第27話 旅、再開

 闘技大会翌日の午後には、ジューナの町を出立することになった。

 リファ、サイラ、ルーニルには改めて別れを告げ、またいずれ会おう、という少し無責任な約束をした。王都は一度戻るつもりだから、立ち寄る機会はあると思う。そのとき、皆が元気にしていてくれたらいい。

 なお、サイラの武器が大会中に折られた件については、実行犯も主犯も捕まった。主犯はやはりあの武器屋の大男、ダギムで、サイラがハーフドワーフであることが気に入らず、武器屋としての信頼を貶めたかったそうだ。

 卑劣な企てをしたことと、トギロスの使っていた剣が折れてしまったことで、ダギムとその店に信頼がなくなった。近い将来、町からの撤退を余儀なくされるだろう、とのこと。また、ダギム自身は、大会を妨害した罪で多額の罰金を課せられている。

 トギロスとビアンカについては、不自然な勝利に何らかの不正が働いているのではないかと疑われたため、人知れずジューナの町を去った。真相は闇の中だけれど、もうジューナに来ることはできず、地元でも肩身の狭い思いをするだろう。トーチカの予想では、地元も追われて二人旅でも始めるのではないか、とのこと。

 また、トーチカがビアンカに聞いた話だと、トギロスは数年前までは誠実な人柄だったらしい。しかし、次期領主という立場で色々な経験をするうち、心が歪んでしまった。それを一番近くで見ていたビアンカは、いたたまれない気持ちになっていたという。今回、トギロスが決定的な敗北を知ったのは大きな転機となるだろうから、改めてちゃんとトギロスと向き合ってみると決意していたそうだ。

 準優勝の賞金については、結局受け取っていない。結果としては、俺とトギロスは失格ということになっている。参加料と剣の代金で出費だけがかさんだことになるけれど、まぁ、お金には困っていないから別にいいさ。


 そして、ジューナの町を出立してから、また十日が過ぎた。


 今、俺とトーチカは、冒険者としてとある行商人兄妹の護衛中。移動ルートが俺の故郷であるルーギリ村方面だったので、護衛を引き受けたのだ。俺たちのランクからすると依頼料は安かったが、馬車にも乗せてもらえるし、メリットの方が大きい。

 そして、日中は馬車移動を続けて、夜になった。 


「それにしても、僕たちのような貧乏商人の護衛を、あの紅蓮の流星の元メンバーが、格安で引き受けてくださるとは思っていませんでしたよ」


 四人で焚き火を囲みながら、行商人兄妹の兄、タッタが恐縮したように言う。まだ二十三歳の若い男性で、ブラウンの短髪に、優しい目をしている。


「いえいえ、俺たちは移動の足として利用させてもらってるんで、むしろこっちがお金払うようなとこですよ」

「そうですね。無料で馬車を使えてありがたいです」


 俺とトーチカの言葉に、タッタはにこりと微笑む。


「二人の旅に、丁度居合わせることができて幸運でした」

「それも、こちらこそ、ですよ。美味しいご飯もいただきましたし」

「なんのなんの。そんなお礼しかできずに申し訳ない」


 談笑していると、行商人兄妹の妹、サーシャが尋ねてくる。

 サーシャは、ブラウンの長髪に、強気な目をしている。年齢は二十一歳。


「ずっと気になってたんですけど、二人って付き合ってるんですよね? あ、もう結婚されてます?」


 何かと思えば、そういう話か。女性らしい関心、ということなのかな?

 答えたのはトーチカで。


「結婚はしていません。恋人であり婚約者です」

「なるほど! 道理で仲良さそうなわけですね!」


 婚約した覚えはないのだが、余計なことは突っ込むまい。俺の中でも、結婚しない未来は想像できないからな。


「結婚はいつ頃を予定しているんですか?」

「実のところ、まだ具体的には決めていません。良きタイミングで、というところです」

「そうでしたか。……余計なお世話かもしれませんけど、結婚するなら早めがいいと思いますよ? 今日一日見てきた感じ、レイリスさんは女性にモテると思います。強くて聡明で恋人思いで優しくて。他の女性が寄ってくる前に仕留めちゃいましょうよ」


 仕留めるって……。俺、獲物か何かなの?


「そうですね。レイリス、とりあえず結婚しておきますか?」

「なんだその軽いノリ……。結婚を、とりあえず、でしていいのか?」

「どうせわたしたちは結婚しますよ。今になるか、後になるかの違いです」

「投げやりなのか、想いが強いのか……」

「想いの強さは、日々見せつけているはずですが?」

「……だね。うん。けど、まぁ、もう少し恋人という関係でもいいような……。結婚したって、関係は特に変わらないような気もするけど……」

「はぁ……。どうして踏ん切りがつかないのでしょうね? わたし以外の誰かと結婚したい気持ちがあるんですか?」

「そういうわけでもなくてだな。うーん……男には色々と複雑な心境があって……」


 トーチカが再度溜息。


「まぁ、レイリスはこんな感じです。恋人としての付き合いはまだ一ヶ月程度なので、こんなものなんでしょうかね」

「あ、まだ一ヶ月程度なんですか? へぇ、それにしては、随分と距離が近いですね」

「仲間として四年、恋人として一ヶ月、という付き合いですから。単純に付き合って一ヶ月とは言い難いものがあります」

「なるほどなるほど。レイリスさん、それならもう結婚していいんじゃないですか? お互いのことなんて改めてさぐり合う必要もないでしょう?」

「まぁ、うーん……」

「……私だったら、結婚のチャンスがあるなら、迷わず結婚しちゃうのにな。羨ましい……」

「ですよねぇ……」


 結婚したくないわけじゃないよ? けど、そういうのって、何かしらのタイミングってあるもんじゃない? 何かのきっかけで、よし結婚しよう、と気持ちが固まるみたいな? いずれそういうのは来ると思うし、結婚はそのときでいいんじゃないかなー……?

 なんてことを、この二人の前で言ってもしょうがないような気がする。仕方なく、曖昧な返事で濁すことに終始した。

 俺の態度に納得しないトーチカとサーシャが意気投合して俺をいじり倒したが、ひたすら我慢だ。

 やがて、俺で遊ぶのも飽きた二人は、女子トークに花を咲かせ始める。

 トーチカも女性だし、女性同士の交流じゃないと発散できないものはあるはず。基本は二人旅だから、こういう機会は積極的に活用してほしいものだ。

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