第24話 ふぅん。
窮状を切り抜ける妙案など、考えるのが苦手な俺に思いつくわけもなく。
「……ま、しばらく時間稼ぎでもしようかね」
トギロスと対峙しながら、トーチカの帰還をもう少し待とうと決める。
戦っている間に戻ってきてくれたら、存分に戦えると言うものだ。
ただ、戦闘が長引けば、観客の誰かから剣を折られる可能性もある。それはサイラの名誉のために良くない。
となれば、剣をなるべく使わずに、トギロスの攻撃をかわし続ける必要がある……かな。
『さぁ、春の闘技大会、ついに決勝戦です! トギロス・ヴェーニヒ選手は二年前の大会覇者! 一方、レイリス・ファルト選手は先日まで紅蓮の流星というAランクパーティーに所属しておりました! この勝負、勝つのは一体どっちだぁ!?』
音声拡大魔法で司会が場を盛り上げている。また、映像魔法で出現した巨大な画面に、俺たちの様子が映し出されてもいた。興業に余念がないね。
「トーチカは私のものだ。ここでお前を下し、それを証明してやろう」
トギロスが煌びやかな両手剣を俺に突きつける。
剣身を見た感じ、やはり戦闘向きの剣ではないとわかる。想像したより悪くなさそうだし、魔法禁止のこの大会なら使えるが、魔法有りならすぐに折られてしまうだろう。
剣を見る目がないのかと疑ってしまうが、あえてそういうのを選んだのかもしれない。ここで使うにはぎり十分だし、大会の後には記念品として部屋に飾ればいい。
「……勝負はときの運。最後まで諦めずに戦う所存です」
「ふん。私の前に、どれだけ立っていられるかな?」
「……さて、どうでしょうか」
耳を澄ませるが、トーチカの声は聞こえない。まだ来てない、か。
もしかしたら、大会に出ている場合じゃなくて、今すぐにでも探しに行った方が良かったのかもしれない。
けど……やっぱり、トーチカが危機に瀕してるなんて、どうしても思えないんだよなぁ。
だとすると、姿を現さない理由があるのか……。
うーん、わからん。
『決勝戦! 始め!』
合図と共に、トギロスが接近してくる。
何度か戦っている様子を見ていたが、トギロスは積極的に攻めていくタイプ。攻めて攻めて、終始自分のペースで勝利を掴もうとする。
そして、大会覇者の経歴の通り、剣士としてはかなりの腕前を持っている。横暴な態度はいただけないが、血の滲む研鑽の日々を感じられた。
けど、ね。
トギロスの攻撃を、俺は剣も使わずに全て回避する。
トギロスの綺麗な剣撃は、剣筋を読むのが難しくない。手の位置、足の位置、重心、視線、剣の傾き……それらが素直に剣の通り道を示してくれる。
「くっ! ちょこまかと!」
攻撃が当たらないことに苛立ったか、トギロスが苦々しく吐き捨てる。
それから、『ここからが本番だ』とばかりに攻撃の手を早める。が、俺はそれも全てかわしていく。
トギロスは弱くない。
だけど、圧倒的な経験不足は感じる。
もちろん、トギロスにも戦闘の経験はあるだろう。対人戦も、対モンスター戦も。
しかし、本格的に命の危険を感じる戦闘には、身を置いたことがないに違いない。
視線にも剣にも、死線を越えた者の迫力がない。
領主の息子ゆえ、それが許されなかったのだとも思う。トギロスに強くなってもらいたいが、死んでしまっては困るので、本当に危険な戦いはさせない。そうやって育ってきた。
「お前! いつまで避け続けている! 戦う気がないのか!?」
激しい攻撃の手を止め、トギロスが険しい表情で吠える。
「戦う気は当然あります。これも作戦ですよ。トギロス様が疲れたときに、攻勢に移ろうかな、という」
「ぬかせ! 私はこの程度で疲れはしない!」
宣言通り、トギロスは一層激しく攻撃を繰り出してくる。
ただ、やはり避けるだけなら難しい話ではなく……。
「レイリスさん! 戦ってくださーい! もう、大丈夫ですから!」
オーウェンの声が聞こえた。
なんのこっちゃ? と思って、一瞬だけ声のした右方向に視線をやる。
オーウェンとその仲間らしき三人が、一般市民の格好をした何者かを拘束している。
ああ、なるほどね。
オーウェンは、俺の剣が何者かに破壊されたことを知っている。そして、俺が避けてばかりなのは、剣を壊される可能性があって下手に打ち合えないからと思ったわけだ。
……数千人の中から、わざわざ犯人を探し続けてくれたのか。実にありがたいね。
「助かるね! 大会中に壊れないだけじゃなくて、ちゃんと打ち合えるってことを証明したかったところだ!」
トギロスの剣を、真正面から剣で受け止める。
「くっ!?」
トギロスが苦々しそうに顔を歪める。全力の一撃を、たやすく受け止められたのが気に障ったようだ。
「ちょっと、力比べしましょうか?」
トギロスの剣に、俺の剣を真正面からぶつける。
一合、二合、三合……。
金属と金属がぶつかる、鈍い音が響く。
俺はまだまだ余裕。ガーグさんの戦斧と剣で戦ったことだってあるのだ。この程度は軽い。
しかし、トギロスは俺の剣を重く感じているようだ。剣を弾き飛ばされないように必死だし、顔も険しい。
「冒険者風情が! その野蛮な剣で、貴族の剣に勝てると思うな!」
その冒険者風情に、領主は結構守られていると思うんだけどね。
私兵も活躍しているだろうが、冒険者の存在だって各町では重要なもの。
領主になるつもりなら、もっと冒険者の価値を見直した方がいい。
「冒険者風情の剣で、随分と苦しそうですね?」
「うるさい! 黙れ!」
「先におしゃべりを始めたのはトギロス様ですよ?」
「ちっ!」
トギロスが懇親の力を込めて剣を振るう。俺はそれを軽く打ち返す。
そんな力比べを続けながら、ぼそぼそと会話のようなものもしていく。
「私は強い! お前なんぞに負けない!」
「限界まで続けてみましょう」
「ちっ! トーチカは私のものだ!」
「……ビアンカさんもいらっしゃるのに、贅沢なことです」
「はぁ!? あれはただの使用人だ! 女として見てなどいない!」
「綺麗な人じゃないですか。女性としてみないなんてもったいないですよ?」
「貴族と使用人が、結ばれるわけもなかろう!」
ふむ?
