第14話 挑戦状的な
陶酔した声を発したのは、金髪碧眼、均整の取れたすらりとした体格の、見目麗しい少年。年齢は十五、六歳くらいだろうか。付き人のメイドもいるし、身なりしっかりしているので貴族なのだろう。
貴族とはあまり関わりたくないのだがなぁ……。
「初めまして、麗しき白雪の姫。私はトギロス・ヴェーニヒ。父は、ナギニルという町の領主をしている。君の名前は?」
どうやら、この貴族はトーチカのことを気に入ってしまったらしい。貴族に見初められるというのは実に面倒だ。断るにも労力がいる。
トーチカも少々うんざりした顔をするが、貴族様の問いかけを無視するわけにもいかない。
「……わたしはトーチカ・リムラルです。お初にお目にかかれて光栄です、トギロス・ヴェーニヒ様」
簡易的ながら、左足を引きつつ、丁寧にお辞儀をする。一応、俺も頭を下げておいた。
「トーチカ・リムラル。素敵なお名前だ。突然の申し出で悪いが、私の妻になってくれないだろうか?」
おいおい、初めてあった他人に対して、いきなり妻になれと来たか。隣に俺がいるのが目に映らんのかね。
「……大変ありがたいお誘いなのですが、申し訳ございません。わたしには、既に心に決めた相手がございます」
トーチカがちらりと俺を見る。はい、俺も巻き込まれたね。トーチカをほったらかしで逃げるつもりはなかったからいいんだけど。
「ふむ。その相手とは、隣にいる黒い剣士のことかい?」
「はい。生涯を共に過ごすと誓い合った仲です」
まだ誓いあってない。でも、そんな野暮は言わない。俺も、トーチカとずっと一緒にいたいとは思っているし。
「黒い剣士。君の名前は?」
「初めまして、トロギス・ヴェーニヒ様。私はレイリス・ファルトと申します。僭越ながら、トーチカ・リムラルの生涯の伴侶として共に旅をしております。真に申し訳ないのですが、例えどんなお方であろうと、トーチカ・リムラルを譲るつもりはございません」
恭しく礼をする。四年前だったらもっと乱暴に突っかかっていただろうな。
「……既に結婚しているのかね?」
している、と嘘をついても良かった。しかし、後で調べられても面倒だ。
「いえ、結婚はまだ。婚約までです」
婚約もまだだが、事実の調べようがないのでそう言っておく。
「なるほど。では、まだ二人の関係を解消する余地はあるということだな?」
「……気持ちの上では、ございませんが」
「気持ちの上では、だろう?」
「……事実を述べるとすれば、さようです」
「なるほどなるほど」
トロギスが、にやりと嫌な笑みを浮かべる。
結婚しているかを確認する辺り、根っからの悪人ではなさそうだが、欲しいものをなんとしても手に入れようとする強欲さの片鱗が見えた。
「では、こうしよう。……丁度、明後日闘技大会が開かれる。私は観客としてここに来たのだが、私も参加することにしよう。そして、この大会で優勝した方がトーチカ・リムラルを手に入れる」
「……ご冗談を」
「私は本気だ。もし、この提案を飲まないというのであれば……今すぐにでも、トーチカ・リムラルを我が妻として迎えさせてもらう」
「……さようでございますか」
権力者の横暴には困ったものだ。逃げようと思えば逃げられるだろうが、後々お尋ね者扱いになっても面倒だ。
トーチカを見ると、その口元に静かな微笑み。……これは、怒ってるな。
「……承知致しました。優勝した方が、トーチカ・リムラルを手に入れる。……ちなみに、どちらも優勝しなかった場合には?」
「私が負けるなどあり得ない」
「……さようですか」
たいした自信だ。自信に見合う研鑽は積んでいるのだろうけれど。
「ビアンカ、証文を作れ」
「承知致しました」
トギロスの隣に立つブラウン髪のメイドが頷く。こちらは俺と同い年くらいかな? メイドではあるけれど、理知的な顔をしている。
ビアンカは、手にしていた鞄から紙と板を取り出す。板を下敷きにして手早く文書を二枚作成した。
「こちらで宜しいでしょうか?」
「うむ。ご苦労」
早速、トギロスがその書面にサイン。
「さぁ、黒の剣士。証文にサインをしろ」
「……承知いたしました」
証文には、先ほどの条件、『闘技大会の優勝者がトーチカ・リムラルを手に入れることに同意する』という簡素な文面。
やれやれ、と思いながら、二枚の証文にサイン。一枚を返却する。
「これで契約は結ばれた。もし契約を反故にすれば、この国にお前の居場所はない」
「承知しております」
「なら良い。……トーチカよ。私が迎えに行くまで、しばし待っていておくれ」
トーチカは無言で頭を下げる。待ってねぇよ、という苛立ったオーラを感じた。
「では、明後日の大会でまた会おう」
トギロスが受付に向かって歩いていく。ビアンカは、こちらにペコリと頭を下げてから、主を追いかけていった。
その表情が……なんだろう、寂しげ? に見えた。気のせいか?
「やれやれ。旅を初めて早々、厄介な相手に目を付けられちまったな」
「ですね。……レイリス、ちゃんと優勝してくださいね?」
「ま、ここで優勝しないわけにはいかないさ」
「……なら、いいです。本当に、迷惑な人です」
ふんすと息を吐くトーチカ。相手が貴族じゃなかったら、問答無用で追い返していただろう。
「いやぁ! お互いに自身の優勝を疑わないなんて、すごい信頼ですね! さてはレイリスさん、ものすごい実力のある方なんですね!?」
半ば空気と化していたリファが、純粋なわくわく顔で言った。
「……大したもんじゃないさ。俺単独は、な。けど、この大会で優勝するくらいはできるだろ。少なくとも、トギロス様には負けないよ」
「おお! すごい自信です! ただし、トギロス様は、二年前に最年少で優勝を果たした猛者です! 油断はなさらないように!」
「……そんなに強いのか。困ったもんだね」
とはいえ、ここで負けるわけにはいかない。
当初、負けたら負けたで別にいっか、と軽く考えて登録したが、本気で勝たないといけなくなってしまった。
少しばかり、気を引き締めていこう。
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