第28話 幸せ
男二人が暇になったところで、タッタが申し訳なさそうに言う。
「サーシャがはしゃいでしまって申し訳ありません。気軽におしゃべりできる相手がいると、つい気分が盛り上がってしまうんです」
「みたいですね。トーチカも似たようなものなんで、別に構いませんよ」
「ありがとうございます。それにしても、パーティー解散を機に、恋人と二人旅ですか。正直言うと羨ましいですよ」
「行商人で、妹も一緒じゃ、恋人もなかなかできないでしょうね」
「……ですね。それもですが、生活のことを考えず、気ままに旅をできるのは羨ましいことです」
「……と言いますと?」
「僕は行商人なので、旅をしていると言えば、旅をしています。でも、いつも頭の片隅に金勘定がありますし、どこかで資金が尽きるのではないかという不安もあります。
あなた方ほどの強さがあれば、お金がなくなったら都度稼げばいいと思えるのでしょう。でも、僕はそうはいきません。
明日への不安も何もなく、気ままに旅をできる人なんて世界でもごく少数派。羨ましいことです」
「……確かに。そこは本当に恵まれています。……すみません。毎日を必死で生きている人には、こんなちゃらんぽらんな人は気に入らないかもしれません」
「いえいえ、そういう意味で言ったわけではありません。ちょっと羨ましかっただけです。……僕も、僕なりに幸せな生活を送っていますから、単なるないものねだりですよ」
タッタの視線がサーシャの方を向く。温かい眼差しに、兄としての深い愛情を感じた。
「妹さん、大切なんですね」
「ああ、ええ……。とても、大切です。
それはそうと、愚痴のようになってしまって申し訳ありません。
繰り返しになってしまいますが、僕には僕の幸せがあり、あなたにはあなたの幸せがあります。あなたと同じ幸せを手にしなくたって、僕の手の中にある幸せが無価値になるわけもありません。
たまに忘れてしまいそうになりますが、そういうことなのだと思います」
「……そうですね。きっと。
まぁ、この通り俺は王様でも貴族でもありませんから、煌びやかな生活なんて送ってきませんでした。
冒険者としても、ちょっと努力しただけで強くなれるすごい才能なんてありませんでした。
本当は魔法剣士になりたかったのに、魔法の才能がないからただの剣士をしています。
けど、俺だから手に入れられたものもたくさんあって……その一つが、トーチカが隣にいてくれる日々で……。たまに他人を羨むときもありますけど、俺は俺で幸せです」
男二人で笑い合っていると、サーシャもにやりと笑う。
「お、彼氏君がノロケてるぞ? どうかね、トーチカ」
「……さりげなく打ち明けられる本心。キュンときます」
いつの間にかサーシャの言葉が砕けているのは、二人が仲良くなったからだろうな。気の合う友達ができて良いことだ。……別れは寂しくなるけれど。
「罪な男だねぇ、レイリス。こんな可愛い女の子をキュンキュンさせちゃうなんて」
「俺は、特別なことなんて何もしてませんよ」
「女性ってのはね、好きな相手に特別なことをしてほしいわけじゃないんだよ」
「……さようですか」
「ん。そうなの。たぶん。だからまずはさっさと結婚しなさい」
「……結婚は、どちらかというと人生において最も特別なことの一つだと思いますが?」
「うるさいわね、ごちゃごちゃと」
「急にすごく口が悪くなってません!?」
「あっはっは。別にそっちも丁寧なしゃべり方なんてしなくていいよ? 短い付き合いかもしれないけど、友達になろーよ」
サーシャがニッと力強く笑う。
少し、アーリアさんを思い出す笑い方だな。
「……サーシャ。レイリスを誘惑しないでください」
「そんなつもりはないけどね。レイリスと結ばれるつもりはないし。っていうか、トーチカももっと砕けたしゃべり方でいいのよ?」
「……これは、母のしゃべり方を真似しているんです。ハーフエルフの母はエルフである祖母のしゃべり方を真似していたので、要は祖母のしゃべり方ですね」
「ふぅん? 何か、思い入れがあるの?」「ええ、少し。人族の町で暮らしていても、エルフとしての矜持も忘れない……。そんな意味があると母が言っていたので、それに倣っています。詳しく説明すると、長くなってしまいますが……」
「気になるな。教えてよ」
「……あ、二人とも、ちょっと待った」
サーシャの言葉を遮って、周囲の気配を探る。
トーチカも、談笑していたときと打って変わって真剣な表情。
「……盗賊かな?」
「どうでしょう? 銀髪の魔法使いと黒い剣士を襲う盗賊なんて、王都周辺にはいなかったんですけどね」
「少し離れてるからな……。とりあえず、人だよな?」
「そのようですね。……
トーチカの魔法で、タッタとサーシャの周りに瞬時に土の壁が生じる。
「お二人は、しばらくその中で静かにしていてください」
「わ、わかりました!」
「わかった!」
「……んじゃ、遠慮なく行こうか」
「遠慮はしてください。相手が死にます」
「……ほどほどに遠慮なく」
「意味がわかりませんよ」
武器を構えつつ、呑気に構えていたら、敵がじりじりと寄ってくる気配。
さて、お仕事を始めようか。
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