第17話 勝つんだよな?
ジューナの町の北区、これまた大通りから外れた寂れた区域に、サイラのお店があった。
先ほどの料理店とは違い、少し貧しい者が住む地域ではないかと思う。木造の建物が多いのだが、この一帯はじめっとした雰囲気がある。
おそらく、先ほどの料理店が大通りに店を出さないのは、食材があまり入手できず、お客をたくさん呼び込んでも意味がないから。海は確かに近いけれど、鮮度を保ちつつ魚を大量に運ぶのは難しいのだ。
一方、サイラのお店は、単純に大通りに店を構えるお金がないのだと察する。
「……あの。ちょっと寂れた場所にお店がありますけど、サイラさんは腕のいい鍛冶師です。心配しないでください」
店の前で、リファが言った。
「ああ、信じるよ」
「料理も美味しかったので、信じますよ」
「……ありがとうございます。それでは、入りましょう」
リファの先導で店内へ。
武器屋としては狭いが、各種の武器が丁寧に並べられていて、整然とした雰囲気がある。
受付には、身長が低めながら、顔立ちは大人びた女性が立っている。
オレンジの長髪を四カ所で結ぶ風変わりな髪型をしているが、美人と言って差し支えない。また、その眼孔の鋭さは鍛冶師より戦士に見えた。
上半身は胸部だけを隠す露出の多い服で、若干目のやり場に困った。が、何も気にしてはいない、ということで、普通に見ることにした。ふむ、小柄ながら良いものをお持ちで……。
トーチカが俺の手をきゅっと強めに握ってきたのは、単なる愛情表現に違いない。きっと。
「いらっしゃい、って、リファかい」
「はい! また来ました! それに、今日はお客さんも一緒ですよ!」
「ふぅん」
探るように、サイラの視線が俺たちを一舐めする。
「……なるほど。悪くない」
「もう、サイラさん! 悪くないだなんて失礼ですよ! このお二人は、かの有名な
「保証しますって、お前、この二人が戦ってるとこを見たの?」
「いえ、それは、まだ……」
「立ち姿だけで実力がわかるほど、お前の観察眼は鋭くないよ。名前だけ聞いて浮かれるんじゃない。偽物かもしれないじゃないか」
「で、でも、本物ですよね!?」
リファの問いに、俺とトーチカが頷く。
「ああ、本物だ」
「ほら! 本物だって言ってますよ!」
「……名乗るだけなら誰でもできるだろーが。まぁ、本物かどうかはわからないが、実力者なのは確かだろう。しかし、剣士君が持ってるの、最上級の魔剣だろ? 悪いけど、それを越える剣は流石にここにはないよ」
「へぇ、見ただけでわかるんですね。すごい目利き」
「武器職人がそれくらいわからなくてどうするよ? で、まだなんか用?」
「もう! サイラさん! 接客態度を改めましょうって何度も言ってるじゃないですか! 大会中の武器破損云々より、サイラさんのつっけんどんな態度のせいでお客さんが逃げちゃいますよ!」
「うっせー。あたしにそんなもん求めるんじゃねー」
「だったら、接客要員を雇ってください!」
「無理無理。そんな金はない」
「もう……。このお店、本当に潰れてしまいますよ……?」
「そんときはそんときだ。潰れちまったなら、冒険者にでも転職するかねー? 適当にモンスター倒して、小銭稼いで生きていけばいい」
「そんなの……ダメですよ」
リファがきゅっと拳を握る。サイラの実力を認めているからこそ、歯痒い思いをしているようだ。
「えっとー、まぁ、そっちの話はさておき、サイラさん。俺に、明後日の大会で使う武器を見繕ってくれませんか? 優勝しないといけないんで、いい剣をお願いします」
「ふぅん? お前、優勝するつもりなの? 本気か?」
サイラの目が一層鋭くなる。しっかりと見つめ返し、頷く。
「ええ、本気です」
隣で、トーチカも頷く。
「レイリスは強いですよ。優勝だってできます。だから、実力に見合った武器をください」
「……ふぅん。そっちの魔法使いも、恋人補正でそんなことを言ってるわけじゃなさそうだな」
「当然です」
「まぁ、いいだろ。剣士、両手を見せろ」
「ん? ああ……」
サイラに近づいて、両手を見せる。サイラが俺の手を取り、じっくり観察する。
「……ふぅん。いい手じゃん」
サイラの手が、俺の手をきゅっと握る。鍛冶師の手だからか、少しごつごつした感じがある。それから、サイラは目を閉じて、初めて唇に笑みを浮かべた。
えっと……何してるの? トーチカから不穏なオーラが漏れ出てるから、こういうことをされるのは好ましくないのだけれど?
