第16話 ふふん?

 食事を終え、一息吐いたところで、リファが尋ねてくる。


「ところで、お二人がただ者ではないことはお察ししますが、もしかして名のある冒険者様だったのでしょうか?」


 特に身分を隠しているわけでもないので、素直に答えることにした。


「王都内では、少しは名前も知られてたぞ。まぁ、俺よりトーチカの方が有名だったかな。個別の名前より、紅蓮の流星クリムゾン・スターっていうパーティー名の方が知られてたよ」

紅蓮の流星クリムゾン・スター……? え、あのAランクパーティー、紅蓮の流星クリムゾン・スターですか? 冒険者の理想を体現していると噂される、あの……?」

「噂の内容は知らないが、たぶんその紅蓮の流星クリムゾン・スターだ」

「時にドラゴンをも討ち取り、かと思えば雑用クエストも進んでこなし、さらに百リルの依頼にも応えてくれるという……?」

「ん……まぁ、そうだな」

 

 ちなみに、百リルの依頼は、あまりお金を持たない者が、どうしても助けてほしいときに、百リルで冒険者の助力を乞うもの。

 全く労力に見合わないのでほとんどの冒険者は避けるが、俺たちは内容次第では請け負っていた。

 それが情に厚いガーグさんの方針だったし、他の面子も支持していた。


「そうだったのですか……。なるほど……。でも、紅蓮の流星クリムゾン・スターのお二人が何故ここに? か、駆け落ちですか……? 他のメンバーが引き留める中、お二人は自分たちの恋を優先してこうして旅に……」

「違う違う。勝手に妄想するな。色々あって、解散したんだよ」


 これも特に隠すことでもないので、解散の経緯と俺たちが旅に出た経緯をざっくりと教えた。


「ははー、なるほど。リーダーの結婚を機に、解散……。冒険者として名をあげても、そんなありきたりの幸せに落ち着くこともあるのですね……」

「まーな。びっくりはしたけど、その気持ちも今はわかるよ」


 トーチカの方を見る。大切に思う人が側にいてくれるだけで、心底満たされた気分になれる。

 もし、冒険者としてトップに立つことがあるとすれば、そのときは、今以上に満ち足りた気分になれるのだろうか?


「ふふん? このタイミングでわたしを見るなんて、可愛いところがあるじゃないですか」


 トーチカが俺に体を預けてくる。可愛いのだけれど、人前ではやめような? リファも苦笑してるからな?


「見せつけてくれちゃいますねぇ。そろそろ、こちらの精神的なダメージに慰謝料を請求してしまいますよ?」

「……トーチカ、もういいだろ。普通に座りなさい」

「もう少しだけ……」

「やめなさいって」


 無理矢理姿勢を戻させると、トーチカは不満顔。手を握ってやると、少し落ち着いた。


「えー……お二人さん。熱々のところ悪いのですが、明後日の大会に備えて、次に武器屋をご紹介しても宜しいですか?」

「ん? 武器屋?」

「はい。闘技大会は、刃のない武器を使用しての試合になります。大会側が用意した武器を使ってもいいのですが、あまり質は良くないので、優勝を目指す参加者なら各自で武器を用意します。

 この町のお店なら大会用の武器も取り扱っていますから、一度見てみましょう。……ご紹介したいお店もありますので」

「なるほどね。じゃ、早速……」

「おい、兄ちゃん、ちょっと待ちな」


 店内にいたごつい男が立ち上がり、こちらにやってきた。筋肉質で、四十手前くらいに見える。


「話は聞いていた。紅蓮の流星クリムゾン・スターの剣士で、明後日は優勝を狙うんだって? だったら、うちの剣を使いな。良い物を見繕ってやる」

「待ってください、ヴァンさん! レイリスさんには、わたくしがふさわしい武器屋をご紹介します! 勝手に話を進めないでください!」

「ふん。お前が紹介しようとしてるのは、どうせサイラのとこだろ? おい、兄ちゃん、サイラのとこの武器はダメだ。以前、大会中に剣が折れたことがある。そんな不良品しか作れないんじゃ、兄ちゃんの優勝の妨げにしかならん」

「違います! あれは、戦闘の衝撃で折れたんじゃありません! 魔法か何かで、試合中に折られたんです!」

「はいはい。でも、そんな証拠は出てこなかっただろ? 苦しい言い訳だ」

「言い訳じゃありません! 事実です!」


 察するに、サイラというのはリファの知り合いなんだろうな。そして、俺にサイラの剣を使い、名誉を挽回してほしいという思惑がありそう。

 ヴァンとしては、自分の剣を宣伝したいという気持ちもあるが、親切で言ってくれている面もありそうだ。

 優勝を目指すなら、不良品疑惑のある剣など使うべきではないのだろうが……。

 リファの必死な顔を見るに、サイラの剣に何かしらの細工がなされたのは間違いないのだろう。

 だったら。


「ヴァンさん。申し出はありがたいですが、俺はリファを信じてみます。美味い料理店を紹介してくれたことですし、その言葉は信じていいと思うんです」

「……ふん。決めるのはお前さんだ。しかし、後で泣いたって知らねぇぞ」

「大丈夫です。剣が折れたら、拳だけで敵を倒して見せますよ」

「ほほぅ、大した自信だ。そこまで言うならお手並み拝見と行こうか。楽しみにしてるぜ」


 ヴァンがのしのしと去っていく。

 それから、リファが悔しそうに言う。


「……あの、本当に大丈夫ですから。サイラの剣は、絶対に折れたりなんかしません」

「ああ、信じるよ。ま、実物を見て、これはダメだと思ったら使わないけどな」

「大丈夫です! 実物を見ていただければ、上級品だとわかりますから! では、早速参りましょう!」


 勘定を済ませたら、リファに導かれてサイラの武器屋に向かう。

 トギロスと喧嘩することになり、さらに、サイラの名誉挽回も考える必要がありそう。

 妙なものを背負ってしまったが、要は大会で優勝すればいいわけだな。

 ……いける、よね? ここで負けたらカッコ悪すぎるぞ……?


「大丈夫ですよ。レイリスが負けるわけありません」


 トーチカがそっと俺の手を握ってくる。

 その温もりを感じていたら、不安など消し飛んでしまった。


「……そうだな」


 微笑み合って、意気揚々と歩を進める。


「いいなぁ……。あたしも恋人欲しい……」


 ぼそりと呟くリファの声が、微かに耳に届いていた。

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