第31話 部外者

 リーダー格なのは、双剣使いに違いない。そう思って俺とトーチカがそちらを見るのだが。


「……二人が恋人同士って、どういうことですの?」


 別の隠密の一人が、妙に凛とした声を発した。

 印象にすぎないが、それは隠密のものというより、貴族のように高貴さが染み着いた者の声に聞こえた。


「……え? その声……エヴィリーナさん?」


 タッタが驚きの声を上げる。二人は知り合いか?


「クーリャフ! 私という婚約者がありながら、余所に恋人を作るとは何事ですか!?」


 知り合いどころか、婚約者?

 王族なら婚約者の一人くらいいてもおかしくない。サーシャにもいたんだし。

 ちなみに、タッタの本名はクーリャフなんだろうな。


「婚約者って……もう何年も前の話だろう? 確かに婚約破棄の同意は得ていないが、その旨の手紙は送ったはず……」

「そんな一方的な婚約破棄は認められません!」

「いや、しかし……婚約していたときだって、君は僕のことを嫌っていたじゃないか。『あなたのように優しさしか取り柄のない男なんかと結婚だなんて、私の人生本当に終わってますわ』って……」

「そ、それは……その……」


 エヴィリーナが言い淀む。顔は仮面で隠れているが、かなり動揺している様子。

 エヴィリーナがどんな状況でそんな発言をしたのかは知らないが、彼女が結婚を望んでいないと判断したのは自然なことだろう。

 それはそうと、この隠密たちにもう戦意がなさそうなのはわかる。そもそも何故襲ってきたのかも不明なくらい。

 エヴィリーナが黙っているうちに、隠密連中に尋ねる。


「なぁ、お前たち、もう暴れないって約束できるなら拘束を解こうと思う。どうだ?」

「……先ほどは失礼した。もう襲うことはないので、拘束は解いてほしい」


 リーダー格が応えて、俺とトーチカは頷き合う。

 トーチカが土魔法の拘束を解き、隠密四人とエヴィリーナが解放された。

 そして、自由になったエヴィリーナは仮面などを取り去って素顔を露わにする。金糸のような麗しい長髪に、赤い瞳の美しい女性だった。年齢はタッタと同じくらい。

 エヴィリーナは、肩を怒らせてツカツカとタッタに詰め寄る。


「とにかく! 私は婚約破棄なんて認めていませんわ!」

「いや、だから……何で……?」

「何でも何もありません! 私の知らない間に恋人がいたことはこの際許します! しかし、私と婚約している以上、その女とは早く別れてください! そして私と結婚です!」


 エヴィリーナの必死な様子とその言動から、彼女がタッタを好いていることは俺でもわかる。

 それなら、もっと早くから好意を伝えていれば良かったのに……。


「……僕は、サーシャと別れるつもりはない。君と結婚するつもりもない」

「何故ですか!? 私は婚約者ですよ!?」

「……確かにそうだった。一方的に婚約破棄を告げたことも申し訳なかった。だが、ここではっきり言わせてもらう。エヴィリーナ。申し訳ないが……」


 エヴィリーナが両手で無理矢理タッタの口を塞ぐ。


「それ以上は言わせません! 私は婚約破棄など認めていませんし、今後も認めるつもりはありません!」

「エヴィリーナ……」


 タッタが困り顔でエヴィリーナを見る。タッタはサーシャを深く愛している様子だし、エヴィリーナに復縁の可能性はないのだろう。

 だったら、エヴィリーナが何を言おうと、もうどうしようもない……。

 あ。

 急遽始まった痴話喧嘩に油断していたら、エヴィリーナが腰に帯びていた短剣を抜き、自分の首筋に押し当てた。


「……クーリャフがどうしても婚約を破棄するつもりなら、私はこの場で自害します」

「ま、待て! 早まるな! 危ないから剣を下ろすんだ!」


 エヴィリーナの首筋から、つぅー、っと赤い雫が落ちる。首の皮一枚、切れてしまっていた。

 本気で死ぬつもりはないと思う。手は震えているし、目には脅えの色が見える。それでも、その場の勢いで首を切ってしまいそうな危うさはあった。


「……婚約破棄など、許しません」

「しかし……」


 タッタがサーシャと顔を見合わせるが、二人とも途方に暮れるばかり。

 俺はちらりとトーチカに視線をやる。いつでも魔法を使えるように準備はしていて、いざとなれば氷魔法などで動きを阻害するか、回復魔法をかけて致命傷を避けるだろう。そこは安心できる。


「……もう少し、様子を見ましょう。部外者が入る余地はなさそうです」

「そうだな……」


 トーチカの言葉に従い、しばし沈黙を保つ。

 ここで、リーダー格と思われた双剣の隠密がゆったりとエヴィリーナに近寄る。


「来ないで!」

「エヴィリーナ様。危険なことはお止めください」

「私は本気よ! 婚約破棄されるなら、本気で死んでやるんだから!」

「いけません」

「来ないでって! 本当に死ぬわよ!?」

「ダメです。そんなことをさせるために、この場にお連れしたわけではありません」

「うるさい! 私は……私は! 本気なんだから!」


 エヴィリーナが短剣で首を切り裂こうとしたところで、隠密が瞬時にその手を掴んで制止させた。


「邪魔しないで!」

「そうはいきません」

「離して!」

「ダメです。……どうしても死にたいと言うのでしたら」


 隠密が無理矢理エヴィリーナの手を動かし、短剣の切っ先を己の喉元に向ける。


「自害するより先に、私を殺してください。エヴィリーナ様を死なせてしまったとあれば、私は責任を取って自害します。どうか、エヴィリーナ様の手で、この命を絶ってください」


 エヴィリーナと違い、隠密には本気の覚悟が感じ取れた。エヴィリーナが死ねば、本当に後を追って死ぬのだろう。

 エヴィリーナもそれを感じとったようで、少し冷静になって体から力を抜く。


「……ダメよ。あなたが死ぬなんて」


 短剣が隠密の手に渡る。これで一安心。その場の全員がほっと息を吐く。

 隠密が、短剣を別の隠密に渡す。

 それから、タッタの前に膝を突いて頭を下げる。


「お久しぶりです、クーリャフ様。突然ですが、折り入ってお願いがございます。我が主、エヴィリーナ様を共に連れて行ってくださいませんか?」

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