なかなかサイラが手を離してくれなくて、トーチカがついに口を出す。
「……いつまで触っているんですか? 本当に必要なんですか?」
「いいじゃねーか。減るもんじゃねーし」
「そういう問題じゃありません」
「男ってのは、たまには恋人以外の女の肌にも触れたくなるもんなんだぞ?」
「だからなんですか? いい加減離してください」
「……まったく、お前の恋人は嫉妬深くていけないな。ずっと一緒にいたら息苦しくねーか?」
サイラが目を開き、挑発的に笑う。
「そんなことありませんよ。こんな様子も可愛いものです」
「ふぅん? いつまでそう言っていられるかな?」
「あと百年くらいは、そう思い続ける自信がありますね」
「くはっ! 相思相愛ってわけね。……惜しいね。こんな手を持つ男なら、あたしも欲しいくらいだってのに」
サイラが俺の手をさわさわする。トーチカが俺の手を取り、無理矢理サイラから引き離した。
「何をしているんですか!?」
「いやぁ、いい手だったものだから、記憶に焼き付けておこうと思ってな」
「これはわたしのです」
「思い出くらいくれてもいいだろ? ああ、こんな手で愛されてみたいもんだ」
ふぅ、と吐き出す吐息が妙に艶っぽい。
「……あげません」
「それを決めるのはお前じゃないだろ? なぁ、レイリス。今夜、こっそり宿を抜け出してあたしの部屋に来ないか?」
本気なのか、冗談なのか……。サイラはぺろりと唇を舐めながら、目を妖しく光らせる。
思わずドキリとしていると、トーチカの手が伸びてきて、俺の顔を自身の方に向ける。
「これ以上見てはいけません。目に毒です」
「……お、おう」
「溜まっているものがあるのなら、わたしがいつだってお手伝いしますからね? こんな安い色仕掛けに惑わされてはいけません」
「あ、あのなぁ……。別にそういうわけじゃ……」
「ふん。レイリスはわたしだけ見ていればいいのです。ちゃんと幸せにしますから!」
俺たちが見つめ合っていると、サイラが呆れた声を出す。
「……なぁ、リファ。この二人、もしかしてずっとこんな調子か? お前、案内するの大変じゃねー?」
「そ、そんなことありません。幸せオーラをお裾分けしてもらって、むしろ楽しいですよ?」
「ふぅん。ま、あたしの仕事じゃないからいいけどさ。
おい、魔法使い。別にあたしはそいつを本気で盗ろうとは思ってないよ。
けど、とにかくその手はいい。
日々鍛錬を怠らない力強い手だ。そして、力任せに剣を振り回すのではなく、しなやかに振るっている綺麗な手だ。剣士としての腕は最上級だろう」
「……手だけでわかるものですか?」
「あたしは鍛冶師だぞ? わかるに決まってる」
「そういうものですか……。まぁ、いいです。とにかく、レイリスに剣をください」
「はいはい。ちょっと待ちな」
サイラがカウンターを出て、剣を陳列している一角へ。
そこから、蒼い剣身のロングソードを取った。
「……大会出場用だったら、頑丈であれば十分。魔剣のような切れ味も必要ない。なら、レイリスにはこれがいいな。持ってみろ。蒼の魔鉱石で作った、丈夫さだけは確かな剣だ」
持ってみると、手に吸いつくような安定感がある。長さや重心のバランスも丁度いい。試合中に折れる心配もまずなさそうだ。
「へぇ……手を見ただけで、ぴったりの剣がわかるもんなんですね」
「腕のいい鍛冶師なら、それくらいできるさ」
「お、自慢ですか?」
「単なる事実だよ」
「なるほど。でもこれ、普通に刃がついてますよね?」
「それはこれから潰す。心配すんな」
「それはどうも。それで、一本でいくら?」
「五十万リル。ま、優勝するんだったら賞金は一千万リルだから、安い買い物だよ」
「……ますます負けられませんね」
「なんだ、負ける可能性があるのか?」
「いいえ、勝ちますよ」
「ならよし。じゃ、少し待て。刃を潰す」
サイラが奥に引っ込み、しばし作業をする。
戻ってきたときには、剣の刃が丸められていた。
「これで基準はクリアしてる。大会が終わって、剣として使いたくなったらまた持って来な。研いでやるよ」
「わかりました」
これで武器の準備は終わり。
ここで、サイラが神妙な顔で言う。
「……勝つんだよな?」
「ええ、勝ちますよ」
「そうか。……頼んだ」
再び、サイラが俺の手をぎゅっと強く握ってくる。
……サイラについて、詳しい事情はわからない。
ただ、飄々とした態度とは裏腹に、その短い言葉には震えるような悔しさが滲んでいることが、よくわかった。
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