第32話 護衛

 隠密の言葉に、タッタが戸惑いながら応える。


「えっと……その声、君はティーノさんだよね? 僕がエヴィリーナさんを連れて行くって……? どういう状況なのか、事情を訊いてもいいかな?」

「はい。エヴィリーナ様も今年で二十二歳となりますが、この歳でまだ結婚もしていないというのは、我らがマール家においては恥とされています。

 エヴィリーナ様にもまだ縁談はいくつか来ているのですが、エヴィリーナ様はそれを全て断っています。そして、お父上より、どうしても結婚が嫌なら領地から出て行けと命じられました。

 エヴィリーナ様は国を出ることを決め、私たち四人は共に行くことにしました。

 五人で旅をして過ごすのも悪くはありません。しかし、エヴィリーナ様の望みは……」


 ティーノが言葉を区切る。

 口にはしないが、エヴィリーナがタッタを好いているので、タッタを追いかけてここまで来たのだろう。

 また、ティーノの言葉で、タッタもエヴィリーナの気持ちを察した様子。とても信じられないという風に眉をひそめているが、反論はしない。

 なお、どうやってタッタたちの居場所を知ったのかはわからないが、フローラ王国の各地に関係者がいるのかもしれないし、人探しに特化した魔法使いと知り合いなのかもしれない。それなりの貴族なら、人探しくらいなら可能だ。


「……君たちの事情は概ね理解したよ。エヴィリーナさんの選択についてとやかく言う資格は僕たちにはない。ただ、僕たちと共に来たとしても……彼女の望みは叶えられないと思う」

「構いません。必要なのは、区切りをつけることだと思いますので」

「……そうか」


 タッタが思案顔になると、エヴィリーナが騒ぎ出す。


「ちょっとティーノ! 大人しく聞いていれば! 勝手に変な言い方はしないでよ! それじゃ、まるで私が……」

「少し、お静かに」


 ティーノがパチンと指を鳴らすと、隠密二人がエヴィリーナを両脇から拘束しつつ、その口を塞ぐ。主に対する態度としてどうかと思うが、このメンツではありなんだろう。

 それから、タッタがサーシャと顔を見合わせる。

 二人とも複雑そうだけれど……タッタが何かを言う前に、サーシャが溜息混じりに言う。


「ここでエヴィリーナを突き放すなんて、兄さんにはできないでしょう? それなら一緒に連れていけばいい」

「でも……」

「良かったじゃない。女性二人を側に侍らせておけるなんて、男としては最高でしょ?」

「いや、そんなことは……」

「いーのいーの。男性ってそういうものだってわかってるから。それに、今はエヴィリーナのことを何とも思っていなくたって、一緒にいればいずれその気持ちも変わってくる。それでもいいと、私は言ってるの。ただし、一番は当然私よ?」

「……僕は、サーシャ以外を好きになることはないよ」

「本当にそうかしら? いつまでそう言っていられるか、見物だわね。……ま、本当に三人でやっていけるかは、エヴィリーナの態度次第ではあるけど、ね? 私を排除したいみたいだし?」


 サーシャの笑顔がちょっと怖い。敵対するなら容赦しない、って顔だ。

 ここで、トーチカがぼやく。


「……サーシャは心が広いですね。わたしだったら、そんな簡単に三人での関係を受け入れられません」

「まーね。私だって元王族だもの。父親には何人も妻がいたし、自分もそういう立場になるかもと思ってた。夫に別の妻がいたって、まぁ仕方ないと思うだけ」

「……そうですか。王族というのも、本当にままならないものですね」

「そんなものよ。王族に生まれたって、幸せが約束されるわけじゃない。平民とは別の悩みがたくさんある。……それでも、平民よりはマシと思う人も、いるかもしれないけれど」

「……そうですね」

「じゃ、ティーノ、そういうことだから、エヴィリーナを私たちに同行させることは構わないわ」

「ありがとうございます」


 ティーノが深く頭を下げる。また、エヴィリーナ以外の隠密三人も同様だった。


「ちなみに、他の人たちも一緒に来るの?」

「……当面はご一緒しようかと思っています。しかし、それぞれの人生がありますので、いずれは離れていくことになるかと」

「そうね。それがいいわ。領地を出たなら、もう私たちは王族でも貴族でもなんでもない。ただの人よ。

 仕えてくれたって、それに見合う報酬も用意できない。金銭的な面でも、精神的な面でも。皆それぞれに結婚したり、あるいは自由に生きたり……。それが健全だと思う」

「はい。おっしゃる通りでございます。……まぁ、私だけは、ずっとエヴィリーナ様のお側に、とも考えていますが」

「ふぅん……。まぁ、ティーノがそれでいいというのなら、私は余計な口は挟まないわ。けど……いえ、なんでもないわ」


 何を考えているのか、サーシャがティーノとエヴィリーナを交互に見た。何か納得した顔しているけれど、なんだろう?

