第33話 寝室
即席の小屋に寝床の準備をしたら、二人並んで横になる。すると、即座にトーチカが俺に抱きついてきた。何が心地よいのか、俺の首筋をすんすんと嗅ぐ。
「……それしないと眠れないのか?」
「ええ、そうですよ」
「一瞬の躊躇もなく言い切ったな……。される方は恥ずかしいんだが」
「レイリスも嗅げば良いのです」
「それも恥ずかしいっての」
小声でぼそぼそと話していたのだが、ここでトーチカが防音魔法をかける。
「……寝るだけだろ?」
「せっかく二人きりの空間を作ったのに、何もしないつもりですか?」
「いやいや、いつもしてないだろ」
「キスくらいしてもいいじゃないですか。今日は朝からずっとしてないんですよ?」
「そうだったな……」
「じゃあ、こっち向いてください」
「ん」
体の向きを変えると、すぐにトーチカがキスをしてくる。
付き合い始めてから毎日キスをしているけれど、この唇の感触は相変わらず気持ちいい。トーチカがキスをしたがる気持ちもわかるな。
唇の感触を確かめ合ったら、舌を絡めるキスに移行して、しばしお互いの生々しい体温を伝え合う。
防音魔法があって良かったと思えるような音が静かに響き、それから。
「……我慢しなくても、わたしはいつでも構いませんからね?」
キスを終えて、トーチカが太ももで俺の下腹部をぐりぐりしながら言う。
「……おう」
「まぁ、流石にこの場でというのは落ち着かないので、町の宿がいいですが」
「……うん」
「ちなみに、キスしてその気になってしまうのは、レイリスだけじゃないんですからね? わたしだって、我慢してるんですよ?」
「……そ、そうか」
「そうなんです。わたしの体も、レイリスを求めているんですよ」
「……おう」
「まぁ、いいです。……せっかく雰囲気作りましたけど、今の内に言っておきます。わかっていると思いますが、今回の件、おそらく追手を返り討ちにして終わりとはいかないでしょう」
俺の首元に顔を埋めながら、声だけは真剣にトーチカが言った。
「……ああ、そうだろうな」
「追手を返り討ちにして終わり、という可能性もあります。
しかし、例の男が諦めなかった場合……ティーノさんたちは、その男と直接対決しにいくかもしれません。最終手段として、殺めることも辞さない覚悟で。もちろん、エヴィリーナさんには内緒です」
「……それしかないのか」
「わかりません。少なくとも、その選択肢は頭にあるでしょう」
「何か他の方法はないものかな? たぶんお偉いさんだろ? そいつを殺したら、自分も家族も故郷も、どうなるかわからないだろ」
「それでも、エヴィリーナさんだけは救いたいという気持ちなのでしょう」
「そのエヴィリーナも危ういかもしれないが」
「まぁ、そこは何かしら方法は考えるでしょう」
エヴィリーナが隠密たちにとってどういう存在なのかは不明。ただ、とても大切に思っていることは感じ取れた。他の何を犠牲にしても、守りたいくらいなのかな。
「自害未遂したときにはびっくりしたけど、人望は厚そうだったもんな」
「ええ。恋愛が関わると暴走するきらいがありますが、それ以外では立派な女性に感じました。貴族としてあるべき姿を体現しているのではないでしょうか」
「だな。そんな人なら、自分一人だけが救われても喜ばないだろうな……」
「でしょうね」
「……俺たちの手で、何か変えられるか?」
「可能性はあります。わたしたちは、強いですから」
「その口振りだと、武力で自分たちの思い通りの未来を切り開くってわけね」
「乱暴に言うとそうなります。好ましいことではありませんが、武力でわがままを押し通そうとする者には、武力で対抗するしかない場合も多いものです」
「だな。で、具体的に何をすればいい?」
「当面は、やってくる敵を倒します」
「うん」
「あとは……頃合いを見てその男のところに乗り込み、戦う必要があるかもしれません」
「……大丈夫か? お尋ね者になるとこれから動きづらいぞ?」
保身ばかり考えているようで気が引けるが、我が身はやはり大事だ。一番大事なのはトーチカが安心して暮らせる未来であって、他人の事情よりも優先順位は高い。
「大丈夫です。これも好ましいことではありませんが、いざとなればその男に奴隷紋でも刻みましょう。そして、エヴィリーナさんたちとわたしたちを追わないように命令します」
「なるほど。ただ、奴隷紋は解呪もできるよな?」
「奴隷紋を解呪したときに発動する呪いをかけましょう。少し複雑にしておけば、まず解呪はできなくなります。
エヴィリーナを諦めれば平穏に過ごせるのですから、それ以降、エヴィリーナさんたちにも、わたしたちにも、余計な干渉をすることはないでしょう」
「そっか。わかった。いざとなったらそのプランでやっていこう」
「はい。……ただ、本当にラーラント王国内に乗り込むことになったら、レイリスの故郷が遠ざかってしまいますね」
「問題ないよ。急ぐ必要はない」
「ですね。……むしろ、わたしの故郷が近くなりますね」
「へぇ、それなら、先にそっち行くか」
「それもいいでしょう。いざとなれば。
どちらかというと、俺は故郷に戻りたいわけじゃない。トーチカの故郷の方に行ってみたいな。
「トーチカの生まれ育った町……。楽しみだ」
「私がどれだけ嫌われていたか、目の当たりにできますよ」
「……俺の故郷に行っても同じだよ」
「似たもの同士、ですね。
あ、そうだ。いっそ、エヴィリーナさんの死体を偽装するというのも手ですね。錬金術も多少は心得ていますから、家畜の肉から人間の死体を偽造することも可能です。それで諦めてもらえれば、やっぱりレイリスの故郷に先に行けます」
「……さよか。ま、どっちでもいいさ。
にしても、やっぱりトーチカが一緒だと安心だな。俺一人じゃできないことでも、トーチカがいれば大丈夫だって思える」
「……わたしは逆に、レイリスがいるから、何でもできると思えるんですけどね」
「俺はただの剣士で、すごいのはトーチカだよ」
「レイリスがわたしを守ってくれると思うから、わたしは安心して力を発揮できるんです」
「そんなもんか」
「そんなもんですよ」
お互いに支え合えているということなのかな。良い関係なんだろう、きっと。
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