トギロスの声に、戦闘が上手くいかないことへの苛立ちじゃなく、何か別のものに対する苛立ちを感じた。
なんだろう……。俺はトーチカみたいに勘が鋭いわけじゃないので、ほとんど当てずっぽうだが……。
「……どれくらいの付き合いなんですか?」
「そんな話、ここでする必要はない!」
「ごもっとも。まぁ、年齢的に長くても五年くらいの付き合いでしょうかね」
「黙れ! 今は試合中だ!」
「ビアンカさんのこと、好きなんですか?」
「はぁ!?」
トギロスが足を滑らせる。顔も赤い。わかりやすい動揺だ。
へぇ。ほぉ。ふぅん。
「……わかりますよ。長年一緒にいると、自然と特別な相手になってしまいますもんね」
トーチカに告白されて自覚したが、俺だってトーチカのことを特別に思っていた。
恋愛対象にしてはいけないと思っていたから、その気持ちは見ないようにしていただけで。
「ななななな何を言っている!? 私は、ビアンカのことなど!」
「そうですか? いいと思いますよ? ビアンカさん、とても素敵な女性じゃないですか」
「黙れ!」
どんな感情を乗せたのか、今までで一番重い一撃だった。
俺には通用しないけれど。
「素直になれないのは、領主の息子だからですか? まぁ、地位を考えると、ビアンカさんを正妻として迎えるのは難しいかもしれません。いずれ、どこかの姫君でも正妻として迎える必要があるでしょう。既に婚約者もいるかもしれませんね。
しかし、強い想いがあるのなら、ビアンカさんを口説いてみてもいいではありませんか。側室がいることはおかしくないでしょう? トーチカだって、そういう立場として迎えるつもりだったんでしょうし?」
「ふざけるな! あれは……とにかく、違う!」
トギロスがまた激しく打ち込んでくる。それを全て、正面から弾き返す。
そこで。
ペキン。
トギロスの剣が折れた。
今回は妨害が入ったのではなく、単純にトギロスの剣が打ち合いに耐えられなかったのだ。
名前も知らないあの大男の店の剣が、サイラの剣に打ち負けた瞬間だ。
「な!?」
「おっと、剣が折れてしまいましたね。不良品でも掴まされましたか?」
「そんなバカな! 町で最も優秀な鍛冶師が打った剣だぞ!?」
「……その謳い文句は、おそらくどの店でも使っていますよ。ちなみに、打ったのはあの大男ですか?」
「そんなこと知るか!」
「……さようですか」
トギロスもまだ子供。色々な面で、未熟なんだよな。
昔の自分の面影を見るようで、少し気恥ずかしいよ。
「……剣が折れてしまいましたが、どうされますか? 続けますか?」
「私が敗北を認めるなどありえない!」
「では……こちらの負けということにしましょう」
「な!? 何を言っている!? ふざけるな!」
「どうしても勝たなければいけない理由が、私の中からなくなりました。トギロス様は、本当はビアンカ様をお慕いしているようですから」
「ち、違うと言っている!」
「あの証文は、なかったことにしましょう。お互い、それが一番幸せな形ですよ」
「待て! 勝手に話を進めるな!」
トギロスが折れた剣で斬りかかってくる。
俺は、本気の一閃でその剣を打ち返す。
その手から弾き飛ばすつもりだったのだが、剣身が根本から折れて、彼方へと飛んでいった。
……不良品だなぁ。大会用なんだから、もうちょっとましな剣を作れよ。
「審判! 負けを認めます! 勝者はトギロス様です!」
俺の一方的な敗北宣言で、この試合はトギロスの勝利が決まった。
が、もちろん、観客の全ては俺の勝利を認めていて、何かしらつまらない事情が背景にあるのだろうとは察してくれたはず。
手紙の約束は違えていない。これでリファも帰ってくる、はずだ。
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