第37話 こじれ
しばらく海辺の散歩をしてから、夕食を摂ることに。
海を眺められる食事処を探しているところで、エヴィリーナがティーノと共にやってきた。俺たちを探していた雰囲気ではなく、たまたま見かけたから声をかけてきたという感じ。
「……あなたたち。ちょっといいかしら?」
「別にいいけど、俺たちに何か?」
「……ちょっと、訊きたいことがあるの。食事でもしながら話せない?」
「まぁ……いいかな」
トーチカの様子も確認するが、特に拒絶する雰囲気はない。二人きりにこだわる必要もなさそうだ。
俺たちは四人で近くの食事処に入り、四人掛けのテーブルにつく。
港町らしく海の幸を利用した料理が多いが、生魚を使う料理はない。基本的に、この国では料理には火を通すものだ。
魚介のスープ料理を注文し、それが到着した頃に、エヴィリーナが本題を話し始める。
「……こんなことを訊かれても困るのかもしれないけれど……タッタとサーシャを引き離す方法ってないかしら?」
「……おおう。いわゆる略奪愛ってやつ?」
やや引き気味の俺。トーチカは割と冷静に言う。
「あの二人を引き離すのは、現実的ではないでしょうね。そして、略奪愛の応援はわたしにはできません」
「……そうね。流石にそういうやり方は好ましくないわね……」
エヴィリーナが溜息を一つ。
略奪愛についてはともかく、先に確認しておこう。
「ってかさ、前提として、エヴィリーナはタッタのことが好きってことでいいわけ?」
エヴィリーナが顔を赤くする。ここまであからさまだと、その好意は俺にもわかる。
「……好きとかじゃ、ない。タッタはもともと私の婚約者だっていうだけ」
「他人の俺たちがとやかく言うことじゃないのかもだけど、婚約者だって言うだけなら、執着しないで別の男を探した方がいいと思うぞ?」
「……うるさいわね」
「余計なお節介で悪かったよ」
好きだけど好きだと認めない心情は、俺にはよくわからない。
隣をちらりと見ると、トーチカもやれやれと肩をすくめていた。
「なぁ、トーチカ。俺にもわかるように、エヴィリーナの心境を解説してくれないか?」
「そうですね……。わたしにもはっきりとわかるわけではありませんが。
例えば、密かに好意を寄せていた婚約者が突然別の女と逃亡したと聞かされたら、それはショックなことかもしれません。
そのとき、自分の心を守るために、『実はあの男のことなんて好きでもなんでもなかった。いなくなったって構わない』などと自分に言い聞かせたのかもしれません。
それを何年も続けた結果……このように妙にこじれた心を持つに至った、とか」
「なるほど……。それなら少しは理解できるかもしれない」
「あくまで、わたしの想像ですが」
「勝手に私の気持ちを妄想しないで! 全然違うから! そもそも、タッタのことなんて好きじゃないって言ってるでしょ!」
エヴィリーナが軽くテーブルを叩く。本人が目の前にいるわけでもないのに、ここまで素直になれないのはある意味病気だな。もしくは。
「なぁ、トーチカ。エヴィリーナって、素直になれない呪いでもかけられてるのか?」
「ああ、そうかもしれませんね。解呪の魔法をかけてみましょうか」
「おう。試してみよう」
「それでは……」
「私はそんなへんてこな呪いなんてかかってない! 私はいつだって素直よ!」
「ふぅん」
「へぇ」
俺とトーチカの視線が、ティーノの方に向く。
ティーノは至って静かな表情で、こんなのは慣れっこといった風情。
「……ティーノさん。エヴィリーナがここまでこじれるのを、どうして放置していたんですか?」
「……気づいたときには手遅れでして」
「ああ……」
「ちょっとティーノ!? 何を言っているの!?」
「いえ、お気になさらず。エヴィリーナ様はいつだって素敵です」
「なんなのその雑な誤魔化し方!?」
「……話は変わりますが」
「まだ話は終わってないでしょう!?」
「エヴィリーナ様、女性同士の恋愛についてどう思われますか?」
「はぁ? なんで急にそんな話に……」
ティーノが澄んだ瞳でエヴィリーナを見つめる。急な話題転換ではあったけれど、決してどうでもいい話題ではないことが感じられた。
「……なによ、そんなに見つめて」
「いえ、なんでもありません。それより、エヴィリーナ様はサーシャ様と友好な関係を築く努力をする必要があります。今後は三人で過ごすことになるのですから。それとも、あの二人に疎まれて、一人きりで過ごす方がお好みですか?」
「……なんでそうなるのよ。っていうか、別にあの二人と一緒じゃなくても、いざとなれば一人で生きていくことも……」
「それは無理ですね。いざとなったらレイリス様とトーチカ様と共に行動してください」
「え、二人旅を邪魔されるのは困ります」
本当に嫌そうに一言こぼしたのはトーチカで、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。エヴィリーナとしては、俺たちに好かれようがなんだろうが、どうでもいいのだろうけれど。
トーチカの言葉は軽く流して、エヴィリーナが言う。
「……わ、私なら一人でも生きていけるわ」
「それは無理です。世間のことなどろくに知らず、戦う力もなく、何の後ろ盾もなく、手に職もなく、どうやって生きていくというのですか」
「……きゃ、客観的な私の評価って、そんなものなの……?」
エヴィリーナがしゅんとしてしまった。貴族の女性としてある程度の教養はあるのだろうけれど、それは貴族社会で生きていく力。市井の人間となって生きていくのは確かに難しいかもしれない。探せば働き口は見つかる気はするが、そこに馴染めるかは不明。
エヴィリーナは、やはりただ一人で世間に放り出されたら、たちまち野たれ死んでしまうのかもしれない。
「大変申し上げにくいのですが、エヴィリーナ様はかなりの窮地に置かれています。サーシャ様と仲良くするか、レイリス様をたらしこむか、二つに一つです」
「レイリスは渡しませんよ?」
「私だって別にその男と生きていきたいとは思ってないわよ」
トーチカが少々むっとする。誰かに盗られるのも、関心を持たれないのも気に入らないという感じ。俺は気にしてないんだけどな。
とりあえず、トーチカの手を握っておく。強めに握り返された。
「俺はトーチカに大事に思ってもらえれば、他の誰にどう思われたって構わないよ。
それより、エヴィリーナはこれからどうするんだ? タッタのことなんて別に好きでもなんでもないのかもしれないけど、今後のことを考えればサーシャと仲良くしておく方がいい。いつまでも喧嘩してる場合じゃないってのは、確かだろうよ」
「……それは、わかってるけど」
エヴィリーナが眉を寄せてしかめつら。女心は複雑らしい。
こんなにも素直になれない人もいるんだな。普段、トーチカが率直に感情表現してくれるのはありがたいことだ。
さて、エヴィリーナは色々と
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