第18話 好きになった相手には
「お気づきかもしれませんが、サイラさんはハーフドワーフです」
サイラの店を出て、
「あ、そうなのか。成人女性にしては小柄だなとは思ってた」
「身長の低さはドワーフ由来ですね。お父様がドワーフなのだそうです。……今更ですけど、トーチカさん、ドワーフは苦手でしたか? エルフの血が混じっているようですが……」
エルフとドワーフはあまり仲が良くないらしい。王都でも、二つの種族が喧嘩しているのを見たことがある。
「そんなことありませんよ。エルフの里で育った者なら、ドワーフは嫌悪の対象だと刷り込みをされて育つのかもしれません。
でも、わたしは人間の町で育ちましたし、ハーフエルフの母からもドワーフの悪口など聞いたことがありません。特別に好きではありませんが、嫌いと言うこともありません」
「ああ、良かったです。……本当に、特定の種族だからって、嫌う理由なんて何もないと思うんです。わたくしも」
リファの口振りから、サイラがこの町で差別的な扱いを受けているのが察せられた。
「サイラさんは、この町では嫌われてるのか?」
「町では、というほどではありません。この町の武器職人から、よく思われていないんです」
「それは、なんで?」
「ドワーフは、武器や防具作りについて高い技術を持っています。それはもちろん積み重ねてきた研鑽の結果というのが大きいです。
でも、人間の武器職人からは、『ドワーフというだけで、先天的に武器作りが上手くできるなんてずるい』という風に映るみたいです」
「……なるほど。それはとんだ勘違いだな。あの手は、決して楽してるやつのものじゃないのに」
俺に触れたサイラの手。手のひらは硬くなっていて、女性らしい柔らかさはなかった。
鍛冶師として、懸命な努力を積み重ねている証だ。
「……ドワーフだって、誰もが職人として適性を持つわけではありません。適性のある者が、たゆまぬ努力を積み重ねて、ようやく一人前の職人になれるんです。
サイラさんだってそうです。日々、真剣に武器作りに向き合って、決死の思いで質の高い武器を作っているのです。それなのに……」
「……周りが勝手に嫉妬して、大会で武器になんらかの細工をした?」
「はい。証拠はありませんし、誰がやったのかもわかりませんが、そうじゃないと説明がつきません」
「そっか。本当に理不尽な話だ。同じ人族として恥ずかしいよ」
サイラの剣を見た感じ、魔法を使わない戦闘で折れるような代物ではない。何かしらの細工がされたのは間違いないだろう。
「……わたくしとしても、恥ずかしく思います。サイラさんには名誉を取り戻して欲しいです。サイラさんの武器はこの町でも最高品質のものであると、知らしめてやりたいです」
自分のことでもないのに、リファは心底悔しそうに吐き捨てる。
「……仕方ない。俺がちゃんと知らしめてやるから、リファはゆったり構えて見てな」
少し気合いを入れて微笑みかけると、リファが目を細める。
「……お願いします」
「ん。……ところで、リファとサイラさんの付き合いは長いのか?」
「そうですね。サイラさんがこの町にやってきた四年前くらいから、良くしてもらっています。孤児であるわたくしに、本当に色々なものを与えてくださいました」
リファは孤児だったのか。全くそんな風に見えないのは、サイラの指導のたまものなのだろうな。
「そっか。ちなみに、俺たちに最初に声をかけてきたのは、サイラさんの名誉を取り戻せる剣士を探していたから?」
「……実のところ、そういう考えもあります。まぁ、単純に、金払いが良さそうだというのもありましたが」
「おい、結構いい雰囲気だったのに、後半の話のせいで台無しじゃないか」
「わたくし、好きになった相手に嘘は吐かない主義ですから」
リファがにっこり笑顔を見せてくれる。営業スマイルよりも控えめだけれど、素の感情を表す笑顔だとわかるから、とても魅力的だった。
と、そこでトーチカが俺の腕を抱き寄せる。
「……レイリスは渡しませんよ」
「おいおい、リファはそういう意味では言ってないだろ。単に人として好意的に見て……」
「……トーチカさんの目は誤魔化せませんね」
「ん? それ、どういう意味?」
「なんでもありません! それより、他にも面白い場所をご案内しましょうか? ひっそりと占いをやっている魔女のいるお店とか、興味ありません? 恋占いもしていますよ?」
「いいですね! 行きましょう!」
トーチカが興味を持って、リファは自然な笑顔で頷き、俺たちを導いていく。
リファを雇って良かったな。楽しく町歩きができそうだ。
しかし、大通りを歩き、武器、防具屋が軒を連ねる一帯を通りがかったとき。
「おいおい、そこの黒い剣士よ。もしや、その腰に提げた剣はサイラのとこから仕入れたのか?」
根性のひん曲がってそうな大男から、突然声をかけられた。
なお、俺は今、普段使っている黒凰の剣をトーチカの持つ収納バッグに入れ、サイラから買った剣を腰に提げている。町中では黒凰の剣なんて使う機会はないし、新しい剣に慣れる意味もあった。
「……それが、何か?」
「やめとけやめとけ。あそこの剣は不良品ばかりだ。聞いてないのか? 二年前の大会で、サイラの打った剣が無様に折れちまったのをよ!」
げはげはと下品に笑う大男。
犯人見っけ、とは思ったが、証拠はないので黙っておく。
「まぁ、話はだいたい聞きましたよ」
「だったらそんなオンボロはやめて、うちの剣を買っていきな! この町で最高級の品を扱っているぜ!」
「はぁ、そうですか……」
殺人御法度の闘技大会に、最高級品の剣なんて必要ない。サイラもそれを承知で、単に丈夫な剣を売ってくれた。
闘技大会にはオーバースペックな剣を売りつける、あくどい商売でもしてるのかね?
なんて思っていたら、近くの店から、貴族のトギロスとその付き人のビアンカが出てきた。
トギロスの手には、装飾過剰で煌びやか過ぎる剣が一本。今し方購入したのだろう。でもそれ、実戦用じゃなくて部屋に飾る用じゃないのか? 戦闘にもそれなりに使えるやつ?
変な心配をしてしまったが、面倒な相手と再会してしまったものだ。やれやれ。
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