第25話 悪戯
俺の敗北宣言により、観客からはブーイングの嵐となった。
特に、この大会と平行して行われいてた賭けで、俺に賭けていた連中は勢いが強かった。
文句は例の手紙の送り主に言ってほしいね。まだ誰なのかわからないのだけれど。
また、主催者側も俺の敗北に納得していなかったようで、詳細の説明を求められた。が、説明しづらい内容だったので……逃げることにした。
サイラも伴い、闘技場をすたこらさっさと抜けだして、目指すは……ルーニルの家。
日暮れも近いが、まだトーチカの姿は見えない。もしかしたら、本当に助けを必要としているかもしれない。あまり頼りたくはなかったけれど、背に腹変えられない。
ちなみに、サイラはルーニルのことを知ってはいたが、予見の力があることは知らなかった。
大会関係者の追手を振りきり、俺たちはルーニル宅のある路地裏へ。
似たような家ばかりで迷うが、記憶を頼りに探し回り……見つけた。
今日は看板も出ている。これは、俺を歓迎しているということなのかな?
急ぎ、入り口のドアを開けると。
「二人ともいらっしゃい。待ってたよ」
のほほんとした顔でルーニルが紅茶を入れているのはさておき、申し訳なさそうなトーチカとリファ、無表情のビアンカも一緒だった。ぱっと見、四人でお茶しているような構図。
「トーチカ! 無事か!?」
「無事です。しばらく軟禁状態でしたが、怪我などはありません」
「そうか……良かった。えっと、リファも無事か。けど、どういう状況?」
トーチカに歩み寄り、改めて様子を確認する。怪我はしていないし、具合も悪くなさそう。
「端的に言うと、ルーニルさんの悪戯に巻き込まれました」
「……端的過ぎてわからん。手紙も送り主はルーニルさんだったってこと?」
「いえ、手紙の送り主はビアンカさんです」
「ふぅん……?」
首を傾げていると、ルーニルが俺に着席を促す。
「席について、お茶でもどうぞ。他の人が来ないように細工してあるから、ゆっくりしていって」
大人しくトーチカの隣に座って、紅茶をすする。味は知らないが、香りは良い。
「それで……何が起きた?」
尋ねると、トーチカが説明してくれる。
まず、リファを誘拐し、脅迫の手紙を送ってきたのはビアンカ。
ビアンカとしては、主であるトギロスをどうしても優勝させたかったらしい。ヴェーニヒ家では敗北は許されず、トギロスが闘技大会で負けてしまえば、家でのがかなり悪くなる。今は次期領主と認定されているが、負ければ弟が次期領主に認定される可能性もある。二年前の大会でも、ビアンカが暗躍し、トギロスの優勝に荷担していたのだとか。
そんな優勝に価値があるのかは不明だが、領主の息子にも色々と事情があるのだろう。
そして、トーチカは早い段階でリファとビアンカの居場所を突き止めており、ビアンカに接触。言葉による交渉だけでは済まなかったので武力行使に出て、早々にビアンカを下した。
それで万事解決……となるはずだったのだけれど、その場にルーニルが現れた。
ルーニルは、「レイリス君には黙っていた方が面白いでしょ?」と言い出して、闘技場に戻ろうとするトーチカを引き留めた。
トーチカはそれでも早く闘技場に戻ろうとしたのだが、ルーニルは予見の力を戦闘に生かし、トーチカを魔封じの枷で一時拘束。無理矢理自宅に連れてきた。
あとは、映像魔法を使い、大会の様子をこの部屋で見届けていた。トーチカの魔封じの枷は、大会終了と共に解錠。
……という流れらしい。
「えっと……流れはわかりましたけど、ルーニルさんはなんでこんなことを?」
「さっき、トーチカちゃんの話でも出てたじゃない。その方が面白そうだったからよ」
「……本気で言ってます?」
「本気よ。だって、普通に戦えばレイリス君が優勝するのなんて決まりきったことじゃない。それに、試合中に剣を折った犯人の特定も、サイラちゃんの名誉挽回も、淀みなく進んでいくわ」
「……それが不満でしたか?」
「ええ、不満だったわ。だから、意地悪してみたの」
「……なかなかいい根性してますね」
「ふふ。老い先短い老婆の戯れよ」
「意地悪したところで、予見の力を持つあなたからすると、大して見応えのある展開ではなかったのでは?」
「そうでもないわ。予見の力と言うのは、未来を完璧に見通せるわけじゃないの。私が悪戯することで、あなたの未来はいくつかに分岐した。
トギロス君と話し合いつつ準優勝するか、優勝してリファを探すか、試合を放棄してトーチカちゃんを探すか……。
私は、試合を放棄してトーチカちゃんを探しにいくと思っていたのだけれど、予想が外れたわ。
