第22話 もっと早く

 剣が折れる寸前で、何かの魔法をかけられた感じはあった。

 ただ、魔法を隠蔽する魔法も同時に使っていたようで、俺も事前に察知することができなかった。

 トーチカがいれば気づいてくれたかもしれないが、今は不在。


「……ちっ。陰湿なことをしやがって」


 剣が折れたことで、一時俺たちの試合は止まっている。数千人規模の観客の中から犯人を見つけるのは、俺には無理だ。

 ただ、俺の剣が折れたことで、観客の一部は沸き立っている。サイラの剣がまた折れた、と。ムカつくね。


「レイリスさん……。えっと、どうしましょう……?」


 オーウェンが困り顔。剣が折れたのを好機とは捉えず、非常に残念そうにしている。


「んー……代わりの剣なんてないし、このままいくしかないだろ」

「しかし……」

「心配すんな。この状態でも、俺はお前には負けないよ」

「……はは。でしょうね」

「あ、でも、そうだな……」


 落ちている剣身を拾う。刃はないし、剣の幅もそこまでないから、剣身だけを持つことができた。

 右手に、半ばから折れた剣。左手に、その折れた剣身。

 双剣使いは得意ではないが、やってみてもいいだろう。


「よし、続けようか」

「……いいんですか?」

「ああ、いいよ」

「でも、その剣……また折れて……」

「剣自体はちゃんとしたものだよ。妨害が入っただけ」

「え? どういうことですか?」

「気にするな。今は俺との試合に集中すればいい」

「はい……」


 気を取り直し、オーウェンとの試合を再開。

 最初はオーウェンの動きに動揺が見えたが、徐々に回復。本来の動きを取り戻した。

 ただ、俺が双剣になったことで、こちらの攻撃の速度が上がった。

 俺の連撃に、オーウェンは防戦一方。

 しかし、このままではダメだと思ったようで、オーウェンが強引に攻撃に転じてきた。

 玉砕覚悟の一撃。それを、左で受け流しつつ、右で攻撃。

 折れた剣が、オーウェンの首を軽く撫でた。


「そこまで! 勝者、レイリス!」


 審判が試合を止める。この大会では、真剣なら致命傷になるだろう一撃を与えるか、どちらかが負けを認めるかで勝敗が決まる。俺のは前者として認められたようだ。

 敗北が決まり、オーウェンが満足げに息を吐く。


「まさか、折れた双剣でも全く歯が立たないとは。僕は本当にまだまだです。今後も精進していきます」

「おう、頑張ってくれよ」


 最後に握手をして、俺たちの試合は終わった。

 ……さて、俺たちの邪魔をしてくれたのは誰かな? それに、サイラの名誉も再び傷つけることになってしまった。

 少し、怒ったぞ?

 第二試合までは少し時間が空くので、一旦観客席に向かおうと通路を歩いていると。


「レイリス! ……すまない。迷惑をかけた」


 サイラが駆け寄ってきた。


「あ、見てた? 悪いね、何かの魔法が使われたのはわかったけど、俺じゃあ犯人の特定はできなかった」

「……魔法が使われていたのは確かか?」

「それは間違いないな。何かされたのは感じたよ。それに、普通に戦ってるだけだったら、サイラの剣が折れるわけがない」

「……そうか」


 サイラが泣きそうな顔で微笑む。


「変な顔」

「う、うるさいっ。……前回は、お前の剣が不良品だったから折れたのだと罵られた。でも、お前は、私の剣が折れるわけないと言ってくれた。それがちょっと嬉しかったんだ」

「もっと自信持てよ。サイラの剣、すごくいい品だ。次の試合でも使いたいから、急ぎでもう一本売ってくれないか?」

「……あたしの剣を使うと、また折られるぞ」

「妨害される前の終わらせる」

「……ほう? そんなことができるのか?」

「できるさ。俺なら」


 この大会のレベルを考えれば、俺の圧勝で各試合を終わらせることもできるだろう。たぶん。


「そうか。わかった。急いで店から一本取ってくる。しかし……トーチカはどうした? あと、リファも一緒じゃないのか?」

「あ、それはな……」


 今朝の出来事を説明。

 

