第29話 戦闘
夜の闇に紛れて近寄ってくる何者か。気配はあっても姿が見えないのは、闇魔法か何かの効果だろう。
盗賊ではなさそうだ、というのは察する。殺意や敵意を感じない。
気配を探っている間に、トーチカが俺に軽く強化魔法をかけてくれる。俺はしがない剣士だが、強化されるだけで魔法剣士にも勝る戦力を身につけられる。
それから。
「
トーチカの杖が眩く光り、夜の闇と闇魔法を拭い去る。この周辺だけ昼間のように明るくなって、隠れていた敵が姿を現した。
敵影、五。
黒装束に黒仮面をつけた、隠密風の出で立ち。
盗賊ではないが、こんな格好をするのはどこかの権力者の使いだろうか。表に出ない仕事を請け負う、陰の世界の住人たちだと思われる。
「……ふむ。あれ、トーチカの知り合いか?」
「それはないですね」
「つーことは……」
「何か訳ありなのでしょう。あの二人は」
ただの行商人だと思っていたが、何かしらの背景を持っているようだ。
しかし、相手が誰であれ、こっちは仕事をこなすまで。
「お前ら! ここで引き下がるなら深追いはしねぇぞ!」
なんて言ってみるが、向こうもお仕事中なわけで、簡単に引き下がるわけもない。
むしろ、五人が同時に俺たちに向かって駆けてきた。……ん? 一人だけ動きが妙に鈍いような……まぁ、いいか。
「サポート宜しく!」
「ええ。
隠密五人の地面がぬかるみ、足が沈む。向こうが体勢を崩している隙に近づいて、一番手前のやつを斬りつける。
黒塗りの刃で受け止めてくるが、まずはその剣を一刀両断。
「なっ!?」
俺の
武器を破壊したら、左手を柄から離し、拳を顔面に叩き込む。
強化された俺の腕力なら、ある程度防御力が高くても昏倒必死。
狙い通り、隠密その一は後ろに倒れて、起きあがってくる気配はない。
「次」
ぬかるみから抜け出た隠密は二人。その片方の魔法により、右方向から無数の氷の矢が俺に向かってくるが、トーチカの防壁魔法で全て消滅した。
魔法を放った隠密に向けて接近し、その黒剣を破壊しようと思ったが、予想通り武器同士の衝突は避けられた。学習能力があるやつならそうする。
敵の回避も、さらに次の反撃も予想できていたので、隠密の攻撃を避けながら拳を胸に突き刺す。強めにいったので少しは大人しくなるだろう。
……それはそうと、今の隠密、女性じゃない? なんかほんのりと柔らかいものに触れたような気が……?
「……いや、敵は敵」
女性だからって下手に手を抜くとこっちが危うい。アーリアさんもロギルスも、女性ながら俺より強かった。魔法を使った戦闘に男女の優劣はないのだから、遠慮はいらない。まぁ、もう顔を狙うのは止めておくけど。
「とにかく応戦。あと三。いや、一」
ぬかるみから抜け出せなかった二人は、下半身まで土に埋まっている。また、その首に土の槍が突きつけられているので、これ以上無駄な抵抗はしないだろう。
残った一人は……この五人のリーダー、かな? 動きが素早い。
左右の手に一本ずつ紅の短剣を持ち、左手の剣で横薙の一閃。
おそらくこの剣は斬れない。予想通り、剣身をぶつけ合うことになった。
一瞬の遅滞もなく、相手の右の剣が俺の喉を狙う。体を振って避けた。
続けざまに、双剣を生かした絶え間ない攻撃が繰り返される。俺は受けるのと避けるので手一杯になり、反撃に転じられない。
単純な速力は、強化された俺の方が上。しかし、双剣の素早さには遅れをとってしまっている。双剣、難しいんだけどな……。やっぱり、俺も身につけるべきかね?
「ま、ロギルスほど強くはないな」
双剣使いの獣人、ロギルスはもっと速く、もっと強い。
ロギルスと毎日のように模擬戦をしていた俺からすると、この隠密相手でもまだ負ける気はしない。
一度距離を取り、離れた場所から乱れ斬る。
「
魔剣、黒凰の剣の持つ技の一つ。
無数の黒い斬撃が飛び、隠密を襲う。
黒い刃が危険だと瞬時に察知したか、隠密が回避に専念する。
しかし、斬撃の流れ、飛ぶ速度、テンポを調整しているので、俺の予想通りに逃げてくれたというところ。
だから。
「……これで終わ……あ」
誘導した先で一発ぶん殴ろうと思ったのだけれど。
展開を予想済みだったトーチカが、地面から土の拳を生じさせた。体勢を崩していた隠密はそれを避けられない。
強大な衝撃で空高く舞う隠密。
「……おいおい、頭から落ちたら死んじゃう高さまで上がったぞ? いいのか?」
「大丈夫ですよ。
落下点にて、魔法の風によって隠密が優しく受け止められる。
はぁ……。魔法って便利だなぁ。
とはいえ、トーチカほど自由自在に魔法を使えるのは非常に珍しい。大抵のやつは得意な属性に偏りがあるし、魔法の使用にも詠唱を必要とする。苦手な属性がなく、特に強力なもの以外は詠唱なしでも魔法を使えてしまうのは、魔法使いとしては反則的だ。
「……ま、とにかく、俺たちの勝ちならそれでいいや」
美味しいところを持っていかれた形だが、俺の勝利にこだわる必要はない。二人で勝てばそれでいいのだ。
トーチカの隣に戻り、互いに労いあう。
「サポート感謝」
「前衛、お疲れさまです」
こんなときのトーチカの笑顔は、恋人ではなく仲間としての顔で、なんだかほっとしてしまうような。
「なんですか? そんなにわたしを見つめて。キスのおねだりです?」
「……違うよ」
「ま、わかってますけどね」
今度は、恋人の笑顔を見せてくれる。
うーん……可愛い。
仲間としてのトーチカも、恋人としてのトーチカも、どっちも好きだなぁ……。
なんて考えている場合でもないな。
この隠密集団、何者かね?
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