多い。いきなり脱ぎ始めたのは、トーチカなりの最後のお誘いということなのかもしれない。
嬉しいお誘いではあるけれど、俺は目を閉じて壁を向く。
しゅるしゅると衣を脱ぎ捨てる音だけは聞こえていて、耳を塞ごう、いやでも聞くだけなら構うまい、と迷っているうちに、トーチカの着替えが終わった。
「我慢できなくなったら、いつでも来てくださいね?」
俺の背中に抱きついてくるトーチカ。
俺の理性、いつまでもつだろうか。もたせる必要もないといえばないことだから、自分の精神力に不安ばかり。
しばし硬直して、色々と鎮まるのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます