第13話 闘技場の町
俺の故郷、ルーギリ村に向かうまでには、いくつもの町を経由していく。基本的に、昼に移動して夜は外壁のある町で過ごす、ということを繰り返した。
途中でも色んなものを見て回ろう、という話はしていたのだけれど、点在する町の全てに特筆して見るべきものがあるわけじゃない。栄えた町を繋ぐためにあるような比較的小規模な町もたくさんあって、そういう場所は一泊したらすぐに出て行くことになった。
そして、旅を始めてから、大きな問題もなく七日が過ぎた。
たまにモンスターに襲われたり、行商人の護衛を引き受けたりもしたけれど、今のところは順調だ。俺とトーチカの仲も良好。毎日のように誘われるので俺の理性が日々すり切れそうになるが、それ以外には何も問題ない。
さて、八日目に到着したのは、ジューナという比較的大きな町。
ここが栄えている理由の一つは。
「闘技場って、でかいなぁ」
石造りの巨大な建造物に、俺は感嘆の溜息をつく。規模も大きいが、デザイン性も追求しているようで、荘厳な雰囲気もある。外壁に彫られた意匠や神獣なども美しく、その規模も相まって実に圧巻。
「本当ですね……。王城も大きいと思っていましたけど、闘技場もなかなかのものです……」
王都に近いこの町に、闘技場が存在するということは知っていた。しかし、あえてここに来ることまではなかったので、実際に見るのは初めて。もっと小規模で地味なものを想像していたが、実物は全然違った。
なお、この闘技場、数十年前には犯罪者同士の殺し合いが行われていたらしいのだが、今では単純に一般人の力比べの場所として機能している。殺人は御法度。勝負事があれば賭博も付随するのが世の常だが、それはさておき。
「春の闘技大会、個人戦が明後日開催されるそうですよ? レイリスも参加してみますか?」
闘技場近くの看板に、確かにその知らせが書かれている。
「でも、単純な闘技大会だったら王都でもあったしなぁ……」
王都では、王が主催する闘技大会があった。
殺し合いではないので、参加者はある程度の手加減をしているが、パーティーとしては第三位まで言ったことがある。第一位と第二位は、あと二つのAランクパーティー。
……個人戦? 俺はトーチカの支援なしではさほど強くないので、ぼちぼちの成績である。そしてトーチカは……第三位を取ったことがある。なんでもありの戦いで、魔法使いが三位を取るのは異例のことだった。
「王都では魔法その他なんでもありですが、ここの闘技大会は魔法の使用が禁止らしいですよ? 武器は自由ですけどね。レイリス、それならいい線いけるのではないですか?」
「お、マジで? 魔法なしとか、俺向きじゃん。けど、なんで魔法なしなんだ?」
俺の疑問に、近くに寄ってきていた女の子が答えてくれる。
「それはですね、その昔、この闘技場で戦っていた罪人たちが、魔力封じの枷をしていたからなんです。戦わせる際、観客に被害が出ないように能力を制限していたんですね。
そして、その名残で、この闘技場では魔法の使用が禁止されています。ただし、昔のことを踏襲するだけでは終わらせていません。春の大会は魔法なしですが、秋の大会は逆に魔法のみでの戦いになります。
あ、ちなみに、闘技大会の歴史はこちらの方が長いです! 昔は王族の方もいらしてたのですが、『わざわざ闘技場まで見にいくの面倒くさい。地元でやろう』とどなたかが言い出して、王都でも開催されるようになったそうですよ!」
その子はにこにこと営業スマイルを浮かべていて、人懐っこい印象がある。年齢は十四歳くらいだろうか。藍色の髪は後頭部で一つに結ばれていて、平民としては一般的な服装をしている。
俺たちにあえて寄ってきて、解説をしてくれたことから、旅人に町のことを案内する商売をしているのだろうと察した。
「へぇ、そうだったのか。魔法なしも、魔法だけっていうのも、それはそれで面白いよな」
「はい! 王都で行われる派手な闘技大会も、魔法だけの大会も人気ですが、鍛え上げた肉体を生かした大会もそれはそれで人気があります! どなたでも参加できますが、ご参加希望ですか? 受付までご案内しますよ?」
トーチカと顔を見合わせる。
「参加してみてください。もちろん、優勝しないとダメですよ?」
「おいおい……。どんなやつが集まるかもわからないのに……」
「おお、奥様はご主人の実力に自身がおありのようですね? 優勝すれば報奨金として一千万リルが与えられ、闘技大会覇者として歴史に名前が刻まれます! 是非ご参加ください!」
「お、奥様だなんて……それはもう少し先の話で……」
トーチカが照れている。俺も恥ずかしくなるから軽く流してくれ……。
「おや、まだご結婚されてないのですか? では、闘技場を利用した結婚式のプランについてご案内しましょうか?」
「いや、それはいいよ。っていうか、闘技場で結婚式挙げるのか……。おどろおどろしい歴史もあると思うが?」
「そんなのは昔の話ですよ! むしろ、これからはハッピーな思い出を積み重ねていって、悪い記憶は全部吹き飛ばしてしまうんです! その方が楽しいでしょう?」
「ん……。そうだな」
闘技場は殺し合いの場所。色んな恨み辛みを残して死んだ者もたくさんいるだろう。
だけど、そういう場所をそのままにせず、良い場所に生まれ変わらせようとする気概は好ましく思う。
「ではでは、まずは受付へ……」
「あ、ちょっと待った。俺はレイリスで、こっちの……いつまで照れてるんだよ。こっちはトーチカ。君は?」
「申し遅れました。わたくし、ジューナの道先案内人をしております、リファと申します」
「そっか。リファ、案内料はいくら?」
「受付までのご案内なら無料で、それ以降の案内を希望されるようでしたら、一日一万リルとなっております」
「ふぅん……」
少し高いな、とは思う。たぶん、交渉で値引きされることを前提とした値段。あるいは、俺たちなら払うだろう、という予想の元の値段設定。
リファは挑戦的な目で俺を見つめてくる。こういう子、嫌いじゃないな。
「……わかった。一万リルな」
「ありがとうございます! 誠心誠意、案内人を勤めさせていただきます!」
「ああ、頼むよ」
勝手に決めてしまって悪かったかな? とトーチカを見る。「結婚式はどこがいいでしょうかね……」とか全く別のことを考えているみたいなので、気にせずにいこう。
リファに案内され、闘技場近くにある、机と椅子だけが置かれた受付で参加登録をする。
それから、リファお勧めの美味しい料理店に向かおうとしたのだが。
「美しい……。こんな美しい人がこの世に存在するなんて……」
陶酔したような男性の声が聞こえて、面倒くさいことが起きる予感がした。
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