 さておき、ティーノが今度は俺たちの方に歩み寄り、再び膝をつく。


「先ほどの見事な戦い、感服した。流石は紅蓮の流星の元メンバーというところ。その実力を見込み、折り入って頼みがある」


 俺たちのことは知っていたらしい。お偉いさんの近くで暮らしていたら、多少は情報も入ってくるのだろう。


「……その口振りだと、あれは俺たちの力試しみたいなところもあったのかな? 俺たちに何を?」

「クーリャフ様、ソピア様、エヴィリーナ様、この三名の護衛をお願いしたい」

「護衛? 誰かに追われてるのか?」

「ええ……。エヴィリーナ様に、しつこく結婚を迫る男がいる。領地を出たとなれば諦める可能性もあるが……かなりの執着を見せていたから、エヴィリーナ様を連れ戻すために追手を寄越すかもしれない。

 私たちもお守りするが、万一のことがあれば、力を貸してほしい」

「うーん……普段なら特に迷うことなく請け負うところだけど、今回はモンスターとか賊を相手に戦うのとは違うからな……。

 その男も貴族だろ? その配下が来るとしたら、それを返り討ちにすると、俺とトーチカがお尋ね者になったりしないか? それなら、単純な護衛では終わらないぞ?」

「問題ない」

「ふぅん? そんなもんか?」

「あの男本人を攻撃すれば話は別だが、その配下を追い返したところで問題にはならない」

「そうか。ならいいか……」


 トーチカの方を見る。反対はしていないようだが、思案顔でティーノに話しかける。


「……ティーノさん」

「何か?」

「わたしたちに、ここでタッタさんたち三人を見捨てるという選択肢はありません。そして……あなた方四人のことも、同様です」

「……私たちには、特に危険はない」

「必要なら手を貸します。あなた方だけで考えるより、きっと良い未来にたどり着けるでしょう」

「なんのことかわからない」

「そうですか。まぁ、何も起きない可能性もあるのでしょうね」


 この二人の間では、言葉にされない何かがやりとりされているらしい。

 後でトーチカに訊いてみよう。


「ま、俺たちで三人の護衛を引き受けるよ。しばらく一緒に過ごして、やってくる敵を返り討ちにすればいいんだろ? やってやる。あ、もちろん無料じゃないからな」

「……感謝する。依頼料は、五百万リルでどうだろうか?」


 思ってたより高額を提示してきたな……。


「よし、それでいこう。ただ、一応ギルドを通してくれよ? 直接依頼を受けるのは冒険者としてルール違反。下手すりゃ資格剥奪だ」

「わかった」


 表面的には、これで話は一段落だな。ややこしいことには、なるべくなってほしくないぞ。

 何があっても、トーチカと一緒なら大丈夫だとは思うがね。


「話もまとまったことですし、そろそろ休みませんか? 夜も遅いですから、隠密の方もご一緒に。まぁ、積もる話があるようでしたら、じっくりお話するのも良いでしょう」


 全員が頷いて、一旦全員参加状態の話し合いは終了。

 タッタ、サーシャ、エヴィリーナの三人は焚き火を囲んで話し合いを始め、俺とトーチカは見張りとして周囲を警戒し始める。隠密たちはどうするかと見ていたら、ティーノから声をかけられた。


「私たちが見張りを引き受ける。いざというときのため、休んでいてくれて構わない」

「んー、トーチカ、どうする?」

「休めるときには休んでおく、というのも重要ですね。代わってくださるなら、お言葉に甘えましょうか」

「そうだな。じゃあ、お願いするよ」

「わかった。ゆっくりお休んでくれ」


 見張り役を離れ、俺とトーチカは寝床の準備をする。

 いつもなら単に土魔法で地面を均し、その上に収納バッグから取り出した敷物と掛け布団を置くだけなのだが。


「……どうして小屋まで作った?」


 トーチカは、土魔法で二人が入って寝られるくらいの小さな小屋を作った。プライベートな空間になって、落ち着けるのはありがたいのだけれど。


「わかってるくせに、わたしの口から聞きたいんですか?」

「……いや、別に」


 トーチカの考えていることはだいたいわかるようなわからないような。

 まぁ、いい。


「……ゆっくり休もう」

「そうですね。ゆっくりしましょう」


 ゆっくりできるといいな。うん。

 そんなことを思いながら、俺はトーチカとその土の小屋に入った。

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