「リファが誘拐……。ちっ。あたしがついていれば……っ」

「そう気に病むな。トーチカが探してるから、じきにリファも犯人も見つかる。あの武器屋の男の関係者だと目星はついているから、そう時間もかからないだろ」

 

 トーチカにしては時間がかかっている気がするが、サイラに言う必要はない。


「レイリス。……お前なら優勝も可能だろう。しかし、決勝に行ってもまだリファが救出できないときには……」

「……そのときには、リファを優先する」


 リファを優先すると、トギロスにトーチカを盗られてしまうのだが、これも今は言わなくていいかな。


「……すまない。リファは……妹のようなものだと思っているんだ。出会ったときはただの痩せた子供だったが、色々と世話を焼いているうち、随分とあたしに懐いてくれて……。

 半分ドワーフというだけで、鍛冶師に限らず、大抵の人間はあたしに一枚壁を作ってしまうらしい。その中で、リファはごく自然にあたしと接してくれる。

 あたしがリファを救っているつもりだったのに、いつの間にか、あたしはリファに救われていた。

 大切な、家族のような、友達のような……そんな存在なんだ」

「ああ、わかった。リファは助ける。だから、安心してくれ」

「ありがとう。それじゃあ、あたしはもう一本剣を取ってくる」

「うん。頼むよ。西側の入り口で待ってる」

「わかった」


 サイラが急ぎ闘技場を後にする。

 残された俺は、ひとまず観客席に行って怪しげな人物を探してみる。

 遠距離からの武器破壊に、魔法の隠蔽。かなり力量のある魔法使い。

 見て回るが、やはり、俺では犯人を見つけられない。魔力を感じ取ることはできるし、力のある魔法使いは何人か見つけたけれど、俺の剣を折ったかどうかはさっぱりわからない。


「……仕方ない。折られる前に勝つしかないな」


 捜索は諦めて、闘技場の西出入り口へ。

 しばし待つと、サイラが代わりの剣を四本持ってきた。三本は予備だろうな。


「……重そうだな、大丈夫か?」


 代わりに持とうとしたが、渡されたのは一本だけ。


「これくらい平気だ。それより……これは、あたしのわがままだ。あたしの剣で、勝ってくれ」

「おう。任せろ」


 サイラが頷き、俺の右手を両手で包み込む。


「……やはり、良い手だ」

「そうか? 俺にはよくわからん話だ」

「……今は、トーチカはいないのだったな?」

「それが?」


 返事はなく。

 代わりに、サイラが一歩踏み込んできて、俺のみぞおち辺りにぽすんと頭を打ち付ける。


「お、おい」

「……お前は良い手を持っている。戦っている姿も美しかった。そして、あたしの力も認めてくれている。ありがとう。お前に出会えて良かった」

「特別なことは何もしてないさ」

「……そうだな」


 最後にきゅっと力強く俺の手を握って、サイラが離れた。


「もっと早くお前に会いたかった。そして、もっとたくさんの時間を、お前と過ごしてみたかった。そうすれば……いや、なんでもない。じゃあ、あとは頼む」

「……おう。わかった」


 サイラが去り、俺は選手の控え室へと戻る。

 サイラが何を言いかけたのかは、考えないようにしておこう。俺はトーチカと共に旅をすると決めているし、生涯共にいたいという気持ちもある。

 他の女性のことを、トーチカと同じ意味で特別に感じることは、もうない。


「さ、俺は俺のやるべきことをやろうかね」


 トーナメント表を見たところ、トギロスと当たるのは決勝だった。

 心おきなく倒せるように、早くリファを救出してほしいものだ。

 ……トーチカ、早く戻ってこいよ。離れてる時間なんて、客観的には僅かなんだろうけど、結構寂しいぞ?

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