……予想が外れるって、本当に面白いわね。ああ、これは関係ないことだった。
ねぇ、どうしてトーチカちゃんを探しにいかなかったの? 心配じゃなかった? 大切な恋人なのでしょう?」
ルーニルは好奇の目で俺を見てくる。本当に、単に自分が楽しむために、この状況を作りだしたのだなとわかる目だ。
意外とひねくれた魔女。ただまぁ……ひねくれてしまうくらいには、予見の力というのは厄介なんだろう。人より多くを見通せてしまうことで、人生はきっと退屈することばかりだったのだ。
俺だって、先のことがなんでもかんでも事前にわかってしまったら、ひねた精神を培うことになっただろう。
軽く溜息を吐いて、この魔女の悪戯を、許すことにする。
「俺が試合放棄してトーチカを探しに行かなかったのは、トーチカが危機に陥るなんて思えなかったからですよ。トーチカは強くて、聡明で、どんな敵にも負けません。それに、万一何か危機が迫っていたなら、俺になんらかの形で知らせるだろうとも思いました。
良く言えば信頼で、悪く言えば盲信、ですかね」
「……そう。ここは、信頼ということにしておきましょう。そして、トーチカちゃんはレイリス君にとって守るべき存在じゃなくて、共に戦う仲間なのね」
「ええ。昔からそうです」
「いい関係だと思うわ。……ビアンカちゃんも、そう思わない?」
「……はい」
「この二人は、良いお手本になると思うわ。ここ数年で歪んでしまったあなたとトギロス君の関係も、見つめ直してみなさいな」
「……はい」
「あとは、二人とも自分の気持ちに素直になった方がいいわね」
ビアンカは最後の一言に返事をせず、顔をさっと赤らめる。トギロスはビアンカが好きみたいだが、ビアンカもトギロスが好きなのかな?
俺には状況がよくわからないが、後でトーチカに訊いてみるかね。
ともあれ。
「えっと、俺の立場からすれば……。
トギロスには実質的に勝利した。
トーチカをトギロスに渡す必要はなくなった。
サイラの名誉も挽回した。
剣を折った犯人が見つかった。じきに主犯も見つかるはず。
リファを無傷で救い出した。
ルーニルさんの好奇心を満たした。
……ってことで、いいのかな?」
「そうね。レイリス君の物語は、それで十分。あとの些末なことは……トーチカちゃんと寝物語にでも話せばいいわ」
「そうですね。二人旅だと、話題はどれだけあっても困りませんし」
「ふふ。……皆、今日は私の悪戯に付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ。本当に。そして……レイリス君のおかげで、なんだか懐かしい気持ちも思い出せて嬉しかった」
ルーニルが、顔にしわを刻みながら綺麗に笑う。
振り回されてしまったようだが、こんな風に笑ってもらえたなら、もうそれでいいのかなと思う。サイラも、特に怒っている風ではないし。
「さぁ、楽しませてもらったお礼に、夕食をご馳走しようかしら。特別に無料よ?」
「……それはどうも」
ありがたいけれど、優勝賞金を逃し、準優勝賞金も受け取れなかったのはルーニルのせい。夕食くらいご馳走になってしかるべきだ。
「……私はここで失礼します。トギロス様を迎えに行かなければなりません」
ビアンカが席を立つ。そして、改めて頭を下げる。
「……色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。証文も置いていきます」
鞄から折り畳んだ証文を取り出し、机の上に置く。
あとは、事務的な礼をして去っていった。
それから、トーチカがすっと俺に身を寄せつつ、手を握ってきた。
「……人前ではこういうのやめない?」
「やめません。一日離ればなれで辛かったので」
「……気持ちは、わからないでもない」
トーチカが側にいない時間は、ずっと物足りない感じがしていた。
再会できて、胸の中の空洞がようやく埋まったように思う。
「キスしてもいいですか?」
「……流石にそれはやめておこう。あとでな」
「ちぇ」
「可愛らしいけど、人前でされると気恥ずかしいな……」
リファとサイラは、やれやれ、と視線をそらしている。
気まずい思いをさせてしまってすまない……。
「二人きりになったら、たくさんキスしてくださいね?」
「……おう」
トーチカが微笑む。リファとサイラが一層目をそらす。
「……早く結婚しちゃえばいいのに」
リファの呟きに、ますます気恥ずかしさが高まるのだった。
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