第34話 あのとき

 少し言葉が途切れる。このまま二人とも寝ちゃうかなと思ったら。


「わたしは、レイリスがいれば大丈夫です。他の三人がいなくても」

「ああ……うん」


 思えば、五人でいたときは今よりもっと心強かったな。五人いれば、どんなことだってできると思っていた。五人いたら、トーチカの案とはまた別の解決策も見つかったかもしれない。

 けど、今は二人だけだから、俺たちにできることをするしかない。


「……皆、元気でやってるかなぁ。ガーグさん、アーリアさん、ロギルス……。あ、そういえば……いや、訊かない方がいいのか」

「なんですか?」

「あー、えっと……旅に出る少し前、トーチカがロギルスに耳打ちされてたなって。あれ、なんだったんだろうって思っただけ」

「ああ……気になりますか?」

「まぁ、ちょっとは」


 トーチカは一息吐いて、迷うそぶりを見せつつも答えてくれる。


「ま、いいでしょう。もうロギルスは近くにいませんし。あのとき、ロギルスは……『レイリスは、先に告白したのがトーチカだったからトーチカと付き合い始めただけで、あたしが先に告白したら、あたしと付き合ってたと思うにゃ』と言っていましたよ」


 ロギルスにはそんなことを思われていたのか。

 というか、疑問が少々。


「……えっと、とりあえず、俺って、先にロギルスに告白されてたら、ロギルスと付き合ってたと思われてたのか?」

「実際そうでしょう。パーティー解散が決まったあの夜、わたしがレイリスに何も告げず、ロギルスがレイリスに告白していたら、レイリスはロギルスと付き合っていたはずです」

「……そうかな」

「そうですよ。わたしと付き合い始めたのだって、わたしを前から好きだったからじゃなく、わたしに告白されて、わたしを女性として意識し始めたからでしょう?」

「んー……かな」


 前から好きだったけど自分の気持ちに自覚がなかった……という感じでもないよな。たぶん。


「あのときのレイリスの気持ちは、まだそんなものでしたよ。わたしかロギルスか、どっちに転がってもおかしくなかった。

 ま、今はちゃんとわたしを意識してくれてるみたいですし、あのときどうだったかなんて問題ではありません」

「さよか……。ちなみに、ロギルスってなんでそんなこと言い出したんだ? 俺と付き合いたかったわけでもあるまいし」

「はぁ……。その鈍感さに救われたというべきか、なんというか。ロギルスだって、レイリスのことが好きだったんですよ。恋愛対象として」

「え!? そうなの!?」


 ロギルスとはそれなりに仲良くしていた。でも、あれはあくまで仲間としてで……。


「わたしも本人の口からはっきり聞いたわけではありません。でも、レイリスは、一緒に旅に出ないかって誘われていたではありませんか」

「それは、仲間としてだろ……?」

「ただの仲間としてだったら、事前にそう言っていたでしょうね。『あくまで仲間としてだから、変な気を起こしちゃダメにゃ』とか。……って、何をそんなにぷるぷるしているのですか」

「今更だけど、トーチカが語尾に『にゃ』をつけると、なんか……こう……っ」

「そ、そんなに体を震わせるほどおかしいですか!」

「可愛いと、思うよ?」

「だったら、常に語尾に『にゃ』をつけてあげますけどにゃ!?」

「や、やめてっ。あれはロギルスだから許されることなんだからっ」

「ふん。別にわたしもそんなあざといことをするつもりはありません。……『にゃ』とつけるだけで、レイリスがその気になるというのなら話は別ですが」

「そんな妙な性癖は持ってねぇ」

「でしょうね。とにかく、ロギルスはレイリスが好きでした。王都にいるときにそれに気づいていたら、ロギルスと旅に出る選択もあったかもしれませんね」

「……選択肢としては、あったのかもな。でも、今はトーチカと一緒にいるんだし、トーチカと旅ができて良かったと思ってるよ」

「きっと、ロギルスと旅を始めていたら、ロギルスに対して同じことを言っていたと思いますよ」

「……んなことないさ」

「どうでしょうかね」

「本当に、そんなことはないんだよ」


 数々の幼稚な喧嘩をしてきた相手はトーチカで、おかげで培われたものもたくさんある。

 ロギルスだって魅力的な女性だったのは確か。それでも、一番深い繋がりを感じる相手はトーチカだ。


「一緒に旅に出たのがトーチカで良かった。この先一生、この思いが変わることはない」

「……はぁ。あんまり嬉しい事を言わないでください。無理矢理襲いますよ?」

「おいおい」

「今回は、キスだけで許してあげます」


 トーチカがキスをしてくる。

 いつもより情熱的で、内から溢れるものを目一杯押しつけてくるような、そんなキスだった。

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